第61話 道化師の素顔
若干グロテスクな描写があるのでご注意ください。
~?~
(な、なんだこいつは…!?)
奇妙な仮面をつけた…道化師の仮面と言ったか。それをつけた人物は慇懃にふるまいながらもどこか飄々としていて掴みどころがなく何を考えているのか全く分からない。
そして先程威嚇のために放った矢が掠めたにもかかわらず恐怖する素振りもない。
「貴様、何者だ!?」
我々の目的はヤツでありこの人物のことなど無視しても構わないはずなのだが、奇妙な仮面に奇妙な魔力、そして奇妙な振る舞いによって注意が吸い寄せられているように感じる。
それもあって思わず誰何してしまった。
「私などエルフ様方から見れば名乗るような者ではございません、『唯の人』、でございます。エルフ様方に私めの名でその貴いお声を汚すわけにはまいりません。とはいえ呼び名がなければ不便というもの。エルフ様方にご不便をおかけしては一生の名折れ。さすればこの仮面にあやかりまして『道化師』とお呼びいただければ幸甚にございます」
またしても大仰な仕草で慇懃に語る『道化師』とやら。
素直に名を語る気はないようだが、別に名が知りたいわけではないので構いはしない。
「フン、よかろう。だが道化師よ。先程から我々エルフを持ち上げるようなことばかり言っているが…そのような仮面をしたままで無礼とは思わんのか?」
この場で最優先なのはヤツだ。そのためにこの道化師と龍族の少女は最悪逃しても構わない。
が、その後の推移によっては追うことになる可能性もあるので顔くらいは見ておきたい。
「これは耳の痛いお言葉。しかしながら眉目秀麗であらせられるエルフ様方にご覧いただくには私めの醜面などとてもではありませんがお見せできるものではございません。平にご容赦いただきたく存じます」
道化師はそう言って「シャラン」と帽子の鈴を先ほどまでより大きく鳴らしながら深々と礼をするが『はいそうですか』と引き下がるわけにはいかない。
『自分』は再び部下にサインを出すとすぐさま矢が飛来し今度は道化師の足元に突き立った。
ちょうど礼をしている道化師の視線の先に矢が突き立った格好だが道化師に動揺の色は見えない。
「本来ならここで始末しても良いのだ。だが見逃してもいい、そういう慈悲を見せたつもりだったが伝わっていなかったようだな?」
礼をしている道化師の頭上にそう告げると道化師はゆっくりと身を起こすと
「エルフ様にそこまで言わせてしまうとはお恥ずかしい限り。ですが…本当によろしいのですか?単なる美醜で申し上げてもお見せできる程ではありませんでしたが今は少しばかり…瑕疵がありまして。どのような状態か口に出すのも憚られる程の惨状でございますよ?」
そう言って仮面に手をかける。
「くどい!」
美貌でエルフに勝るものなどいないのは当然のことだ。あまりに酷ければ眉を顰めるくらいはするかもしれないがただそれだけの事。
瑕疵があるなどと言うが傷跡でもあるのだろうがそんなもの『自分』にだってある。
戦いで顔面に大火傷を負った者もいたがその者もこの道化師の様に仮面などせず、名誉の負傷として堂々と晒している。
あれが美しくなければ何が美しいというのだ。
考えが逸れたが酷い傷跡などがあったところでこちらは何も問題がない。
逆に追跡する際に特定するための良い材料となるため具に観察しなければならない。
「そこまで仰られたならば私も無下にすることはいたしかねますね。ではとくとご照覧くださいませ」
『自分』が促したことで道化師は手をかけていた仮面を下へと少しずつずらしていく。
まず露わになったのは額だ。
帽子と仮面の間に見えた肌。
少しずつ見える範囲が広がっていくとそこには予想と少し異なるモノが見えることとなった。
それは『傷跡』ではなく『傷』であった。
それもただの傷ではない。
この傷は『生きていた』。
己を成長させようと宿主を蝕み、蠢動している。
傷口からは肉がはっきりと見え、血を吹き出しているがほとんどが傷の淵で吸い込まれるように消えていく。
そして仮面が動いていくとその傷が一つだけではないことが分かった。
他にも傷があり、吸い込まれなかった血が重力を無視して流れ、傷同士をつなぐ運河の如く脈打っていた。
そしてその傷が視界に入ると同時に襲い来る不快感。
大きな傷を見たことなど1度や2度ではない。
もっと大きい、内臓が溢れるような傷も見たことがある。
しかしこれまで見たどんな傷よりも悍ましく、神経を逆撫でするような生理的嫌悪感が内から沸き立つ。
今すぐにでもここから逃げ出したいと心の底から思うほどの忌むべき存在がそこにはあった。
「……っ!?!?」
思わず声が、悲鳴が出そうになり咄嗟に口を押える。
『ヒィッ!』
背後に潜んでいる部下たちであろう悲鳴も漏れ聞こえてきた。
目が良すぎたのが災いしたな…。
だがまだ遠い分ましだったことだろう。
傷が蠢いているところまでは見えまい。
そして森に潜んで展開しているほかの部族の部隊からも良く見えないだろうな。
何とも羨ましいことだ。
それにしてもヤツや龍族の少女はこれを知っているのか?
知っていて共にいるなら実にたいしたものだ。
…そういえば族長方はもう帰還されただろうか。
伝令に出した部下はどのくらい進んだだろうか。
そういえばここには何をしに来たのだっただろうか。
そんなことよりきょうのゆうはんはなににしようか。
にくがいいかな、こんなふうにまっかなおにく。
まっかにさけたおnik…
はっ!ダメだっ!霞がかかったように意識が弱まって散漫となり、その弱った意思を奪われたかのように視線が道化師の顔に吸い寄せられ目を逸らすどころか体を動かすことすらできない!
そうこうしているうちにも道化師は仮面をゆっくりとずらし続け、間もなく目元まで進もうかというところまで来ていた。
「っ!?っっ!?」
『もういい!やめろ!!』そう叫んだつもりだったが『自分』にできたのは無様に口をわずかに動かすことだけで声どころか息を吐くことすらかなわなかった。
目を閉じることもできず目が乾いたからか、それとも恐怖から量の目からは涙があふれ零れ落ちていた。
(他の者から見れば『自分』は白痴のような表情をしているのだろうな)
意識はもうろうとしているのに不思議とこうして自分を俯瞰してみるようなもう一つの意識ははっきりしていた。
そしてその意識は
これ以上道化師の素顔を見たら『自分』は死ぬ。
そう確信していた。
エルフさんSANチェックです。




