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「異」世界「常」連の「日常」奪還奮闘記  作者: ちょい悪代官
第三章 迷いの森と呪われしエルフ

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第71話 ソレ

~伝令のエルフ視点~


「はぁ…っ、はぁ…っ!!」


部隊内で最も身軽ということでイグリス、いや、部隊長の指示で現状を里に伝えるための伝令となった私は順調に森の中を進んでいた。


イグリスが『身軽』と言った時に私の身体の一部に向けた視線を思い出しながら、「もげろ!」とか「垂れろ!」などという呪詛を吐く余裕すらあった。



先程までは。



直前まで何もなかった空間に突如として沸いた奇妙な魔力。


最初はモンスターか何かかと思い無視していたが明らかに私の後をついてきている。

そしてそれは通常のモンスターなどでは断じてない。


走り続けるためにスピードを落とし少し息を入れながらその魔力の方を見やる。

感覚的にはその方向にある木。その後ろにその魔力の気配がある。



だが次の瞬間、その気配は消え、まったく別の位置にある木の裏に現れる。



私は一切視線を切っていない。にもかかわらず別の位置へと移動している。

仮に私が捉えきれないほどのスピードで移動したとしてもその間に魔力の残滓が残るはず。

これほどの奇妙な魔力の残滓を私が、エルフが見逃すはずがなかった。



だが現実としてそれは起こっていた。



私は自分の理解を超えた現象に恐怖し立ち止まるとその気配と私の間にある木を凝視する。



するとその木から何者かがひょっこりと顔を出す。



まだかなり距離はあるはずなのだが妙にその顔がよく見える。



珍妙な帽子に笑っているようでありながら無機質で恐怖を駆り立てる仮面を被った人物。



あまりにも森に不釣り合いのその様相に息を呑んで硬直しているとその人物は木の向こうへと顔を引っ込める。



その瞬間、気配がまた別の木の陰へと移動しそこから同じように顔を出す。



そして再び顔を引っ込めると別の木の陰へ。



何度も、何度も、何度も、何度もそれを繰り返す。



しかし



徐々に



着実に



私へと近づいてきていた



それに気付いた私は踵を返すと全速力で駆けだした。


エルフであり訓練も積んだ私にとって背後に視線を向けながら森を走ることなど造作もないが、今のわたしにはその余裕はなかった。

背後から迫る得体の知れない存在の気配、それは変わらず木々の陰に移動しながら全速力で走っているはずの私との距離を詰めてくる。


ペースを無視した疾走に肺と脚が悲鳴を上げるが無視して森を駆け抜ける。


時折自慢の長い髪が草木に引っかかりうっとおしいとすら感じるが束ねたりしている暇はない。


『森さえ、森さえ抜ければ!』


などとエルフにあるまじき思考でひたすらに走り続ける。

幸いにももう間もなく森を抜けるところまで来ている。


木々の合間にある茂みを飛び越える様に抜け、着地と共にさらに加速しようと力を籠める。



「あ」



渇望するように大気を求め、呼吸することしかできない私の口からそれを上書きして思わず間の抜けた声が漏れる。


呼吸が止まったことで足も止まる。


だがそれだけが理由ではない。


茂みを飛び越えたその先。


そこには最初からそこに存在していたかのように、だが明らかな異物として、



仮面の人物が立っていた。



その恐怖によって足が凍り付いたかのように硬直したのだ。


森の草木が風に騒めき揺れ動き音を立てる中、仮面の人物、いや、ソレ(・・)は、静止し、一切の音を立てず、生命の脈動すら感じさせずに佇み、ただただこちらを見つめていた。


そこで気付く。


生命の脈動すら感じない、つまり魔力を感じないのだ。


先程までの奇妙な魔力は鳴りを潜め、ソレからは一切の魔力を感じることができなくなっていた。


ザッ


足元から音がする。


恐怖に硬直していた足が更なる恐怖によって私の意志を介さず動き出す。


一歩、また一歩とソレから少しでも離れようと私の足が勝手に後退る。


数歩後退ったところで


トンッ


と背中に軽い衝撃が走る。


思わずちらりとそちらに視線を向けると、先ほど飛び越えた茂みの脇にあった木にぶつかったことがわかる。


僅かに安堵し視線を戻す。



そこにはソレの姿はなかった。



僅かでも視線を切った自身の愚かさに絶望しながら背後をその木に預け周囲を警戒する。


魔力の反応はない。


ここにきて私は理解していた。


ソレはわざと居場所を知らせていたのだ、と。


そしていよいよ(・・・・)となったら魔力を隠すのだと。


私はしきりに視線を巡らせるがソレの姿は見当たらない。


走りながらではソレの移動する位置の法則も推測する余裕はなかった。


…いや、1つだけ、たった1つだけだがわかっている法則があった。それを思い出す。


それは



移動するたび



確実に



私に



近付いてくる



ということを。



そしてソレが今までと同じく私に近づくように移動するなら今身を預けている木の陰しかない。


私は錆びた(ルステッド)ゴーレムのように軋んだ動きでゆっくりと首を動かす。


少しずつ、ゆっくりと背後の木が視界に入ってくる。


先に視界に入った木の側面からソレが顔を出している――



――などということは幸いなかった。



首を稼働限界まで動かしたところでいよいよ身体も向け始める。


首に続いて腰、そして足を少しずつ動かしながら木全体を視界に収める。



反対側の木の側面からもソレが顔を出しているなどと言うことはない。



「ふぅ…」


ひとまずの安堵の息を漏らすしつつ木からゆっくりと距離を取る。

今は顔を出していなくともこれから顔を出すことも十分にあり得る話だ。


距離を取ることで木の全貌が視界に入る。

枝葉の下からも外れ、上を見たらソレがいた、などということもない。


じっと木を見つめ、腰のショートソードへと手をやる。

武器を持つことで日々の訓練を思い出し、恐怖による緊張が集中へと変わっていく。

にg…森を駆ける際に重いからと捨てなかった自分をほめてやりたい気分だ。


木の枝葉が揺れ動く様子


木の葉が舞い降りる不規則な動き


それらすら細大漏らさず把握できる程集中し、時間がゆっくりと流れているようにすら感じていた。




どれほどの時間が経っただろうか。




わたしには数時間ほどにも感じる時間だったが、実際にはわずかな時間、それこそ木の葉が枝から離れ地に着くまでのわずかな時間だ。


それほどまでに集中した私の五感、その1つがある違和感を捉える。


それは乾いた木々や干し草の香り。


森の中にあってそれ自体はおかしいことではない。


だが周囲の草木は青々としておりその根源となりそうなものは見当たらない。


更にはその香りの中には甘く心を鎮めるような香りも含まれ、思わず集中を解き、その香りのする方――




――背後へと振り返る。




先程のようなぎこちなさもなく、驚いて急に振り返ることもなく、友人に呼ばれた時のようにごくごく自然に振り返った私の視界は――




――白塗りの仮面で塗りつぶされた。




衝撃と恐怖のあまり硬直した私を弓形(ゆみなり)に空いた空洞の目が私の目をじっと見つめ、近すぎて焦点が合わないが私の鼻と触れ合いそうなほどの近くにある赤鼻が限られた視界の中で存在を主張している。

それを認識した瞬間、今まで一切の音がしなかったにもかかわらず珍妙な帽子の先端に付いた鈴が「チリン」と音を奏でるのを聞いた瞬間、『ぐりん』と視界が暗転する。


失われていく意識の中で先程感じた香りが変わらず鼻腔をくすぐってくる。


『異常』な見た目に反して心地よい香りをさせるものだ。


そんな益体もないことを思いながら私は意識を手放した。




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