第60話 進撃のエルフ
~?~
ヤツを封じた森で異変が起こった。
その知らせがあったのは間の悪いことに族長方がハイエルフ様の元へ参集した折であり、判断は我々各部族の留守居に委ねられたが皆の意見は同じであった。
あの様な禍々しい存在が解き放たれた可能性があるのであれば一大事。
そうでなくても異変の原因や現状を把握し族長方が帰還した際には報告しなければならない。
当然族長方の指示を仰いでから行動すべきという意見を提案する部下もいたが今回は強権をもって却下した。
その意見自体は悪いものではない。むしろ正しいとさえ言える。
族長方がお戻りになった時にすぐさま全軍をもって出立すらできる様に準備を整えておくのが我々の本来の役目だ。
だがその意見をあげたものはまだ若く、ヤツのことを知識でしか知らないのだ。
ヤツと直に接したことがある者ならそんな悠長な判断はできはしない。
あの吐き気を催す嫌悪感
あの黒を黒で塗りたくったような深淵の底のような黒髪
そしてあの触れれば引き摺り込まれそうな濃密で粘性を持ったような禍々しい魔力…
我々は副官に代理の留守居を命じ、族長方が帰還された際に動かせる十分な戦力を残し、1部族各5名の精鋭で過去の忌まわしい記憶に追い立てられる様にヤツの封じられた森へと駆けた。
かの森で異変が起きてからすでに数時間は経っただろうか。
通常の進軍ならば急いでも1日はかけて移動する距離を既に我々は移動していた。
かなりのハイペースだが休憩も取り、多少の余裕をもって移動しているため脱落するものなどいない。
そしてとうとうヤツが封じられた森、近くの人間どもが『迷いの森』などと呼んでいる森の端へと辿り着いた。
そこで小休止をとり部下を休ませつつ各部族の指揮官=元留守居で話し合う。
「人間どもを惑わす結界が解除されているな」
「ああ、それにやはりおかしい」
「だね、ヤツのアレが感じられない」
「うむ」
「まさか…死んだ?」
「ならいいが…それならそれで確認せねばなるまい」
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各指揮官の感じたことや意見は概ね同じであった。
そしてこれからの方針も。
ここで引き返して報告、というのも通常であればなくはないが我々の中ではありえない選択肢であった。
小休止を終え我々は森の中心へと進む。
ヤツを封じたあの場所へと。
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いよいよ森の中心に近付いてきたところで妙な気配を感じ進軍を止める。
他の指揮官も感じたようで同じように進軍を止め様子をうかがっているようだ。
木々が生い茂っていなくとも目視が難しい距離ではあるが、我らエルフの鋭敏な魔力感知能力が異変を告げていた。
魔力が…3つ?
1つは明らかな強者の魔力。
力強く滾る様な密度の濃い魔力。
ヤツのものかと思ったが魔力の本質が違う。
1つはどこか懐かしいような、郷愁を感じる魔力。
清浄なせせらぎのようでありながらも大河の様に枯渇することなく昏々とを湧き出るような魔力。
これは…ハイエルフ様?いや、それとは別物だ…。それにこんなところにハイエルフ様がいらっしゃるはずがない…。
当然ヤツでもない。ヤツから最も遠い魔力と言えよう。
そしてもう一つが…奇妙な魔力だ。
強弱で言えば弱い。だが弱い中にも妙な揺らぎを感じる。
今まで見てきたどんな人物とも、それどころか魔物を含めたあらゆる生物とも似ても似つかない。
故に奇妙としか評しようのない魔力だが、強いて言うならばこれがヤツだろうか。衰弱して息も絶え絶えと思えばそのようにも感じられる。
これらの中にヤツがいるのであれば、我々が感知している以上ヤツもこちらを察知している可能性はある。
隊列は崩さず各指揮官とハンドサインで軽く共有を行うと、どう感じたかまではわからないが皆も3つの魔力を感知しているようだ。
作戦に変更はない。
あらかじめ決められた通り『自分』の部隊から1名伝令として今の情報を持ち帰らせるため里へと走らせる。
そして人数が減り戦力低下した『自分』の部隊が先行し、偵察及び必要であれば魔力の持ち主との接触を試みる。
当然それを行うのはその指揮官である『自分』である。
ヤツを前にして穏やかでいられるかはわからないが、そうして『自分』の部隊が注意を引いているうちに他の部隊が展開、包囲して捕縛、あるいは始末する。
あるいは相手が問答無用で襲い掛かってきたならしめたもの。
逃げる様に森の中に引き込んで同じく包囲すればよい。こちらの方が簡単だ。
…そして万一、『自分』がヤツを見て恐慌状態になるようであれば即座に撤退だ。
捨て駒になる気はないがおそらく『自分』がヤツに対して最も耐性があるだろうことは間違いない。
故に『『自分』が耐えられないなら他の者は無理だ』という合理的な判断を下すための指針となるのだ。
更に森の中心に近付き開けたところが遠くに見えたところで改めて各指揮官と目配せする。
各々が頷いて作戦の準備が整ったことを告げるのを確認すると『自分』の部隊は森の中心へと駆けだす。
『自分』以外は開けたところまでは出ずに外縁の木々の上や陰に控え、『自分』は正面から堂々と姿をさらし3つの魔力反応の前へと進む。
そこには遠目で確認した通りの
龍人の少女
これがあの強者の魔力の持ち主。
龍人であるなら然もありなん。
黒いフード付きのローブをまとい顔や性別はおろか種族すら窺えない奇妙な人物
こちらは奇妙な魔力の持ち主。
そしてもっと妙なのはこの人物と龍族の少女が主従関係にあることだ。
これだけ聞けばさほどおかしくないのだがこの人物が『主』であり龍族の少女が『従』なのが異常だ。
だが間違いなくこの人物から龍族の少女へと主従関係を示す魔力が流れている。
顔が見えないためこれがヤツという可能性もなくはなかったが…。
そして…あの郷愁を感じるような魔力の持ち主。
まさかとは思ったが雰囲気は大きく変わっていても見間違えるはずがない。
ヤツがそこに立っていた。
「っ!」
話すことは決めていたはずなのにヤツに飲まれたように言葉に詰まった隙にローブの人物が話しかけてくる。
「これはこれはエルフの皆様方。この様なところでお会いできるとは恐悦至極に存じます」
そう言って恭しく礼をとる。
「貴様、何者だ…と問うてやりたいところだが我々の目的はヤツだ。本来なら貴様も始末してやりたいところだが…そちらの龍族の娘とやりあうのはこちらも望むところではない。2人そろって立ち去るというなら命までは取らんぞ?龍族の娘よ。主人を殺されたくはあるまい?主人を連れてここから立ち去るがいい」
これは『自分』の独断ではあるが他の指揮官も同様の判断をするだろう。
さすがにこの戦力では龍族を相手にするには心許ない。森の中でなら戦えるだろうが焼き払われればそれまでだ。
そして龍族であればここであったことを人間どもに触れ回ることもないだろうという考えから見逃すことにしたのだ。
可能ならばもう一人の方は始末しておきたいが…。
「さ・す・が・は・エルフの皆様!私と彼女が主従関係にあると見抜くとは!これでも拙いながらに隠蔽しようとしたのですが…いやはや、エルフの皆様が魔力に関して一家言あるとは伺っておりましたがこれほどとは…私感服いたしました」
「…」
「…」
『自分』は龍族の少女に声をかけたつもりだったが返事をしたのはローブの人物の方だ。
龍族の少女、それにヤツも口を噤んだままだ。
しかし丁寧な言葉遣いにもかかわらずなんだこの不快感は?
しかも気付けば会話の優位をとられている。
「無礼なやつめ」
そう言いつつ部下に威嚇射撃のサインを出す。
龍族の少女に敵対ととられる可能性もあるが先程の反応から直接攻撃しなければ問題ないだろう。
ヒュッ
指示を受けた部下が放った矢が『自分』の後方から飛来し正面に立つローブの人物の目深に被るフードをかすめると彼方まで飛んで行った。
その際、龍族の少女はローブの人物を守ることもせず、また、こちらと敵対することもなかった。
同じくヤツも微動だにせず立ち尽くしたままだ。
そして射かけられた本人のローブの人物。
あまりの矢の速さに反射的に避けようとすることさえできず立ち尽くしていたためフードが捲れその顔が露わに――
「!?」
――なることはなかった。
「これはまた!エルフの皆様は弓術にも秀でていると、こちらも伺っておりましたがこちらも素晴らしい業前!才能のみならず日々の研鑽のなせる技!拝見できましたこと、生涯の誉れとしたく存じます」
再び大仰な仕草で礼をとるローブの人物。
その礼には先程までとは違い「チリン」と軽やかな音が伴う。
その下げた頭にはいつの間に被ったのかどう考えてもフードには収まらないサイズの鈴の付いた先端がいくつもに分かれ、赤と黒を基調としたカラフルで奇妙な帽子。
そして礼を終えて姿勢を正したローブの人物の顔には――
「…なんだ、その仮面は?」
――奇妙な仮面が張り付けられていた。
白塗りの仮面に赤い縁取りの弓形の眼孔、その下には涙のように星がきらめき鼻尖には太陽のような赤鼻が鎮座している。
そしてこのローブの人物の振る舞いの様に引き裂けんばかりに過剰に吊り上げられた赤い口。
滑稽にも感じるし哀愁も感じる…そして何より――
――恐怖を感じる。
そんな仮面だった。
「重ねての御無礼、恥じ入るばかりでございます」
そう言い再び頭を下げると今度は小気味良く謡う様な調子で語りだす。
「これなる仮面が来たりしは、それは地の果て世界の果て。ここから遠き世界の辺境、主の威も届かぬ遠隔地。その地にありし愚か者、すべてを見通す愚か者――
――その名も『道化師』その仮面」
そう語るとローブの人物、いや道化師は仮面の下で仮面の通り口を釣り上げたのがわかった。
業前のルビがカタカナなのは誤字ではないです(笑)




