行き先は孤独
死と硝煙で満ちたドームの内部に、騎士団たちが侵入し始める。
ずいぶんと遅い突入だ。……俺たちに任せてしまうくらいには及び腰なのだから、最初からわかっていた話か。
「帰るか……」
「ここにいたのですね」
俺たちを迎えに来たのは、フォルカスだ。戦地で出会った、慇懃無礼な地方騎士団員。オリバーの親族らしいが、あまり良い印象はない。
「何故ここにいる。中央に引き抜かれたのか?」
「そうですね。人手が足りないので」
……本当か?
ペール国と隣接していて最も危ないはずのブラッドレッドはどうした?
俺の脳裏に僅かな疑問が湧き出るものの、疲労を押し流すほど強力なものではない。俺の体は、危険信号に従ってヨロヨロと前に進むだけだ。
「ここは騎士団に任せていいのか?」
「はい。代わりに、あなたがたには王都に向かっていただきます」
相変わらず仕事熱心な男だ。内面に仕事と私怨しかないのだろう。
「そうか。……そうだな」
特に返す言葉はない。王都に素駆がいることは、神からの情報提供でわかっている。
皆も特に聞きたいことは無いようなので、大人しくドームの外に出ることにする。
〜〜〜〜〜
町の外にある寂しげな林。その中に騎士団による簡易拠点がある。
土魔法による土塁。木の枝に布を張った雨避け。積まれた石の中には、焚き火の跡。
要するに、キャンプ地である。
俺たちは平の中央騎士団によって案内され、大きめのテントの中に入る。
「あ、えと……」
何故かクリファがいる。以前見た姿より、ほんの少しやつれたか。成長期だというのに、相変わらず不憫な待遇のようだ。
その腕の中には、束にされた毛布が。なるほど、雑用をしていたのか。
「悪い。このテント、今使っていいか?」
「え、あ……」
彼女が言葉に迷っている間に、俺は倒れ込む。
守られたい。安心したい。そんな気持ちが、俺を突き動かしたのだ。
「やっと、離れられた……」
気色悪い人骨のドーム。生臭い魚の臭い。
そんな場所で仲間が死んだ。一刻も早く、その場から離れたかった。
俺がうつ伏せになって視界を暗く染めていると、後ろから矢羽たちの話し声が。
「ごめんね、クリファちゃん。りっくん、かなり参ってるみたいで……」
「別に、これが役目だし……」
「工藤さんも寝かせてあげて。そろそろ限界が近そうだから……」
すまない、矢羽。すまない、みんな。不甲斐ないリーダーについて来させてしまっている。
俺は体勢を変えて、工藤の方を見る。
彼女は昨日から一睡もしていない。戦い、地割れに飲み込まれ、それからもずっと……。
だというのに、まだ眠ろうとしない。目の下に深い隈を作りながら、異様な緊張感を保ち続けている。
「私は、まだ……素駆くんの首を取るまで、休むわけには……」
「馬場くんの仇、取りたい?」
「当たり前でしょう!?」
バズーカ砲を叩きつける音。次いで、地面が割れて布が落ちる音。
周囲の騎士団員の視線が痛い。心配が3割、残りの7割は恐怖と困惑だ。
初めて見た顔が多い。神の使徒を初めて目にする者が大半だろう。英雄として名高く、体格に優れる工藤が荒れていては、仲間意識より恐ろしさが勝るか。
「工藤。こっちに来い」
俺は倒れたまま、手招きをする。
カッコ悪い姿勢だが、散々情けないところを見せてきたのだから、これくらいは構うまい。
「睡眠の重要性くらいわかるだろう? 寝ろ」
「ほーっ」
途端、水空が蒸気機関のような音を口から発し、工藤とは違う形で荒ぶり始める。
「流石は女3人抱き潰す性剛! 俺の隣で寝ろとは、大胆なことをおっしゃる!」
なるほど。この女はそう解釈したのか。疲れた心に染み渡る、いい感じのウザさだ。嫌でも動かざるを得ないな。
「クリファ。別のテントはあるな?」
「あるけど……」
「水空はそっちに行け。しっしっ」
「はーい。ごゆっくりー」
相変わらず、何から何まで都合よく解釈する奴だ。
……だが、こうした彼女の態度も、ほとんどは本音を隠すための冗談だ。
俺は騎士団を交えた他の面々と部屋割りを相談し合う。
俺、工藤、矢羽、願者丸が同じテントだ。
「(双子にとっても、このメンツがいいだろう)」
念のため、双子は騎士団の目から隠している。
赤い少女……積田・R・高嶺は、俺の服の下で這い回っている。
青い少年……積田・B・天見は、俺の荷物の中だ。静かに待機している。
「じゃあ、用があったら呼んで」
テントを立て直した後、最後に残ったクリファが背を向ける。
……そして、背中越しに一言。
「あの……そういうこと、するなら、静かにやってくださいね……」
「しないから安心しろ」
子供の前で盛るほど理性が飛んではいない。
ましてや工藤とは……。それも、こんな状態の……。
「はあ」
俺と工藤は、揃って深いため息を吐く。
〜〜〜〜〜
荷物を置いて、ようやく敵を気にする必要がない安息を手に入れる。
腰を落ち着けてゆっくり休めるのは、エンマギアからの徒歩による強行軍以来か。
……改めて振り返ると、俺たちはずいぶんと酷い使われ方をしている。国が切羽詰まっているのだから、当然ではあるが。
「矢羽。ありがとう」
俺はジャガイモ以下の心地で転がりながら、妻に向けて感謝を伝える。
「精神的に折れないまま戦い抜き、宴楽に助けを求め、子供たちにも優しく接してくれた。客観的に見て、みんなのまとめ役として申し分ない働きをしている。俺とリーダーを代わってほしいくらいだ」
「……ダメだよ、りっくん」
矢羽は工藤の広い背中をさすりながら、俺を叱咤する。
「りっくんは希望なんだよ。あの子たちとりっくんがいないと、みんな折れちゃう」
「リーダーを降りたいだけで、いなくなるわけでは……」
「あたしは何もできなかった。あたしだけじゃない。みんな、何もできなかった」
本音混じりの言葉は、同じく本音によって相殺されてしまう。
本音。本当の音。俺からも、矢羽からも。
「あそこに勝者なんかいない。みんなで騙されて、みんなが間抜けで、みんなが……」
「う、うう……」
工藤の喉の奥から、呻き声とも泣き声ともつかない細い音が漏れる。
これもやはり、本音だ。
矢羽は俺の背中側に寝転がり、強めに抱きつく。
「みんなみんな、ダメだった。みんなもそれをわかってる。だから、りっくんは降りないで。代わりに立ちたい人、誰もいないから」
「……そうか」
矢羽もリーダーなんか、やりたくないのだろう。義務ならばこなすだろうが、相応しくないと思い込んでいる。
俺は目の前で体育座りをしている巨大な工藤を見上げて、催促する。
「工藤。こっちに来い」
「今の私、きっと臭いですよ?」
「いいから、来い」
臭いのはお互い様だ。ここには湯船も何もないのだから。
工藤は砲を枕元に置き、丁寧な所作で服のシワを伸ばしつつ、敷かれた布の上で寝転ぶ。
「あの、狂咲さん」
「矢羽。積田矢羽」
「あ、はい」
何かの間違いかと思うほど大きな胸を弾ませ、工藤は矢羽の威圧に震える。
「矢羽さんは、馬場くんの死を……どう受け止めていますか?」
「まだ実感が湧かない」
工藤への対抗心なのか、それとも人肌が恋しいこか、俺の背中に柔らかな胸を押し付けながら、矢羽は心情を吐露する。
「今まで敵に回してきた人たちにも人生があって、馬場くんだけが特別なわけじゃない。そんなことはわかってる。だけどあたしたちにとっては、特別だったから……」
矢羽が片腕を離し、工藤に向けて伸ばす。俺を挟みこむつもりか?
「工藤さんにとっては、もっと特別だったんでしょ?」
「……そんなつもりはなかったんです」
工藤は俺の顔から目を逸らし、矢羽の指をなぞりながら独白する。
「私にとって、馬場くんは望んでもいないのに側にいる人でした」
「嫌だった?」
「良い悪いという感覚が身につくより前からいたので、考えたこともありません。隣にいて当然なんです」
幼馴染。もはや家族同然だと、いつかの工藤は言っていた。馬場も同じ気持ちだったはずだ。
俺にとっての妹くらいだとすると……。
「この世界に飛ばされて、家族と会えなくなって、でも馬場くんだけは近くに居て……。安心してたんです。油断、だったのかもしれません」
俺の肩の上で、工藤の手に力が入っていく。矢羽も強く握り返している。
「大切な人が突然いなくなるくらい、当たり前に起こり得ることだってわかっていたのに。学んだはずなのに、目を逸らして……」
工藤は手を離し、起き上がり、眼鏡を外す。
衝動的で、素早い動作。命の危機を感じた野生動物のような……。
「私の一部だったんだ……」
家族とは、体の一部。
俺は胸の中にいる双子の温もりを確かめる。
確かに、俺の一部だ。きっと、願者丸や矢羽の一部でもある。
「私の一部が、欠けちゃった。私の人生にとって、私自身が、一番特別なはずなのに……」
「工藤さん……」
「あ、ああ……ぐううぅぅっ!」
工藤の手には、ボードゲームの駒。馬場が最期に持っていた、遺品。
「うう、あああ、うわあああっ!!」
弱った体の底から、搾り出すような慟哭。
胃の中身も肺の中身も、心臓の中の血液さえも吐き出してしまうかのような……。
「ああ……馬場、くん……」
工藤はようやく涙と涎を拭い、天を仰ぐ。
天。……神。
「死んだ人は、どうなるんだろうな」
ずっと黙っていた願者丸が、ついに会話に参加する。
「天に召されるなんて言葉があるが、馬場もあそこに行ったのか?」
「縁起でもない」
死人に鞭を打つような発想だ。
あの神は根本的に人と相容れない存在だ。馬場があんなところにいるとは思いたくない。ゲームの話題は通じるだろうが、それ以外の全てが噛み合わないだろう。
きっと神としては、ゲームを通じて理解し合えるだけマシな部類なのだろうが。
「あの場所は天国ではない。見掛け倒しの、偽物だ」
「なら、馬場くんは……」
「無に還ったか、あるいは……」
今の工藤を追い詰める必要はあるまい。
俺はほんの少しだけ希望のある空想を唱えておくことにする。
「神の加護があるのだから、ただの死人と同じ扱いにはなるまい。魔力生物になって残滓が残るか、あるいは自力で転生するかもしれない」
「そうでしょうか?」
「信じるのは自由だ」
本来、死は身近にありながら、最も我々の知見から遠い存在でもある。
人は簡単に死ぬ。それでいて、死んだら元に戻ることはない。死んでいる状態を主観で伝えることができない以上、遺された人々は怯えるばかり。
元の世界の両親や妹も、きっと……俺たちの死に震え上がり、悲しんでいる。
無事を伝える手段はない。
「好きなものを信じていい。だから……」
俺は工藤が泣き止んでくれるよう、祈りを込めて言葉を紡ぐ。
「隣で生きている俺たちに、お前を大切にさせてくれ」
「大切……。私が?」
「そうだ。悲しみに暮れるお前を見て、癒したいと思う気持ちがある程度には、大切だ」
あんな泣き方、二度としてほしくない。
工藤にとっての馬場ほどではないだろうが、俺たちにとっても、工藤は人生の一部だ。
「……やっぱり、積田くんはずるいです」
工藤はまた、俺の隣にやってくる。
顔はまだ、悲しみに濡れている。
「そんなことを言うから、リーダーを任せたくなるんですよ。もっと自信持ってください」
俺は少し臭い発言だったと思っているが……周りから見ると、そうでもないのだろう。
……口先だけのリーダーでありたくはないな。もう少し休んだら、立ち上がって動き出そうか。
〜〜〜〜〜
俺たちは馬場の思い出話をポツリポツリと語る。
工藤が眠り、騎士団たちが動き出し、クリファがドーム内調査の一次報告を始めるまで。
「以上が、中間報告です。……何か質問、ある?」
「馬場の遺品があったら、拾ってくれ。こういう駒だ。頼む」
馬場の遺体は、もう見つからないだろう。敵の肉片と混ざってしまい、見分けがつかないはずだ。
それでも、俺は遺品の捜索を願い出る。丈夫な魔道具なのだから、戻ってくるはずだ。
「わかった。早く、元気になって」
俺たちの頼みを聞いたクリファは、また連絡役としてドーム内に戻っていく。
「アイツ、大丈夫かな……」
「疲れているようではあったが……珍しいな、お前が他人の心配なんて」
「確か、アイツは裏儀式の一団と交戦したはずだろう? ケガをしたと聞いていたからな。それに、口元に吐いたような跡があった」
クリファと縁が深い願者丸は、彼女のことをよく見ている。
「ただでさえ禍々しいドームだってのに、内部は凄まじいことになってる。少し歩けば死体。岩の隙間に骨。最悪だ。吐きたくもなる」
「……ああ。本当に最悪だ。本当に」
「アイツにこれ以上地獄を見せたくないと思うのは、オイラだけか?」
実際、俺たちが仲間たちの救出をしている間も、見飽きるほど死体を見た。宴楽と合流する頃には、靴の裏に肉がこびりついてしまったくらいだ。
願者丸の発言に、寝起きの工藤は顔を顰める。
「最悪の目覚めです」
「あ、工藤さん……」
「あの国との決戦で、慣れたつもりでしたけど……だからといって、何度も見たいものではありませんね。あの子たちも……もちろん、私も」
「王都でも、たぶん見ることになるよ?」
矢羽の指摘に、工藤は固い笑みを返す。
「大丈夫。私はもう平気です。これからの未来に馬場くんがいないことは、まだ信じられませんが……それでも、なんとか前を向けそうです」
本当に強い人だ。この地で得た英雄の名は、虚飾ではない。
俺は工藤の立ち直りの早さに感心する。
まだ寝転んでいる怠け者の俺とは違うな。
「そろそろ、俺も働かないとな」
「まったくですよ、皆さん」
俺が起きあがろうと腹に力を込めたところで、フォルカスがやってくる。
クリファが伝え忘れたことでも補足しに来たのだろうか。いや、そんな呑気な用事ではあるまい。
「何か言いたそうだな」
「こちらとしても心苦しいのですよ。すぐにでも王都に向かってほしい……と、わざわざ言わなければならないとは」
俺たちを死地に蹴り出そうとしているのか。
確かに、こいつの言うことには一理ある。ここにはもう敵はいない。騎士団による後片付けを見守るくらいしかできない。
そして何より、事態は一刻を争う。今こうしている間にも、素駆は国を落とそうと必死になっている。ここで足踏みをしている場合ではない。
だが、他に言い方があっただろうに。死者の無念を晴らす弔い合戦としてやる気を出させるなり、王都にいる騎士団を助けてほしいと嘆願するなり、俺たちの気力を削がない追い出し方はいくらでも思いつく。
「わかった。お前から得られた情報が古くならないうちに、倒してこよう」
「よろしくお願いします」
俺はようやく立ち上がり、フォルカスを睨みつける。
「お前は来ないのか?」
「ここの指揮官を任されましたので」
「なら、これ以上口を開くな」
死ぬ前の思い出に、お前の存在を挟みたくない。




