第66話 シクロエルの思い
~シクロエル視点~
シクロエルは自らが提案した『仕切り直し』により心を落ち着けていた。
どんなに時が経とうとも受けてきた理不尽な扱いに対する感情…『恨み』か?『憎悪』…まではいっていない気がする。それならば『嫌悪』か?それなら向こうも私に対して『嫌悪感』とやらを感じていた様だしお互い様か?まあそういった感情は消えることはない。
かといってずっと激しい感情が続くこともない。
かつて里にいた頃も、
ある時ここに隔離された時も
そして先程も
怒りが沸いても
かつては諦観で塗りつぶされ
ある時は時間によって薄れ
そして先程は…まあ色々あって霧散した、と言ったところか。
「ふふっ」
そんなことを考えていた私がおかしさに耐えかねて息を漏らすように笑うと着替え中の彼女以外がビクッと身を縮こまらせ、耳をピクピクさせながらこちらを怯えた目で見てくるのが面白く、また「ふふっ」と笑いが漏れた。
私がこうして笑っていられるのも唯人たちのおかげだ。
エルフたちが姿を見せた時、燻っていた感情が呼び覚まされ暴走する兆しさえあった。
が
そんな中で見せられた唯人のあの振る舞い。
事前に知らされていたがエルフたちの態度も相まって、事前に行った『リハーサル』よりも大仰で持って回った言い回しをしており、呼び覚まされた感情はすぐさま沈静化し意識は笑いを我慢することに割かれることとなった。
ずっと我慢を強いられてきた人生だったが笑いを我慢したのは今日が初めてだな。
そんなことを思う。
今日だけで今までに笑った回数を超えたのは間違いないだろう。
ともかくその唯人の振る舞いのおかげでやりすぎることなく――かつての蔑称で呼ばれた時は僅かに力が入ってしまったが――こうして無事、無事?エルフたちを無力化できたというわけだ。
「…きっと、わざとそうしたのだろうな」
思わずそう零すとエルフたちがまたもビクリと肩を震わせるのを視界の端で見やりながら自分の魔力を弄ぶように操る。
唯人はこのエルフたちが森に入る前に既に魔力を感知していたそうだが、それ程正確、かつ遠距離まで魔力を感知できる唯人が私の感情に連動した魔力の揺らぎに気付かないわけがない。
そんなふうに考えながら唯人を真似して魔力感知の範囲を広げていく。
既に範囲内にいたものの私から魔力が更に発せられたのを感知したエルフたちがまたしても体を震わせる。
しつこいようだがこれを見ると多少は溜飲が下がるのでどうしても見てしまう。
まあそれは置いておいて魔力を広げていくとつい数時間前まで限界だった位置をいとも容易く、しかも一瞬で超え、留まることを知らないかのように範囲を広げていく。
すると森の中を物凄い速さで移動していく奇妙な魔力を感知する。
これが唯人だろう。
例の仮面の効果に見せかけて変えた魔力の波長はそのままに木々の合間を縫うように進んでいく。
かなりの速さで拡大し唯人に追いついた魔力感知の範囲もちょっとでも気を抜くとが追いつかなくなりそうだ。
そんなことを思い魔力を操っているとその動きがピタッと止まる。
どうした?
そう思い唯人の周囲をより深く探ろうとすると唯人の輪郭が見えてくる。
立ち止まった唯人はこちらの方向を向いているようで、『何があったのか?』と更に魔力を集中させると今度は手を打つような仕草をする…これは拍手か?
なぜ急に拍手を?などと考えてなお一層魔力を集中させると更に唯人の輪郭が鮮明になりその輪郭の唯人と目が合った。
実際私には輪郭しか見えないが間違いなく目が合ったと確信できる。
つまり私の魔力感知に気付きそれに拍手している、ということだろうか。
私がそう考えていると唯人は拍手をしていた手を止め片腕を掲げる。
その指先は何やら親指に中指をひっかけ輪を作っているように見える。
それが何なのか注視しようと無意識のうちに眉間に皺を寄せながら目を瞑って集中していると、その注視していた指先の内、中指が親指から解放される。
ピンッ
距離的に聞こえるはずのない音が聞こえた。
より正確には魔力を介して感じたと言った方が良いだろう。
そしてその音と同時に、
パチン
という衝撃が寄せられ眉間を解すように与えられた。
「えっ?」
物理的な意味で言えば大した衝撃ではない。
だが別の意味での衝撃で私は思わず声を漏らす。
魔力感知によってエルフたちがまた怯えているのがわかるが今回はそちらに意識を裂いている場合ではない。
唯人はいったい何をした?
客観的には何が起きたかはわかっている。
唯人は私が広げた魔力を介してその中を伝うように衝撃を届けたのだ。
それは音が空気を伝うのに似ていたが完全な指向性を持っており、その上ほとんど減衰せずにここまで届かせていたように見える。
「ははっ」
察するに
最初は私の魔力感知を察知して立ち止まり
次に魔力を集中して唯人を鮮明にとらえたことに拍手し
最後はあんまり覗き見するなと窘められた
そんなところだろうか。
魔力感知を察知するのは…まあ、わかる。魔力を集中して鮮明にとらえたのを察知するのも…その延長だと思えばわからないこともない。
だが最後のあれはなんだ?
やろうと思えば魔力感知に対してカウンターで有効打か…それ以上も可能なのでは?
そこまで考えた私は魔力感知で唯人を追うのを止める。
別に唯人に恐怖したとかそういうわけではない。そんなものはある意味今更だ。
唯人がああした以上何かしらの意味があるのだろう。
ならば戻ってきてから存分に尋ねればいい。
「我らのご主人様は全くもって到底理解の及ばない『異常』な存在だな」
自身と同輩に向け、無意識に零れ落ちたその言葉にはその主人が嫌うフレーズが含まれていたが、幸いにもこの場を遠く離れている主人や、未だ森の中で彼からこの場の収拾という命を受けた同輩には届くことなく森の風の中に消えていった。




