東のアガシャ
東のアガシャ集落のとりわけ大きな木枠作りの家に、村の男達が集まっている。そこはアガシャの首長の家であり、村の寄り合いの場でもあった。
「このところの飢饉や疫病は西の祈りか」
「そうとしか考えられない。夏の日照りに始まって、秋は流行り風だ。もう8人も死んだ!」
「食べ物もそろそろ尽きる。これ以上は持ち堪えられない」
夏から続く疲弊でやつれている男達が喧々轟々に声を上げる。不平不満を言ったところで腹が減るだけだが、言わずにはいられない。
凶作に続き、30人もいない小さな村で死者の出る疫病が蔓延してしまった。
神に恵みを乞おうとて、既に村に供物となるような食べ物がもう殆どないことはその場にいる誰しもがわかっていた。
もう『あの手』しか残っていないのだ。しかし誰もそれを言い出せず、沈黙が続く。
少しの間をおいた後、漸く首長が重い口を開いた。
「人柱を立てる」
誰しもがそれを言い出せずにいたのは良心の呵責。
僅かばかりの良心と村の存続を秤にかければどちらに傾くか言うまでもない。
神頼みの供物は基本物資である。
しかし、時と場合によってそれが人になることはこの村に限った事ではない。
皮肉なことに古今東西ここぞの時の供物としての価値は人が一番高いとされる。
「誰にする」
「女は出来れば残したい。子どもが死にすぎた」
「橋が壊れたから男手も要る」
「…忌み地に暮らす母娘がいたはずだ。娘は神子だからちょうどいい」
「母親は夏前に死んだから娘がひとりでいるはずだ。攫うには丁度良いだろう」
ゴクリと、誰かの喉が鳴った。




