第69話 赤髪エルフの悲愴 2
~引き続き赤髪のエルフ視点~
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あ、死んだ。
そう思ったのは今日だけで何度目だろうか。
彼女が振り下ろした腕はあたしの予想通りの結果をもたらした。
だがあたしにはまだ死は訪れてはいない。
恐る恐る目を開くと、彼女は先程までの怒りも鋭い爪もまるでなかったかのように元の姿でそこに佇みあたしを静かに見つめていた。
その視線に冷たさを感じたのか、先ほどから震えていたこの身もさらなる寒気を感じ、思わず自分の身を守るように両手で抱きすくめたその手に違和感を覚える。
「?」
その疑問に従い視線を自身の身体に向けるとその異変の原因に気付く。
あたしはいつの間にか一糸纏わぬ姿になって纏わぬ姿になっていた。
何故かわわかる。
あたしの周囲には紙の様に細切れになった皮鎧や服が外套はもちろん下着までの一切が地面に散乱していたのだ。
だがどうやったのかはわからない。
彼女のあの爪の鋭さを考えればおかしくないことではあるが、あたしの身に一切の傷がないのはおかしいことだ、と理性が理解を拒む。
そこまで考えたところで自分が全裸であることに思い至り、更に身を竦め悲鳴をあげようと息を吸い込む。
いかにこれまで恥を晒してきたとはいえそれはそれ、これはこれなのである。
吸い込んだ息を糧に悲鳴をあげようとしたその瞬間、
バッシャァッ
「がぼぼぼぼぼぉっ!?!?」
大量の水を頭から浴びせかけられ悲鳴は水の中の泡と消えた。
「ごめんね~。さすがにそのままの状態でご主人様の服を着せるわけにはいかないからさ~。…一回きれいにしようね?」
彼女はそう言うとその後数回にわたりあたしに水を…特に汚れているところに入念に浴びせかけた。
あたしは羞恥と水の衝撃に見悶えながらされるがままだったが、彼女にとっては本当に片手間のことの様で、「一応水かけておくか~」などと言いながら自らのブレスで焼いた草木にも水をかけて消火しながら行うただの作業であった。
水をかけられた後もあたしはなすがままであり、一通り綺麗にされた後は地面に付いて汚れないように温風で宙に浮かされながら乾かされ、乾いたところで浮いた状態のまま下着から順に服を着せられ、再び地に足が着くころには自分のすべてを彼女に委ねてしまっていた。
「さてさて、なかなか似合ってるじゃないですか~――」
そんなふうに言って笑う彼女の視線を追い、自身の姿を見る。
着させられた服は軽やかな薄紅で華美な装飾もないが素材そのものが美しさを放っているような光沢があり、布地の重なりが更にそれを引き立てている。それでいて動きを阻害しない伸縮性も持ち合わせており、先ほどまで来ていた服など足元にも及ばない肌触りも兼ね備えていた。
…下着もそれに準じた着心地の良さだが、良すぎて付けていないのかと錯覚するほどの一体感があり少々落ち着かないほどだ。
「――でもこれ絶対一般的な意味での普通の服じゃないですよね~。ご主人様基準では普通なんでしょうが」
彼女はそんなことを呟きながらあたし――が着た服――をじっと眺め、満足したところで声をかけてくる。
「さ、着替えも済んだし戻りましょ。…ああ、ついでだからお名前を聞いておこっか。ちなみに今のところわたしの中では貴女のこと『赤髪エルフ』って呼んでるんだけど貴女の部下たちも赤髪だし紛らわしいでしょ?」
彼女にそう言われ、そういえば名乗りも上げずにいたことに気付く。
あの子のことを気にするあまりそんなことすら忘れていた。
「…」
そのことに気を取られ返事をせずにいると、
「…いやなら別に良いけど~。その場合『赤髪エルフ』から『おもらしエルフ』にランクアップするけどいい?あ、ランクダウンかな?」
「ちょ!?い、言います!イグリス!イグリスって言います!」
とんでもない不名誉な呼び名を付けられそうになり慌てて名を名乗る。
「ふ~ん。いい名前じゃない。わたしほどじゃないけどね!あ、わたしはリュートね」
「リュート、様?」
あの角が夢で見たものでなければ彼女、…いや、この御方は龍族の中でも畏怖されるような存在。
角が偶数であれば魔力の扱いに長けるとは聞いているが、それを加味しても先ほどあたしを洗った時の魔法は完全無詠唱であったし複数の魔法を同時にいくつも使うという規格外の力だったことは間違いない。
あれをやってみろと言われれば当然あたしにはできないし族長方、少なくともフリート様にはできなさそうだ。ディーネ様やリリアン様ならできるかも?
ハイエルフ様なら可能だろうけどあそこまで片手間にできるだろうか?
そしておそらくより強力な魔法でも同じようにやって見せるだろう。
正直今の自分が正気であるか自信はないが、それを差し置いても力の差を考えればおかしい敬称ではない。
「様なんておおげさだな~」
「では、リュート――」
ちゃん、は馴れ馴れしすぎるか。さん、というのもしっくりこない。さすがに呼び捨ては――
「あ、でも呼び捨ては許さないけど」
「――殿」
「それも堅苦しいけどまあいっか。仲良くなれれば呼び捨てでもいいって思えるかもしれないし――」
そう言ってあたしに背を向け歩き出しながら顔だけこちらに向け、
「――短い付き合いで終わるかもしれないしね」
そう言ってその言葉に凍り付いたあたしを置いて進んで行ってしまう。
これ以上文字通り逆鱗に触れるようなことは避けなければならない。
そう考えあの子の家がある広場へと歩き出した彼女を追って歩き出す。
もう一度彼女や道化師に取ったような態度を取れば彼女の言うように短い付き合いで終わることになるだろう。
だが幸か不幸かここにきての僅かな時間であたしの立場もそのための虚飾も消え去った。
もう一度ただのあたしとしてあの子と向き合ってみよう。
そう心に決め、木々の隙間から光が差す広場の方へと進んで行くのだった。




