子供騎士と神の保護者たち
俺たちは騎士団のテントから旅立ち、王都へ向かうことになる。
道がわからないので、少しだけ無理を言って、騎士団から案内役を出してもらうことにした。
何人かの——明らかに要領が悪そうな顔ぶれが並ぶ候補の中から、俺たちが指名したのはクリファである。
「えっと、なんでボクを?」
困惑するクリファ。
何故わざわざ理由を聞くのだろう。わかりきっているだろうに。
俺の代わりに、願者丸が答える。
「仲が良いからだ」
「えっ。ボクとサスケくんが、仲良し……!?」
片思いを引きずっているクリファに対し、願者丸はあらかさまに嫌そうな顔面を作る。
「性格や能力などの勝手を知っている者の方が、連携が取りやすい。それに、オマエは各地を渡り歩いた経験があるんだろう? 実に都合がいい」
「……あっそ」
願者丸め。素直に心配だからと言えばいいだろうに。
クリファが怪我をしたと聞いた時から、どことなく浮かない顔をしていたくせに……不器用な奴だ。
不貞腐れるクリファの膨らんだ頬を撫でながら、矢羽が願者丸の不出来をカバーする。
「クリファちゃん、なんだか疲れてそうだったから。あんな場所に長居させたくないなって思って」
「疲れてない!」
強がりな彼女には逆効果だったようだ。
——メンバーが揃ったところで、とりあえず、今後の予定を整理しよう。
「クリファによる案内を受けつつ、王都へ直行する。王都付近に差し掛かったら、クリファと末田は攻め込まずに待機だ」
激戦が予想されるため、クリファを王都内部まで連れて行きたくない。
四肢が右腕しか残っていない末田も、足手纏いだ。クリファを守っていてもらおう。
末田はステータス画面の担架に寝そべりながら、唯一残った腕でクリファの頭を叩く。
「よろしく、お嬢ちゃん」
「あんなに強かった人が、ボロボロに……」
末田の有様に絶句したクリファは、口をぱくぱくさせながら頷く。
末田はあの戦場で派手に目立った。それも、クリファの目の前で。
神の使徒の強さ——この世界には神秘性に等しいそれを、間近で目の当たりにしたのだ。信じられない気持ちが大きいのだろう。
そんな彼女に、末田は年上としての余裕を見せる。
「頼りにしてるぜ」
腕一本でも、ステータスは死んでいない。未だ末田の方が遥かに強いだろう。
それでも、余計なプライドが邪魔をしてばかりのクリファのために、こうして役割に価値を与えている。
大人の配慮。酒といい達観した姿勢といい、生きてきた年月の厚みが感じられる。
……アルコール漬けにはなりたくないが。
残りの面々は、いつも通りだ。隊列も役割も、今までの行軍で固まっている。我ながら、物騒な経験を積んできたものだ。
「さて。クリファには悪いが、俺たちの速度に着いてきてもらうぞ」
「えっ」
俺は小柄なクリファを軽く持ち上げて、背負う。
いつかの進軍でもやった、猛ダッシュである。あの時は騎士団員たちが揃って体調不良に陥ったが……他に方法がないので、我慢してもらいたい。
「吐きそうになったら、言ってくれ」
「ま、待って。まさかアレをやるの? ギンヌンガしか立ってられなかったじゃん。嘘でしょ?」
「嘘じゃない。行くぞ!」
「やめてぇ!」
俺たちはステータスの加護を最大限発揮し、木々を薙ぎ倒しながらの突進を開始する。
〜〜〜〜〜
丸一日走り通して、夕方頃に最初の休息。
山の奥深くにある泉の付近で、野営をする。
俺と願者丸とクリファは、周辺に盗聴石を仕掛けながら、雑談をしている。
「思ったより、平気だった……」
全力ダッシュのことだろう。
途中まで俺が運んでいたが、クリファの提案で願者丸に交代した。
クリファより願者丸の方が小さいため、無理があるかと思われたが……今の願者丸には、分身の術がある。ステータス画面の上にクリファを乗せ、神輿を担ぐ要領で運ぶことができた。
「願者丸サスケが、4人に増えるなんて……」
「色々あってな」
「最高だった……。もう死んでもいい」
「滅多なこと言うな。あと……奥の手だから、秘密にしとけ」
願者丸は俺の中にいる双子の方を見ながら、言葉を濁す。
騎士団員であり、国に直接通じているクリファに、神の子を見せるべきかどうか。クリファ本人はともかく、悪意のある輩や信仰が厚すぎる狂信者に利用されたら、面倒だ。
双子は神であり、知能も能力も十分にあるが、人間の世界に疎い。子供の将来については、親である俺が道筋を立てるべきだろう。
俺は泉に反射する自分の顔を見ながら、そう考える。
まだまだ親らしい顔つきではない。だが、立場はれっきとした社会人であり、大人であり、父親だ。責任を常に意識して立ち回らなければ。
そんな時、魔物らしき反応が、出したばかりの盗聴石に引っかかる。
「あるじさま。敵だ」
願者丸も気がついたようだ。流石は石の持ち主。俺よりずっと対応が早い。
クリファも既に身構えている。中央騎士団の一員として、確かな警戒心を持ち合わせている。
俺は反応があった方向に睨みを効かせる。
「……竜?」
願者丸の呟き。
俺には敵影が見えていないので、詳細を尋ねる。
「何か見えたか?」
「違う。竜じゃない。あれは、もっと……」
みるみる青ざめていく願者丸。
なんだ。何を見たんだ。俺にも教えてくれ。
そんな要求を口に出すまでもなく、脅威の方から顔を出す。
泉の底から、ぬらりと浮上して……。
「うっ」
第一印象は、嫌悪。海坊主のようなシルエットをしているが、藻や泥が付着していて汚らしく、輪郭が定まらないほど粘性の高い体をしている。
魔物であることは間違いないが、なんとも形容し難い怪物だ。
「くさい!」
クリファの絶叫。
俺の鼻にも、悲鳴をあげたくなるほどの刺激臭が届いている。
なるほど。臭いは神の加護でも防げない。つらい戦いになりそうだ。
「俺がやる」
嫌悪感という負の感情を動力に変えて、俺は久方ぶりに『呪い』を起動する。
当たりさえすれば、待っているのは破滅。誰が相手だろうと、区別なく。
「飛べ!」
不定形の怪物と遜色ない悍ましいさを放つ紫色の塊が、俺の腕から発射される。
最初期とは比べものにならない大きさ。だが、速度は相変わらず遅い。相手が巨大でなければ、ろくに当たらない。
「お……」
怪物は体を捻じ曲げて、器用に回避する。
度を超えて柔らかくなったプリンのようだ。いや、あの汚物をプリンに例えたら、プリンに失礼だな。
怪物は泉から這い出し、全貌を露わにする。
とてつもなく大きい。ペール国のロボットと背比べができるほどだ。日本にいたら、大抵のビルは丸呑みだ。
「(どうしてこんな魔物が……)」
俺の疑問をよそに、クリファが宣言する。
「魔法を使います」
「よし」
あの怪物を前に怯まない。相変わらず、クリファは心強いな。
「『火の脚:マツ・バ』」
クリファの足元から熱波が広がり、地上に進出しかけた怪物の根元を焼く。
地面ごと焼く攻撃なら、流動による回避も難しいだろう。見習うべき良い判断だ。
しかし、泉の怪物は熱をものともせず、こちらにゆっくりと歩み寄る。
「お……おーい……」
人語のようにも聞こえる、呻き声。怪物の内部から発せられているのか。
「(人に由来する怪物……?)」
正体を掴みかねている中、怪物は泥のような体をひねり、撒き散らす。
「おーっ!」
強烈な悪臭と共に、べとべとした物体が千切れ飛んでくる。
あんなものに触ったら、どんな健康被害があるかわからない。俺の呪いのように侵食し、食いつぶされてしまいそうだ。
俺と願者丸は世界一汚い雨を画面で防ぎつつ、クリファを守る。
「仲間を呼ぼう」
「俺たちがやるべきは、足止めと調査だな……」
怪物の進行を可能な限り遅延し、仲間が来るまで耐える。未知の怪物の特徴を理解し、対抗策を考える。
クリファも頷き、鎧の内側にある魔導書をなぞる。
「ボクは魔法しかできないから、それだけ頑張る」
「なら、俺は呪いが当たるまで試す。願者丸は援護を頼む」
「了解」
悪夢のような異臭の怪物が、粘土のような腕を叩きつけてくる。
俺たち3人は離散して回避。
「下山させるな。ここで食い止めろ!」
魔法とスキルの嵐が、淀んだ風の中を舞い始める。
〜〜〜〜〜
クリファの正確かつ威力のある魔法。
願者丸の分身。
俺の呪い。
「『火の指:カ・リュウ・カイ』」
「『願者流奥義:群狼』」
「死ね」
三者三様の外見だが、全ては怪物を打ち倒そうと飛んでいく。
上へ。下へ。矢の壁を作り、攻勢を続ける。
だが、怪物は細い攻撃の隙間から体を伸ばし、俺たちを取り込もうとしている。
クリファは狙わず、俺たちのステータス画面に目を奪われているようだ。眼球は存在しないが。
「(この有機的な醜さ……人間じみた言動……。そして、神の掟に対する執着。やはり、こいつは裏儀式の産物か)」
俺はポタポタと落ちていく敵の体に囲まれないよう、丁寧に避けていく。
大元の体積は減っているが、分裂したヘドロが地面に散らばり、少しずつ領域を広げられつつある。
防戦一方では、不利になるばかり。仲間の到着が遅れれば、危ういか。
クリファによって焼き払われた地面を踏み、俺は盗聴石に向けて叫ぶ。
「誰か来てくれ!」
これを聞いているはずの、仲間たち。向こうも手を離せない状況なのかもしれないが、だとしても一人は来てくれなければ、打開しようがない。
「くそ……」
遠い木の上で、願者丸が悪態をつく。
「あるじさま。こいつ、魔法が効かない」
「分裂したものには効いているようだが……」
「本体は魔法を……というか、魔力を吸収してしまうようだ。オイラの分身も長くもたない」
本体の方を見ると、願者丸の分身が中に飲み込まれていくのが見える。
苦しそうだ。あれにも痛覚はあるのだろうか。それとも、任務を果たせない無念が故か?
いずれにせよ、何人もの願者丸がもがきながら消えていくのは、見ていて胸糞悪くなる。
「他の手段を考えよう」
「いっそ雪崩でも起こして、埋めちまおうか」
俺たちが次の手を考えていると、盗聴石から堂々たるオーラのある声が響く。
「伏せて!」
工藤だ。来てくれたのか。
俺たちは本体から離れ、姿勢を低くする。
暗い木陰から、火薬の光。工藤のバズーカだ。
放たれた砲弾は、おそらく電撃弾。日本から持ち込んだスタンガンを魔力で改造したもの。
泉の怪物は砲弾による衝撃と電撃を受けて、僅かな間だけ、歩みを止める。
「どうでしょう」
「たぶん、効いていない」
「皆さんで倒せないということは、魔法や呪いも通じませんよね。どうしましょう……」
何処までも続く夜空に、怪物が手を伸ばす。
星の光に魅入られたのか、それとも空を飛びたいと願ったのか。
どちらも叶わない。叶うはずがない。今のうちに、工藤と共に作戦を練ろう。
「集合だ。ここでの討伐は諦める」
俺と願者丸とクリファは、工藤がいる茂みへ向かい、体勢を立て直すことにする。




