第52話 もう一つの『呪い』
「さて、そうなると契約をする前に確認しておくことがあるんだが…」
そう言って唯人は『彼女』を見やる。
「俺は何故か『貴女』に対してできないことがあるんだ。いや、やろうと思えばできそうではあるんだが一旦止めておいている、というのが正しいか」
「なんなんです?ご主人様ができないことなんてそうないと思いますが?」
呑気にそんなことを言うリュートだが実際その通りではある。
「そう、だな。私自身には思いつかないがやろうと思えばできる、と言うならやってみてはどうだ?」
『彼女』にも心当たりはないようで唯人に委ねてくる。
「そうなんだが何事も強引に事を進めるとよくないことが起きるものなんだよなぁ。まぁ今回は嫌な予感はするけど悪い予感は無いからいいか」
感覚的にこれをすることで『彼女』に悪影響がないと感じた唯人は今までできなかった、いや、してこなかったことを行う。
「じゃあ聞くけど…
『貴女』の名前は?」
その瞬間『彼女』の身体から何かがはじけるように霧散するのを3人は感じた。
くしくもそれは先程解かれた『呪いのような何か』と同様に今まで触れられていなかったものに唯人が触れたことで解かれたのであった。
「「!!!」」
本人はもとよりリュートもその感覚に驚き、それ以上に自分が彼女の名を知らなかった、そして聞いていなかったことに驚き彼女と唯人を交互に見やるばかりであった。
「た、確かに名前を聞いていませんでした…。普通なら絶対聞いてるはずなのに…」
「さっきの『呪いのような何か』は貴女に他の物を近づけないための『結界』、そして仮にそれを超えて近づいたとしても不必要に踏み込ませないためのセーフティロックのようなものなんじゃないかと思う」
「そんなものまで…一体何なんだ!?」
それは自身に施された2つの――彼女にとっての――『呪い』と自分自身に向けられた問であった。
「それはわからないが…もうその『呪い』は解かれたんだ。名前を聞かせてくれてもいいだろう?」
唯人がそう言って彼女に改めて名を問う。…が――
「…無い」
返されたのは短い返答であった。
「えっ?あっ、『ナイ』さんって名前…ではないん、ですよね…?」
「そうだ、私に名は無い。今まで無いことすら忘れていたが、な…」
そう言って再び暗い表情を見せる彼女。
「今思い出したがエルフの集落にいたころも『呪い子』とか『呪われし娘』なんて呼ばれていたよ…」
「そんな…」
そんなことを語る彼女にリュートは悲しげな視線を送った後、すがるように唯人を見つめる。
「…そんな目で見るな。…あ~、過去はもう仕方ないことだ。思い出してしまったのは仕方ないがまた忘れればいい」
唯人は
(それができないくせに何を偉そうに…)
と自嘲しながらも彼女にとって必要なことと思い言葉を続ける。
「それに名前がないならつければいいだろう?自由になって最初にやることが自分の名前を自分で決めるって言うのもなかなかいいものじゃないか?」
「っ!?名前を…?」
「そうですよ!ないならつければいいんです!だって私も――」
驚く彼女にリュートは誇らしげに何かを口にしようとする
「あっ、バカ!止め――」
「ご主人様に名前を付けてもらったんですよ!!」
制止しようとする唯人に構わず自慢げにそう告げたのだった。
制止に失敗した唯人は口を噤み恨めしそうな眼をリュートに向ける。
(わざわざ自分で決める方向に誘導していたのに…。嫌な予感の方はこれだったか…。こうなってしまったらこの後の展開は――)
そんなことを考えている唯人の耳に予想通りの言葉が届く。
「そうか、そうだな、それがいい…」
そう言って唯人の目をしっかりと見据えた『彼女』は自由になって最初にすることを決めた。
「唯人、私にも名前をくれないか?」
それは唯人に自分の名をつけてもらうことであった。
(どうしてこうなった…)
そう心の中で呟きつつ天を仰ぎたくなるが、しっかりとこちらを見つめてくる『彼女』から目をそらすこともここまで来て断ることもできはしない。
「…わかった。が、あまり期待するなよ?龍人族が人型になったのを見て『リュート』とか名づけるセンスだぞ…?」
せめてもの抵抗でそう口にするが…
「え~?私は気に入ってますよ~?」
「ああ、リュートらしく力強くも可愛い名で似合っていると思うぞ」
当人たちによって退けられる。
もはやあきらめた唯人は
「ちょっと考えるから時間をくれ」
そう言って頭を悩ますのであった。
途中から彼女の『』が外れているのはミスではないです(念のため)




