第35話 第二章 エピローグ
大通りと違い街灯もほとんどなくガラの悪い酒場や娼館から漏れ出る光が僅かに道を照らす王都の裏通り。
嬌声と罵声が僅かに響くそんな道を1人歩く少年の姿があった。
決して治安がいいとは言えないその道をたった1人で歩くには華奢な体つきと見ようによっては少女のようにも見えるその少年はひどく場違いに見え、客引きをしている男娼と言われた方がまだ納得できる容姿であった。
だがその身につける装備により彼が冒険者であることが見て取れる。
だからといって彼のような少年がこの道を歩くことは不自然であるし何より未だガラの悪いやからに絡まれていないことが異常である。
そんな彼に背後から声をかける者が現れる。
「坊や。ここはあなたみたいな子が来るようなところじゃないわよ」
少年は声がかけられるのが分かっていたかのように足を止めるとくるりと振り返る。
その前にいたのは派手すぎず、だが良い素材を使っているとひと目でわかる美しい衣装を身にまとった娼婦と思しき女性であった。
過度な露出はないものの女性の魅力を存分に強調した衣装に劣らぬ妖艶なその女性はゆっくりと少年に近づいていく。
「そうなんですか。実は今日ここに来たばかりでそういったことに疎いもので・・・」
少年がそう言う間に女性はお互いの息遣いが感じられるほどの距離まで近づいてきていた。
「そうなの?じゃあお姉さんがイロイロとおしえてあげようかしら、ねぇ?」
そう言って少年の顎に手をかけ妖艶に微笑む。
普通彼くらいの年頃の少年であればたじろぐか鼻息を荒くしてしまいそうなものであるが少年は動じずに女性へと微笑みかける。
「それはとても魅力的なお話ですね。是非、イロイロと教えていただきたいものです」
少年の余裕そうな態度を強がりと受け取ったのか女性は可愛いものを見たように笑う。
「ふふっ。いいわ。こっちへいらっしゃい」
そう言って女性は少年の腕に自らの腕を絡めそのまま夜の闇へと消えていった。
同じ頃、王城に併設された闘技場でひと組の男女がある一点を見つめつぶやくよう口にする。
「…これをあの少女たちがやったというのですか?」
「ええ、その通りです」
闘技場の作りは用途ゆえに城と比較し豪華さはなく男女が密会するには色気が足りないと言える。
もっとも彼らはそんな色っぽい話をするためにあっているのではないため気にする素振りもないのだが。
「にわかには信じ難い話ですな」
そう言って男性が視線を話し相手へと移すと相手の女性も同じように視線を男性へと移し返答する。
「ですが事実です」
「もちろん信じておりますとも。他ならぬ陛下のお言葉ですし――」
そう言って再び視線をある一点へと戻す。
「――実際にこの大穴を見せられては信じるしかありませんな」
その見つめる先には闘技場の壁に空いた直径5メートルにもなろうかという大穴が壁の向こうの夜景を映し出している。
「そう言っていただけると助かりますヴァン騎士団総長。世の中には現実から目を背け自分に都合の悪い事象を認めようとしない方もいらっしゃいますので」
ヴァン騎士団総長と呼ばれた初老の男性は豊かに蓄えたヒゲをさすりながら苦笑いをし、自らが陛下と呼んだ女性、オルトリーゼへと向き直る。
「では、事の詳細をお聞かせ願えますでしょうか?」
「ええ、では手短にお話致します」
そう言ってオルトリーゼは今日の出来事を話し始めるのだった。
「…やはりにわかには信じられませんな」
「その気持ちは痛いほどよくわかります」
「それで私、いえ、我が騎士団はどのように?」
「話が早くて助かります。既にお察しだとは思いますが騎士団の方々には彼女たちの訓練を手伝っていただきたいのです。と申しましても特段することはございません。彼女たちには彼女たちのやりたいようにやらせて過剰な被害が出そうな時だけそっとフォローしていただくだけで結構です」
それを聞いたヴァンはやや渋い顔をしつつ答える。
「それは訓練とは…、いえ、承知致しました。これほどの力を我々の常識の枠に押し込めるのは得策ではないでしょう」
「ええ、わたくしもそう思います。彼女たちに自身の力を十分に振るってもらえるよう環境を整えるのがわたくし達のすべきことと考えています」
「ですが大きすぎる力には轡も必要。強大な力を持つとはいえ彼女たちは年若い娘たち。色々と御する方法もなくはないと存じますが?」
「なりません!!!」
ベルファレスの発した言葉の意図を察したオルトリーゼが声を荒らげる。
「っ!?」
「こちらから彼女たちへの『そういった意味』での手出しは一切禁じます」
オルトリーゼのあまりの剣幕に驚いたベルファレスだったがある意味とんでもない失言であったと気づき謝罪する。
「こ、これは失礼を!」
勇者たちを年若い娘とするなら目の前にいるオルトリーゼも当然年若い娘でありそれに対し御する方法がある、と口にすることは大変な無礼であった。
「いえ、わたくしも一国を治めるものとしてそういった方法があることは当然承知しておりますし必要であれば支持することもあるでしょう。ですが、今回の件に関しては一切禁じます」
オルトリーゼの言葉を受け自身の失言からのことではあるが、自らが掲げるべき主が君主として成長していることを確認し胸が熱くなる。
と同時にその主がそこまで声を荒らげる理由を尋ねずにはいられない。
「…理由をお聞きしても?」
「彼女たちをわたくしたちが無理矢理この世界に呼び出したのです。その上理不尽に貞操を損なうようなことをすれば敵対される危険があります。仮に1人が同意、もしくは脅迫したとしても残りの3人が黙っていないでしょう。さらに彼女たちは神にお会いしたと仰っていました。つまり彼女たちは神の御使いと言って差し支えない存在です。そんな存在にわたくし達が手を出したとすれば神に仇なす存在とされるでしょう。…もっとも今申し上げたのはこちらから手を出したら、ですが」
「つまりあちらから手を出した場合はその限りでない、と」
「それでもまだ弱い気がしますね。無理矢理襲われるくらいがベストでしょう。それなら『彼』等も納得するでしょう」
「『彼』等、ですか?」
『彼』の部分を強調したオルトリーゼにやや驚いた表情を見せ訪ね返す。
「ええ、『彼』等、です」
意図が伝わったことに満足したのか笑みを浮かべオルトリーゼが応える。
「…ふっ、ははは、承知致しました。彼女たちには私が責任を持って適した者を指導に付けさせます」
「よろしくお願いいたします」
こうして双方笑みをたたえたまま2人の会談は終わりを告げた。
裏通りのとある娼館の一室。そこに先ほどまで通りにいた2人の男女の姿があった。
この館は裏通りに軒を連ねる家屋の中でも特に作りが良く、娼館としても高級と分類される建物だとひと目でわかる。
また、隣の部屋をほかの客が使っているにも関わらず一切の音が聞こえてこず、魔法的な防音処置が施されているその中でも上位に位置する部屋だと推察できる。
そんなことに気を配っている少年の様子を緊張で所在なさげにしていると見てとったのか娼婦と思しき女性は水を差し出しながら声をかける。
「そういえば自己紹介がまだだったね。私はミレディ。見ての通りの娼婦よ。坊や、いえあなたのお名前は?」
「ありがとうございます。僕はタダヒト。今日この街に来て冒険者になったばかりの駆け出しです」
タダヒトと名乗った少年は水を受け取りのどを鳴らす。
その様子を見たミレディは笑みを浮かべタダヒトの腰に手を回し引き込むようにベッドへと共に腰掛ける。
「そうなのね。と言っても私たちみたいな商売女からすればひと目でわかるのだけどね。気を付けないとカモにされちゃうわよ?――こんなふうに、ね」
ミレディがそう告げるとタダヒトの様子に変化が現れる。
「あ…れ?」
タダヒトは目に見えてふらつき始める。それは酒に酔ったような、或いは強烈な眠気に襲われているような様相だ。
「ふふふ、簡単に知らない人間について行っちゃダメよ?それに飲み物も、ね?…ああ、特に命に関わるような薬じゃないわ。ちょっとした睡眠薬」
そう言って意識が朦朧とした様子のタダヒトの頬から顎、首筋、胸板と指をゆっくりと這わせていく。
「それにあんな大金を公衆の面前、というほどでもないわね。でもほかの人間が見られる状況で出すものじゃないわ。『表』ではそうでもないけれど『裏』ではそういう情報はあっという間に広がってしまうもの」
そう言いながらタダヒトの懐にある財布を抜き取るべく胸元へと腕を差し込む。
「私の事を恨むかもしれないけれど感謝して欲しいくらいよ?ほかの連中なら殺されて身ぐるみをはがされてもおかしくないんだから。あなた、可愛いし本当は相手をしてあげたいんだけど…」
そう言いつつ熟練の娼婦の技でタダヒトの乳首を愛撫しつつ財布を抜き取る。
「今日はこのくらいで、ね。あなたがもう少し大人になったら相手してあげる。今日のこれは授業料ってところかしら?」
そう言ってミレディは財布の中身の検分を始める。
だが、その中身を見たミレディは驚愕する。
最初は目論見通り昼使おうとした分以外にも大金貨どころか白金貨を持っていることに笑みを浮かべたが、まるで小銭のように白金貨が財布から出てくることに流石に青ざめ始める。
「な、なんでこんな大金が…。あなた一体…!」
その額は貴族の財産に相当。少なくとも個人が持ち歩くような額ではないし使うあてさえ想像できない額である。――ちなみにこの娼館を人員含めてまるごと買う(雇うではない)としてもこの十分の一も必要ない――
驚いてタダヒトに視線を戻そうとしたその瞬間、財布を握っていた腕を何者かに掴まれる。
それは睡眠薬で動けないはずのタダヒトの手であった。
「やっぱり結構な大金なんですね。ちょっと常識に疎いもので…。なのであなた方の常識は通用しないと思ってください。…この薬が通用しないみたいに、ね」
そう言ってミレディの腕を引き寄せベッドへと引き倒す。
その最財布の中の白金貨が床に散らばるがタダヒトは意に介さず、ミレディにそれを気にする余裕はない。
「あ、あなた何物なの!?」
ミレディがタダヒトに尋ねるがその問にタダヒトは答えない。
「これから質問するのは僕だけです。あなたは答えるだけでいい。答えにくいこともあるでしょうが抵抗してもあなたが話せるようにして差し上げますので話したくなったら話してください」
タダヒトがそう告げている時点でミレディは着衣が乱れるのを気にせず身をよじったり足をばたつかせたりしているがタダヒトの拘束から逃れられないでいる。華奢な体つきで体重もさほどなさそうなこの少年のどこにこれほどの力があるのか。そんな混乱の只中にあるミレディにタダヒトから最初の質問が向けられる。
「ではまず先ほど仰っていた『裏』のお話でもお聞きしましょうか。素直にお話いただければそれに越したことはありませんが…」
「…何も話す気はないわ。私一人の問題ではないもの。殺されるとしても話すわけには行かないわ」
先程までの色気のある雰囲気からある種の覚悟を決めた雰囲気へとその様相を変化させたミレディはタダヒトの目を真っ直ぐと見つめそう切り返す。
「さすが『娼館を束ねる』方の覚悟は違いますね」
「っ!?あなた、私のことを知っていたの!?」
「いえ、ですがそんな気がしただけです。あなたがその『裏』の情報を話すとあなたのもとで働いている娼婦たちにも危害が及ぶ、でしょう?」
ミレディはその質問に対し無言で肯定の意を示す。
その様子を見たタダヒトは僅かに目をそらす。
「これだからラノベの知識はバカにできないんだよ」、という小さな呟きをミレディが聞くことはなかった。
「今回は肯定と受け取りますが今後はきちんと話してください。…話す気がないのならどうにかして話す気になってもらわなければなりませんが」
タダヒトは『どうにか』というがこの光景を客観的に見れば何をするつもりなのか想像に難くない。
「犯すならさっさとすればいいわ。これでもこの街最高の娼婦と呼ばれているのよ。逆にあなたを堕としてその財布の中身を貢がせてあげる!」
開き直ったのかそう言ってタダヒトを睨みつけるミレディ。
だがミレディはこの発言をすぐに後悔することになる。
「いや、別にそういうことをするとは一言も…。まぁ得意分野で打ち負かすのも手っ取り早くはあるけど…。一応こっちがお金を取られそうになった被害者なんだけどなぁ」
そう言って未だベッドに拘束した状態のミレディに告げる。
「僕、いや、俺が欲しいのは情報だ。金や権力、快楽は目的ではない。知っていることをすべて話せばいい。有用かどうかはこちらで判断する」
そう言いつつタダヒトはミレディを拘束したまま片腕で服を器用に脱がしていく。
そうして露わとなった多くの男を惑わした肢体を前にして、その美しさに触れずタダヒトは告げる。
「知っていることは早めに言うことをお薦めする。…まともに口がきけるうちに、ね」
「な、何を言って…。ひぃっ!?いやぁぁあぁぁあぁぁあぁぁっっっ!!!」
こうして二人の長い長い夜が始まった。
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