第59話 方針決定
逃げる、そして迎え撃つという2つの選択肢を提示した唯人はそれぞれどういう未来が予想されるかを軽く話そうと言葉を続ける。
「まず、逃げた場合だが――」
「「迎え撃とう!」」
だがリュウトとロエルの意見によって塗りつぶされる。
「――…」
言葉を遮られた唯人であったが、
(リュウトはともかく当事者であるロエルがそう言うのであればそれでいいか)
と考えロエルに視線を送る。
ロエルは唯人の視線の意図を察し、頷いて自分の考えを告げる。
「逃げたところで追い回されるだけだ。あいつらが公然と追いかけてくることはないだろうがやり口は陰湿なタイプだ。…まあ私の偏見も少しは入っているけどね。唯人たちをどうこうできるとは微塵も思わないが、単にウロチョロされるのも煩わしいしせっかく秘密裏に行動していてもあいつらの動きが露見して余計な視線が近くに向くのも良くないだろう?」
ロエルが口にしたことはほとんど唯人の言いたいことが含まれていた。
まったくいないわけではないが珍しい方であるエルフが何かを探して動き回っていれば周囲のものは『何事だ?』と考えるのが普通であるし、当然その追っている先にあるモノにも――辿り着くことはなかったとしても――調査の手が入れられることになるだろう。
海や川で水鳥がしきりに潜っていれば『あそこには魚がいるんだろうな』と人は思うだろう。
そこからただ眺めるのか、水鳥が集まるなら罠を張って鳥を捕ろうとするのか、魚を捕ろうとするのか、はたまた欲張って両方得ようとするのかは人それぞれであるが。
「それに――」
そう言って言葉を続けたロエルは、やや気恥ずかし気に
「色々建前は言ったけど単にせっかく自由になったのにあいつらからコソコソと逃げ回るなんて癪じゃないか」
そう本心を口にした。
「…ふふっ、あはははは!!」
「っ!?ちょっとリュウト!笑わなくてもいいじゃないか」
それを受けて笑い出したリュウトに文句を言うロエル。
「わりぃわりぃ、オレと同じ考えだったからつい、な。話し合いになるか果し合いになるかわかんねーけどよ、その結果によっちゃあどっちにしろ追われることになるかもしれねーけどどうせなら一発かましてやらねーとな!」
「っ!そうだろう?コソコソするのはもう飽き飽きだからね。それに私たちを追うにしてもビクビクしながら追ってもらう方がこちらも動きやすいだろう?」
リュウトの同意を得て我が意を得たりと喜ぶロエル。
「まぁ、追手どうこう以前にコソコソ活動するのは最初から決まってるんだけどな」
そんなロエルに水を差す唯人。
「心構えの問題だからいいんだ。私が望んで唯人たちに付いて行くんだから」
「あ~あ~、そういうこと言うから風香姐さんたちに空気が読めねぇとか言われちまうんだよ…。レディに対しては配慮した発言しないと後が怖ぇんだぜ?」
するとすかさず2人から手痛い返しが飛んでくる。
まだ出会って数時間だが2人の息はぴったり合っており、今後はリュウトの言う通り発言に気をつけないとやり込められることが増えそうだ。
「姐さんって…わかったわかった。今のは確か俺が悪かったな。すまない」
そう言って素直に謝る唯人であった。
が、
「それはそれとして…、やはり風香はリュウトに悪影響与えている気がするな?そのあたりの記憶を回収するか?」
そう言ってリュウトを横目で見やる。
「か、回収ぅ!?そ、そんなこともできんのかよ!?」
急に矛先を向けられたリュウトがその内容に驚愕する。
「た、確かに契約の中に唯人にすべてを捧げるといった内容があったし契約上はできるんだろう。記憶の受け渡しも実際にできたわけだし…できない、とは言えないだろうな…」
リュウトと同じく契約をした身であるロエルにも飛び火していたが、唯人は『ふっ』と空気を弛緩させると、
「さてな?そんなことより迎え撃つことにしたならどう立ち回るんだ?」
ととぼけた返しをし2人に火種を残したまま話を進めてしまった。
「そんなことより今の話の方が気になるんだが…」
「あ~、無駄無駄。こうなったら話してくれねーよ。とりあえずできるって思っておけばいいさ。」
「それもそうだな」
まだ後ろ髪を引かれた様子のロエルに多少は付き合いの長いリュウトがそれを断ち切るように声をかける。
「どっちにしろ方針は決めねーといけねーからな。先手必勝でいきなり仕掛けるってわけにもいかねーだろ?」
「………………そうだな」
リュウトが『するわけにいかない』と言ったことを無理やり納得するようにロエルはそう絞り出した。
「え?まさか…?」
「いや、さすがにそれがまずいことくらいわかっている。あいつらの目的もわかってないしね。だが今までのことを考えると、な…」
そう言うロエルの顔には影が差していた。
「…よし。『とりあえず話し合いはする。だが向こうの要求や言い分には一切耳を貸さない』。これでどうだ?」
2人の話を黙って聞いていた唯人がそう口にした。
それを聞いた2人は驚いて唯人を見る。
何故ならその内容は唯人の目的とは相反するものだったからだ。
「『話し合い』についても向こうの目的の確認をしつつ情報を抜くくらいで俺たちのことを無理に相手に教える必要はない。何か要求してきたところで聞く気も必要もない。そうだろう?」
再度2人に問う唯人。
「あ、ああ…そりゃあそうなんだけどよ…。いいのか?」
「ん?何がだ?」
「唯人は…エルフから情報を得たいんじゃなかったのか?だったら表面上だけでも交渉したりして里とやらに行ってみたり族長とやらに会ったりした方が良いんじゃねーかな、って」
リュウトは唯人から聞いていた行動指針に照らすなら、唯人が言ったような対応ではなく交渉をして仮に決裂してもパイプを残すような対応の方が理にかなっていると言いたいのだ。
「それはもちろんそうだ。できるならそうしたいところだ」
「っ!」
そして唯人もそれを肯定する。
それを聞いたロエルはまた顔を暗くしてしまっている。
「だが無理だ」
「…」
リュウトはもう唯人に何故かは問わなかった。
無理な理由はロエルを見れば明らかだったからだ。
「俺は空気が読めないらしいからはっきりと言ってしまうがロエルはエルフと友好的に交流するのが嫌なんだろう?」
「っ!」
「そりゃああんな扱いをしておいて『『呪い』がなくなったからこれからは仲良くしましょう』とか言われても納得できるわけないからな」
「それは…そうだろう?」
つい先ほどまでの自身の境遇を思いロエルはそう絞り出した。
「ああ、だからロエルが心の底から納得できるまでは無視を決め込む」
「「無視?」」
意外な言葉に2人は問い返す。
「ロエルの感情は今久々に目覚めたばかりで不安定な状態だ。だから笑ったり喜んだりしてもちょっとしたこと、今回の場合では『呪いのようなもの』とかエルフのことだな。そういう話が出るとガクッと落ち込んだりしている」
「あ~、確かにそういうの何回かあったな。さっきのもそうだし」
リュウトも心当たりがあったのか納得の表情を見せる。
「さっさと忘れられればいいんだが普通でも難しいのにロエルは悪い意味で年期が違うからな。一筋縄じゃ行かなそうだ」
「それで…無視をする、と?」
「そうだ。さっき2人が言っていたみたいにエルフたちに一発かまして追えなくするか、追うにしても怯えながら追うような状態にしてから無視をする。そうすればもしエルフたちのことを思い出したとしても思い出すのは怯えた情けない姿だから心を暗くすることもない。そしてそんなどうでもいいやつらのことは自然と忘れていくものだ。悪くないだろう?」
「それは何とも…痛快だな」
その姿を想像したのかロエルは控えめに笑ってそう答えた。
「だからリュウトが言ったようなことはしない。ロエルの苦しみを取り除かずにうやむやにして友好的にしたって辛いのはロエルだけだ」
「…そうだな。ロエルに…オレたちの仲間にあんな顔させる奴らと仲良くなんて御免だぜ!」
「2人とも…ありがとう…」
ロエルは2人に感謝を告げながら静かに涙を流した。
「別に礼を言われる程のことでもない。単純にエルフ全体よりロエルの方が価値があると判断しただけだ」
「あ~!それってツンデレってやつですよね!?」
「喧しい!意識がリュートに寄ってるぞ、気持ち悪いからやめろ」
「おっと、わりぃわりぃ」
「ふっ、ふふっ。確かに私は今感情が不安定みたいだ。いろんな感情が波のように訪れていて、唯人の言うような『心の底からの納得』というのは今は難しそうだ」
2人の様子を見て笑ったロエルが自らの心情を素直に吐露した。
「あまり難しく考えないことだ。自分のために悩むならいいが相手のことを気にして悩んだところで向こうはそんなこと少しも知りはしないんだからな。悩むだけ損だ」
「そうだな、そうしよう」
「もしかしたら向こうが初手で土下座謝罪してくるって可能性もゼロではないからな」
「…まあ、ほぼゼロだろうな。あまりにも想像できなすぎる。高々数百年で奴らが変わるとは思えないな。仮にしてきたとしても受け入れるには時間がかかりそうだ…」
唯人の言葉にその姿や可能性を想像しようとしたロエルだったが、彼女の知るエルフたちからは想像できないものであったため早々にその可能性を捨て去った。
「向こうが土下座してきたならいいけどよ、普通に話し合いになったらどうするんだ?あと最初からにしろ交渉決裂でなるにしろ戦闘になったらどうするんだ?」
「基本は俺が話をしよう。ロエルは言いたいことがあれば都度口をはさんでくれていい。リュウトは基本待機で。戦闘になったら…とりあえず無力化する方向でいいかな?」
「できることに全く疑いはないが『とりあえず』で無力化とは…。だがそれがいい。さすがにそれ以上は…な」
「じゃあその程度に収めようか。ロエルも参加するなら手加減に気をつけないとすぐそれ以上になるぞ?最初に会った時ですら魔法の余波で飛んできた髪の毛一本にすら常人に対してなら致命傷を与えられる威力があったからな。今の状態なら推して知るべし、だ」
「じゅ、十分に気をつけよう」
唯人はそれ以上を忌避するロエルにアドバイスを送る。
それを受けてロエルは『呪いのようなもの』が解けたことで元に戻ったであろう自身の魔力を思い返し気を引き締める。制御する力もそれ相応になっているので問題はないだろうが油断は禁物だ、と。
戦闘の方針も決まったところで唯人がリュウトに指示を出す。
「ああそうだ、リュウト。その姿になったところ悪いんだがもう一度リュートの姿に戻ってくれ」
「え?なんでだ?」
「最初はこのまま帰るつもりだったからその姿になってもらったけど予定が変わったからな。タダヒト、リュウトとしてエルフと交流するならこのままでよかったが今の方針になった以上その姿を知られない方が都合がよさそうだからな」
「いいけどよ…唯人はどうするんだ?」
唯人は『唯人』の時も『タダヒト』の時も特に姿の使い分けなどはしていない。
基本的に『唯人』としての姿は晒さないため普段は問題ないが今回はそうではないためどうするのかとリュウトは問う。
「リュウトには前に言っただろう?資料にあったアレを使う」
「資料にあったアレ?…あーーっ!!あの絶対バレそうなアレか!?本気か!?」
リュウトは唯人が以前言っていた、『リュウトがいずれ『主人公』となった時、その主人として友人たちの目に入りそうなところへ行かなければならなくなった時のために正体がバレないよう用意したものの中の一つ』を思い出して声をあげる。
「大丈夫だって。ことさらエルフには効果覿面だと思うぞ?」
「う~ん、まあ、信じるけど…ロエルはどうするんだ?」
主人の言うことだ、と飲み込むリュウトはもう一人の仲間にも水を向ける。
「私も考えがあるから一旦このままでいよう。呼ぶときはシクロエルにしてくれ」
「わかった」
「りょーかい」
呼び名の指定ももらい、ロエル、いや、シクロエルにも考えがあることが分かったため、リュウトは唯人の指示に従い元に戻ることにする。
「じゃあ戻るか~」
そう言って服を脱ぎだすリュウト。
「ちょっ、リュウト!またか!?ここで着替えないでくれっ!!」
「ああ、またやっちまった。唯人がオレが裸だろうが全然気にしないから慣れちゃってさ~。さっきのリュートの時に来てた装備あるだろ?あれ来てるときの方が恥ずかしいくらいなんだよな~」
そう言って唯人をじっとりとにらむリュウト。
「そ、そうなのか?」
「いいから早く戻ってこい」
興味深げなシクロエルをよそに唯人はリュウトにそう言って『匠』からリュート用の装備を改めて取り出すとそれを押し付ける様にしてリュウトを送り出し、各々準備を始めるのであった――と言っても準備があるのはほぼリュウトだけだが――。
こうしてエルフとの邂逅に向け方針がある程度決まった。
後は準備が整ったところでもう少し詰めることになるが相手の目的がはっきりしないので詰め切ることはできない。
唯人が考えたあらゆる可能性を2人に投影することもできるがシクロエルに不要な可能性を見せることもないと考え今回はその方法は取らずに方針に従ってアドリブと流れで行くことになるだろう。
その中で唯人は
(もっと簡単で後腐れのない方法もあったけどシクロエルのあの様子だとそれを選ばなくて良かったな。それどころか口にするのもまずかっただろう。可能性を投影する方法をとった場合それに近いものも見せることになるからやはりこちらもやめておいてよかっただろう。空気が読めないなんて言われるが俺も少しは成長しているのかな?)
などと自画自賛しながらわずかに笑みを浮かべたのだった。




