2話 才能開花する非凡な少年
荒廃した村で、記憶を無くした犬型獣人の少年は。
冒険家として生計を立てていた猫型獣人の少女、クルアと出会い、二人は家族となった。
「そっか、君、名前も分からないのか~」
しかし少年はこの場所はおろか、自分の名前さえも分からない程に記憶が欠如していた。
クルアは額に手を当て、少年をどう呼ぶか考え。
そして、思い立ったように指を差す。
「よし、今日から君の名前はポロだ」
「ポロ?」
満足気に頷くクルアに対して、少年は首を傾げる。
「なんで、ポロ?」
「この村、ポロトって名前だから、ポロトの村で見つけた子だから、ポロ」
安直な理由だった。
「ご不満?」
「う~ん……もっとカッコいい名前がいい」
「でもなんか可愛いし、ウチは結構気に入ってるよ」
と、少年の要望はなあなあに却下され。
結局、少年はポロと命名されることになった。
その後クルアは一日中かけて村を回った。
もしかしたらポロの記憶喪失は一時的なもので、この村に身内がいるのではないかと思い探したが、結局手掛かりはなく。
逆に村人達の神経を逆撫でする結果となった。
ポロの黒毛の犬耳と尻尾は、村を襲った魔物、黒妖犬に酷似しており、トラウマを背負った村人は、ポロを見る度に怒鳴りつけたり石を投げたりと、まともに話を聞こうとする者は少なかった。
「もう! なんなのこの村の人達。ウチの可愛い弟に向かって……」
そんな村人にクルアも腹を立て、頬を膨らませながらイカリ肩フォームで道中を練り歩く。
「もういいよ、クルアさん」
「ん~、クルアさん?」
殺気だっているせいか、ポロの余所余所しい呼び方にも不満気に返し、呼び名を訂正する。
「違うでしょ?」
「……お姉さん」
「まだ他人っぽいかな~」
「……お姉ちゃん?」
「ん~それもいいけど、もう一押し、親しい感じで」
「…………クル姉」
「うん!」
ようやく良い答えを導き出したポロを、クルアは頬ずりをしながら愛でた。
「よしよし、可愛いやつめ~」
「んん、やめてよ」
そして機嫌を直したクルアは、そのままポロを連れて村を出ることにした。
どのみちこれ以上の手掛かりは望めず、正直ここに長居をする気になれなかったせいもある。
それはポロも同じであり、彼はクルアの手をしっかり握り、彼女の後をついて行った。
「ポロ、村の外はたまに魔物が出るから気をつけてね」
村の外に出た後、クルアはポロに注意を促し、一本の短剣を渡した。
「これ……ナイフ?」
「護身用ね。もし危なくなったら、それで身を守るの。使い方教えてあげるから」
「魔物……僕、見たことないけど、強いの?」
「う~ん、ピンキリかな。この辺は比較的弱いのしかいないけど」
「じゃあ僕でも倒せる? 戦ってみたい」
と、ポロは期待に胸を膨らませクルアに尋ねる。
「ダメ、ポロにはまだ早いよ。ウチが守ってあげるからちゃんとそばに……」
そんなことを言っていると。
道の陰から、ちょうどタイミング良く獣型の魔物が現れる。
「って、言ったそばから岩石猪? まあいいや、ポロ、後ろに下がってて、お姉ちゃんが今夜の晩御飯を仕留めてあげる」
クルアは自身の両腕に装着していた手甲を強く握りしめると、途端、手首の辺りから三本爪のような刃が突き出た。
「クル姉、それ何?」
「猫爪手甲って言ってね、戦闘時にこうやって刃物を出せるんだよ」
などと得意気に話している横で、猪の魔物は躊躇なくクルア目掛けて猛進してきた。
「ちょっ……クル姉、前っ、前っ!」
「んっ?」
遅れ気味に気づいたクルアは「おぅ!?」と妙な声を出しながら不意打ちの体当たりを直撃する――。
その刹那。
突如、クルアはポロを抱え、軽い身のこなしで魔物の頭上へ跳躍すると。
すれ違いざまに片手の爪で魔物を斬り裂いた。
「【烈波爪術】!」
彼女の声が辺りに響き、華麗に地面に着地すると同時、猪の魔物は血しぶきを上げてその場に倒れた。
「あっぶなかった~! よく気付いたねポロ。お手柄だぞ!」
と、クルアはポロに頬ずりで感謝を述べる。
――今のはクル姉の不注意なんじゃ?
そんなことを思うが口には出さず。
それよりも、今しがたのクルアの動きにポロは自然と興奮を覚えた。
「ねえ、今どうやって倒したの? すごい速い動きだったけど、もしかして魔法?」
彼女の俊敏な一撃が目に焼き付き、キラキラと目を輝かせながらクルアに顔を近づける。
「今日一番の良い顔するじゃない。初めて笑った顔がこれなんて……。はあ~野蛮な子に育てたくないんだけどな~」
そう言いながらも、クルアは一から戦闘方法を説明する。
「今のは体術スキル。魔力を使う魔法スキルとは違って、体内の気を放出することで体を強化して、何倍もの力を発揮させるの」
いわく、身体を鍛えることで『錬気』と呼ばれる体内のエネルギーを纏う事ができ、瞬間的に波動のようなものを放てる技である。
発動の際には魔法の詠唱と同様、スキルの名称を唱える事でその能力を発揮する。
それがスキルの仕組みだった。
「上手く言えないけど、扇で風を仰ぐイメージかな。人力で相手に強風をぶち当てるみたいな?」
「ふぅん、僕にも出来るかな?」
「あはは、そんな簡単にはいかないよ。ウチも習得するのに二年かかったし」
と、クルアは笑う。
事実、戦闘訓練を受けていない者が体術スキルを身に着けるには長き鍛錬が必要となる。
生まれながら身体能力に優れた獣人のクルアですら、体術の習得は容易いものではなかった。
刃物も握った事のないポロならば猶更、一朝一夕で会得出来るものではないと思っていた。
すると、ポロは短剣を握ったまま突然目を閉じ、先程のクルアの動きを頭にトレースさせる。
――風を起こすイメージ……。
頭の中で念じて、彼女の動きを何度も超速再生し。
そして、見よう見まねでポロは剣を振るった。
「【烈波爪術】」
途端、ポロの振るった剣先から斬風が舞い、気の波動がクルアの横を過ぎ去っていった。
「…………えっ?」
唖然とするクルアに、満面の笑みでガッツポーズを決めるポロ。
「やった! 出来た! ねえクル姉、今の出来てたよね!?」
「あ……えと……うん」
未だ信じられないという様子でポロに返すクルアは、猫耳をピクピクと躍動させながら困惑した。
――え、なんで? なんでこの子一度見ただけで再現出来るの?
どれ程天賦の才を持っていようと、一切の素人がまともに剣を振るだけでなく、忠実に技を再現する事など可能なのか。
前例のないポロの才能に、クルアはただ呆けるばかりであった。
夜も更ける頃。
道すがら見つけた洞穴で、ポロとクルアは焚火に薪をくべ夜食にありつく。
本日のメインディッシュ、岩石猪の丸焼きを頬張るポロに、クルアは微笑ましく見つめた。
「ふふ、ポロ、お肉好きなの?」
「うん、この魔物、硬い皮膚してるのに中はジューシーですごく美味しい」
外皮を岩で覆った岩石猪は、その外見のわりに肉質は柔らかく脂身多めであり、丸焼きにすると外皮の岩からじんわりと熱が入り、肉汁を逃がさず柔らかいまま仕上げられる。
「たくさん食べて大きくなろうね。余ったお肉は塩漬けにして保存食にしよっか」
クルアは手慣れたナイフさばきで肉を削ぎ落し、岩塩の塊を削りながら肉にまぶしてゆく。
その様子に、ポロは骨付き肉をかじりながら凝視する。
「クル姉、こういう野宿慣れてるの?」
「まあね~、ウチも家族がいなかったから、どうにかして生きていかなくちゃならん身だったからねぇ」
テキパキと作業をしながら身の上事情を告白する彼女に、同じく親の顔を知らないポロはどことなく親近感を覚える。
「だからね、ウチは今ちょっと嬉しいのです。町で見かける家族を自分に置き換えて、あ~ウチも可愛い弟がほしいな~ってずっと思ってたから」
「僕達血も繋がってないし、種族も違うけど」
「血が繋がってなくちゃ姉弟と呼べないなんて定義、どこにもないよ」
やがて保存食の仕込みを終えたクルアは川から汲んできた水で手を洗い、荷袋から厚手の毛布を取り出す。
「さ、お腹一杯になったでしょ? 今夜はもう遅いから寝ちゃおう」
と、ポロにおいでと手招きをする。
ポロはもぞもぞとクルアの羽織る毛布の中に入ると、彼女の体温は暖炉のように温かく、たまに吹く冷たい夜風が妙に心地よく感じた。
記憶の無い虚無感を忘れさせてくれるその温もりに、ポロは安心感を覚えた。
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