外伝
昔々の物語ーーー
西の村に禍々しいほどに麗しい神が現れた。
憤怒に駆られた神は村を襲い、
その地を朱殷の色に染めていった。
人々は困惑した。
「神よ鎮まり給へ」
神は応え、そして尋ねた。
「何故愛し子を殺しきや」
人々は困惑した。
「あれは供物なり
なれば
なほ繁栄にし給へ
なほ豊穣にし給へ」
愚かな人々は尚強請った。
神の怒りは慟哭に代わり、
その双眸から流れる涙は
野を田畑を人を、全てのものを飲み込んだ。
愛し子の魂魄が癒え
再びこの地に生まれ戻るときを
麗しい神は待ち続ける。
「小さき愛し子よ
我が小さき愛し子よ
いつか行逢ふその日まで
我常に待てり」
麗しい神は独り歌い続ける。
◆◆◆
それは小さな頃から枕元で何度も繰り返された夢へ誘う物語の一節。欲深い愚かな人間になってはならぬという戒めとして語り継がれ、今も口伝される昔々の物語。
「おばぁちゃん、このあと神様どうなったの?愛し子ちゃんと会えたの?」
「あぁ、会えたさ」
「もう神様は泣いてない?」
「泣いていないよ。きっと今頃楽しい歌でも歌って陽気に暮らしているさ」
「ふふ良かった!」
小さな孫は寝る前になると必ずこの物語をせがむ。
伝承にはないその後の物語を尋ねては、優しい祖母の作り話に安心して眠りにつくのがお決まりだった。
ホーホーホー
いつもこの物語を聞かせ終わると聞こえてくる梟の優しい鳴き声。まるで祖母の作り話を肯定するかのような、そんな優しい鳴き声。
小さな孫がすやすやと寝息を立てて眠りについたのを確認すると、祖母は一人呟いた。
「神様はね、愛し子とはちゃんと出会えたよ。まだあんたは気付いてないけどね」
骨張った皺々の手で、孫のその小さな額にかかる白髪を撫でる。両親を早くに亡くし、この婆の手ひとつで育てられた哀れな孫。お前が生まれた日をよく覚えているよ。
真っ白な女の子が産まれたと皆は一様に戸惑っていたけれど、この婆にはすぐわかったさ。婆の婆から聞いた素噺と丸切り同じだったからね。
真白な髪に、真白な肌。
この世のものとは思えぬ端正な顔。
「それにしたって盲まで同じにせんでもよかろうに」
「その魂魄の定めだから仕方ない。だが、そのおかげで一目でわかったぞ」
いつものように音もなく現れた美しい神はうっそりと笑っていた。この子が生まれて5年間、毎晩のようにこっそり孫の寝顔を見に来るこの神にはもうすっかり慣れた。
「可愛いこの子といられるのも今日が最期。もう暫くの間こうさせてくださいまし」
「今夜はこのままで過ごすといい。黄泉にいざなうアオサギとは話がついている」
「それは親切な事で」
「300年と5年待ったんだ。今宵待つくらい造作もない」
「朱殷様…この後のことはくれぐれも、くれぐれもお頼み申し上げます。もうこの子には身寄りがない…本当にこんなところまで似るなんて…」
婆は小さくため息をつく。物語の愛し子のように白髪で盲であることも、家族に縁遠いことも、この魂魄の定めというものらしい。
「明日、私がいなくなったらどうするおつもりですか?」
「お前の弔いが済んだら南に連れて行く」
「ふふ、愛し子との約束ですものねぇ」
「…お前はこの5年で随分と太々しくなったな」
「そりゃあ朱殷様があたしに散々聞かせてきたせいでございますよ。お陰で南の歌まで歌えるようになりました」
「む、アレか。ハナが泣いた祈りの歌か」
「ええ、アレですよ」
南に伝わる優しい歌ーーー『輪廻の輪に還った者がどうか無事に神の国に着きますように』と祈る歌だ。あぁ、そうだ。神様に強請るのは欲深い業となるだろうか…まぁいい、頼んでしまおう。
「朱殷様。私が死んだらきっとこの子は泣くでしょう。そうしたらその歌を歌ってやってくださいまし。優しい歌は生きている者の支えになりましょう」
「うむ、約束しよう。また泣かれそうだがな…。他になにか言い残すことはないか?」
婆はふふと笑う。
「この子も貴方様もどうか幸せになられますように」
「…5年間、女手一つでよく育ててくれた。礼を言う」
そう言うと朱殷は音もなく消え去った。
再びホーホーホーと鳴く梟の鳴き声が聞こえてくる。それは安らかな眠りを祈る心優しい梟の神の労いだった。
婆は最期の力を振り絞り、小さな孫の手を握りしめた。
小さき愛し子よ
我が小さき愛し子よ
どうかどうか、幸せになるんだよ
もっとハッピーな朱殷とハナちゃんの物語をそのうち書くつもりなので、「この続きを読んでやるよ!」という神様みたいな方はブックマークしていただければと思います^_^
いいねしてくださった皆様
高評価してくださった皆様
とても嬉しいです!
ありがとうございました^_^




