第73話 ピエロ
(なかなかいい道化師、いや、ピエロっぷりだったんじゃないか?)
本来の目的を達成した唯人は再び仮面の中で笑う。
何も唯人は襲撃してきたエルフたちやこの伝令のエルフに対する嫌がらせのために道化師に扮していたわけではない。
もちろん正体を隠すという目的はあったがそれであれば他にも顔を隠す方法は幾らでもあるし怖がらせたいならホッケーのマスクや叫んだようなゴーストのマスクも持っている。
それらの中からあえて道化師、その中のピエロのマスクを選んだのにはもちろん理由がある。
~数か月前~
「あ~あ、せっかくの文化祭だったのに何にも面白いことできなかったな~」
去年の文化祭終了後の帰り道。いつもの4人――裕也は自分のクラスの打ち上げがあり不在――で歩いていると心底つまらない、といった顔で風香が呟く。
呟くと言ったがどう考えても周りに聞かせるつもりで言っていることは彼女の性格からしてわかりきったことである。
「何もって…風香が生徒会を乗っ取った以上に面白いことがあるわけないだろ…」
「そうね…一応手伝った身としても想定以上に大ごとになって生徒会の人や次の生徒会長に立候補しようとしていた先輩たちには申し訳ない気持ちでいっぱいよ…」
今回の騒動で最も風香に振り回された玲奈が疲れたようにこぼす。
「でも、本当に1年生で生徒会長になっちゃうなんて凄いです!」
梢は純粋に凄いと思って褒めているようだが褒められた風香はつまらなそうな顔のままだ。
「あの程度なら片手間に片づけてクラスの出し物に本腰入れる余裕あったわね~。なによ縁日風のミニゲームって。輪投げとかエアガンの射的とか普通すぎでしょ」
生徒会乗っ取りのために暗躍していた風香やそれに付き合わされた玲奈はクラスの出し物にあまり関与せずにいたため至って普通の出し物になっていたのだった。
もちろん唯人は『普通』の出し物には大賛成であり積極的にそれらを提案していった結果このようなことになったのであるが。
「来年はもっと面白いことやるわよ!ガチめのお化け屋敷とかホラーハウスでリタイア者を続出させるとか?それか脱出ゲーム(脱出不能)とかもいいかもね~」
風香の中では既に来年の構想が始まっているようだった。
「別に普通でいいだろ。なんやかんや来た人は楽しんでたしさ」
「それって主に男どもが浴衣姿の灯せんせーや梢を見に来てただけでしょ」
「あわわわ…」
梢は恥ずかしがっているが実際その通りであり、灯と梢という対極ともいえる2人がそろって浴衣姿でいたため様々な嗜好の男子を広く受け入れる形のなったのである。
そして女生徒の中には唯人の浴衣姿を見にやってきたものも多数いたのであったが風香が口にすることはなかった。
「だったら来年は風香と玲奈も浴衣着ればいいだろ。リピーターを掴みつつ飽きさせないのは大事だからな」
「なんで私がそんなことしなきゃならないの?それに来年はホラーハウスか脱出ゲームにするから」
「いや、他の人の意見も聞けよ」
「もちろん聞くだけはするわ。聞くだけだけどね。他のに決まっても生徒会の権限で却下するから」
「風香…またそんなこと言って…。そんな権限生徒会にあるわけないでしょ?」
「なければ作ればいいのよ」
「とんだ暴君もいたもんだ」
玲奈とともに風香の言動に呆れる唯人であったが、彼女がそれを実行する性格でありその能力もあるということをこの半年という長いようで短い期間の間に嫌というほどわからされていた――
「さっきからいちいちうるさいわね。…そうね、私が暴君なら無礼を働く唯人は道化師ね。全然面白くないけど。というわけで来年唯人はホラーハウスか脱出ゲームで道化師…だとちょっと格好いいヤツも含まれるからピエロね。ピエロをやってもらうから」
「は?」
――そしてこんなふうに突拍子もないことを言い出すことも。
「ホラーハウスだったらキラークラウンみたいな感じで~、脱出ゲームだったら不気味な案内人ってところかな~」
唯人が戸惑っているうちに風香はどんどんイメージを膨らませていく。
「もちろん顔はちゃんと白塗りにして~、メイクもばっちりやって~」
そう言いながら唯人の方を向き、
「真っ赤なお鼻もちゃんと付けて、ね」
嫌そうな顔をしている唯人の鼻に強めのデコピンをしてそう宣った。
「あと丸々1年あるしお手玉くらいはできるようにしときなさいよ」などと去り際に言い残した風香によって唯人が一切同意をしないままに来年の文化祭でピエロをやることに決まったのであった。
~時は戻り現在~
嫌そうにしつつも結局唯人はその話が出た後、ピエロが出てくる映画を見たりジャグリングの練習――技術は全く問題ないのでどの程度加減するかの練習――をしていたりしたのだったが、今回ちょうどいい機会であったため道化師というキャラクターを演じながらホラーハウスや脱出ゲームに出てきそうな不気味なピエロを練習していたのである。
そして唯人は《《本来の目的》》である文化祭で披露する道化師、もといピエロを完成させるに至った。
嫌そうにしながらもなんだかんだで楽しんでいる唯人であったが、今日のクオリティを文化祭で披露したら阿鼻叫喚の地獄絵図が完成するのは間違いない。
唯人の中に少しだけ『風香に意趣返ししてやりたい』という思いがあったばかりに文化祭で披露するには不釣り合いな完成度のピエロが爆誕したのだった。
(これなら風香も納得するだろう。なんならちょっと怖がらせることもできるかもしれないな)
そんなことを考えながら唯人は地面に倒れているエルフの伝令を小脇に抱える。
自身のピエロの技術を試す以外のもう一つの目的。
それを達成するためにこの伝令を――ピエロを試すついでに――追い回しスピードをあげさせていたので時間的猶予はそれほどない。
唯人はこちらに向かってくる6つの気配を感じながら森の外へと歩き出すのであった。
~同時刻 アーティガルド城~
「へっくち!!」
「風香、大丈夫?」
「う~ん、大丈夫」
「珍しいですね。こっちに来てからくしゃみとか咳とかあんまりしたことなかったですけど…」
「身体が強化されて免疫とかも強くなってるみたいだし異物にも強くなってるのかもしれないわね。私もこの時期はまだ花粉が辛いんだけど大丈夫だし。単純にここの花粉は大丈夫って言うだけかもしれないけれど」
神の加護の力、更には唯人による耐性付与により風香達は風邪はもとより元の世界にない現地の病気や毒、更には花粉やほこりなども防ぐ体となっていたのだったが体感で彼女たちはそれを理解していた。
余談であるが多くの男子生徒は、この時期花粉症でくしゃみを連発し、その衝撃を受けて揺れる灯の身体の一部に助けられていた。だが加護はともかく耐性は唯人が与えたものなので元の世界に戻っても残るものであり、男子生徒にとっては残念な知らせとなるであろう。
「どうせ唯人が私の悪口でも言ってるんでしょ」
「それは…」
「えっと…」
「まあ、相澤君なら悪口というよりは霧崎さんに対してささやかな抵抗をしてるって感じゃないかしら?」
「それっぽい感じがするな~。唯人のくせに無駄なことを…」
「ま、まあ唯人君が驚かせようとしても私たちが驚かせちゃうんじゃないかしら?」
「そうですよ!私たちだいぶ魔法が上達してきましたし!」
「そうね。身体能力もかなり上がってきたし驚かせてしまいそうね」
「たしかにね~。ところで魔法って元の世界に戻っても使えるのかな?」
「…どうかしら。環境、と言うか世界そのものが違うから何とも言えないわね」
「使えたらみんな驚いちゃいそうですね…」
何気なく風香がこぼした問いには答えなどでない。
戻ってみなければわからないことであり風香も別に答えを得ようとしたわけでもなかった。
だが――
「そうね、身体能力の方も今のままならオリンピックの個人競技ならほとんど金メダル取れるんじゃないかしら?」
「「「…」」」
――魔法と身体能力は別である。
何気なくそんなことを言う灯だったが、生徒たちの反応はさほど明るいものではなかった。
魔法などもともとなかったのだから使えなくなってもさほど問題はない。
使えたとしても使わずにいることはそれほど苦でもないだろう。
身体能力も元に戻るなら違和感はあるだろうがすぐに慣れるだろう。
だが身体能力が今のままだったら?
力が上がると同時に制御する能力も上がるので『ちょっと触ったら物が壊れる』などということは意図しなければ起きないため力を加減する技術については問題はない。
だが、力の上限については常にセーブした状態で暮らしていくことになりかねない。
くしくもそれは唯人が普段やっていることであり、セーブの仕方を失敗すると唯人のようにスポーツテストの結果がオール平均値などという異常値になってしまうのだ。
普通の女子高校生がそんな不釣り合いな力をもってしまえば待っているのは明るい将来だけではない。
方向性は違えど聡明な3人はそれをきちんと理解していた。
灯は不用意な発言で生徒たちに暗い顔をさせてしまったことを悔い、話を変える。
「…そ、そう!元の世界といえばそろそろ文化祭の出し物を決めないといけないんだったわ!みんなは何にするか考えはあるの?」
「えっ、ああ、そういえば去年の文化祭が終わった後に風香がお化け屋敷かホラーハウス、あとは脱出ゲームやるって言ってたわね」
「そ、そうでしたね!お化け屋敷なら私のファイヤーボールがちょうど火の玉みたいに使えるかもしれないですね!」
「ふふっ。そういう使い方ならいいかもしれないわね。でも火の取り扱いには気を付けないとだめよ?」
「はいっ、気を付けます!」
灯が話題を変えようとしたのに2人は気づきその話に乗る。
もちろん風香も気づいていたがその口から出たのは気遣いなどとは無縁の言葉であった。
「あ、今年の文化祭うちのクラスは喫茶店やるから」
「「「えっ?」」」
「メイド&執事喫茶をやります」
驚いている3人をよそにもうすでに決定したかのように風香は宣言する。
「えっと、ホラーハウスか脱出ゲームやるって言ってたけどそれは?」
「そんなこと言ったっけ?」
「はいぃ…。それで唯人さんにピエロやらせるって…」
「ああ、それは何か覚えてるわ。でも今回唯人にはメイドをやってもらうから」
「「「え?」」」
メイド&執事喫茶なら唯人は執事では?そう至極当然な考えをした3人であったが風香の答えは3人にとっては考えたこともない内容であった。
「メイド&執事喫茶だけど女装メイド&男装執事でやるから」
「なんで急にそんなことに…」
至極もっともな玲奈の言葉に梢と灯も頷いて応える。
「王城で本物のメイドさんとか執事さん見たらさ~。なんかやらせたくなって」
「えっと、なんで女装メイドとか男装執事なんです?」
「まあ今となってはそこまで斬新な話でもないんだけどさ~。なんかさあ、私たちが勇者になっちゃったから唯人がお姫様みたいじゃん?だからその逆転も取り込んでみたって感じ?」
相変わらず発想の仕方が突拍子のない風香であった。
「それってもしかして去年みたいに私もやるの?」
「当然でしょ。執事…じゃなくて執事とメイドの統括の人、家令だっけ?それやってもらおうかな?…でも灯せんせーがのそれが入る衣装あるかな?やっぱり自作しないとダメかな?」
灯のある一部に視線視線を向け衣装の不安を告げる風香
「またそうやって大人をからかって…」
「一応聞くけど風香もやるのよね?」
「やるわけないでしょ?言ったでしょ?やらせたくなった、って」
答えはわかっているが一応確認した玲奈に帰ってきた答えは予想通りのものであった。
「貴女って人は…」
「まあオーナー、この場合主人役?としてそれっぽい服くらいは着てもいいかな?主人だから給仕はしないけどね」
「まったく霧崎さんは…、まあいいわ。それも元の世界に戻ってからの話だもの」
「唯人が戻ってきたら城のメイドさんたちに指導してもらわないとね~。みんなも執事さんたちのことちゃんと見て覚えてね?クラスのみんなに指導することになるから」
そこまで言うだけ言って風香は自室へと帰っていった。
残された3人はというと
「せっかくピエロの映画とかを見てたのに…かわいそうな唯人君」
「ですね…お手玉してたのも見たことあります。結構、と言うかかなり上手でしたよ」
「そうなの?相澤君…相変わらずストイックね…でもそれが徒労に終わってしまう、と」
「ええ、私たちどうこうよりもそういう意味で驚かせることになりそうです…」
「メ、メイド喫茶にピエロ…は、無理ですよね?」
「さすがにそれは難しいんじゃないかしら…」
唯人がピエロを履修していたことを知っていた玲奈と梢が唯人を憐れみ、灯も唯人の性格ならやるとなったら努力したのだろうと納得し、その成果を披露することで言い出した風香にささやかな抵抗をしようとしたであろう唯人を同じく憐れんだ。
かくして去年の文化祭を発端にしたこの一連の騒動で唯人が身に付けたピエロムーブは披露されることなく、唯人の与り知らぬところでお蔵入りが決定された。
だが唯人はそれを知る由もなく、もうしばらくピエロムーブの実験を行うことになる。
何とも哀れな唯人、そしてそれに付き合わされることになるであろう6つの気配の持ち主たちは正に『まるでピエロの様』であった。




