第34話 楽屋
「やれやれ。やっと抜け出せたか」
思わず漏れた。そんな唯人の呟きがあまり広いとは言えないが小奇麗な部屋に小さく響く。
唯人とリュウトはマキシ達によるラヴィの歓迎会を抜け出し、ギルドに向かう前に唯人がとっていた宿屋の一室へと帰ってきていた。
もう日も暮れ、もとの世界の感覚でいえば十九時か二十時といったところか。
電気は無いがそれに変わる魔法のアイテムが夜の街に煌いている。
「しかし、ヴァイオラの豹変振りはすごいものでしたね」
そんな夜景を窓の外に見ながらリュウトも疲れたような声で唯人に語りかける。
「…ああ、そうだな」
唯人は部屋の壁をなでるように触りながら答える。
リュウトが言うとおりヴァイオラの豹変振りはすさまじいものがあった。
過去に何があったのかはわからなかったが、ヴァイオラはソフィーを心から信頼、いや心酔している様で普段の刺々しい口調も鳴りを潜めソフィーにのみ奉仕するメイドのように甲斐甲斐しく尽くしていたのだった。
「なぜヴァイオラを連れて行ったのですか?というかそもそも参加する必要があったのですか?」
「もちろん必要があったからそうしたんだが…あそこまでとは予想していなかったな」
リュウトの疑問ももっともであるが唯人には今までの経験上冒険者同士の横の繋がりや受付嬢との付き合いも情報を得るという意味で必要だと判断していたのでこのような対応となったのだ。
「いずれにしてもヴァイオラを連れて行ったことでソフィーと深く絡まずにすんだのは僥倖だった」
唯人は先ほどと変わらず部屋を確かめるように壁をなでながら答える。
「そうなんですか?」
「ああ。っとリュウト、もうリュートに戻ってもいいぞ」
壁をなでながらちょうど部屋を一周したあたりで唯人がそう告げる。
「あ、良いんですか?では遠慮なく…」
そういうとリュウトの体から淡い光が放たれ全身を覆いつくすと徐々にその姿をリュートの姿へと変貌させていき数秒の後には女性らしい起伏と龍族らしいシルエットを持った姿へと戻っていった。
「ふひ~。やっぱりあの姿は窮屈です。…この姿でこの服だと別の意味で窮屈ですが」
リュート自身は変化していても着ている服までは当然変化しない。故に男性用のリュウトの衣装では女性であるリュートでは窮屈になる部分が存在してしまうのも無理はない。
「着替えなら用意してある。そこにある服を着るといい」
唯人が指差す先には女性用の衣類がきちっと畳まれ揃えてあった。
リュートがそれを手に取ってみるとそれは純白、というほどではないが白い生地の背中の大きく開いたややカジュアルなドレスであった。大きく開いた背中と背腰部にあいた穴から翼や尻尾を通すことができるよう唯人が配慮したことが伺える。
「ありがとうございます。では早速…」
そういうとリュートは特に隠すそぶりもなくリュウトの服を脱ぎ捨てると唯人の用意した衣服を身にまとった。
「どうです?似合いますか?」
リュートは少し恥ずかしげに唯人に尋ねるが、
「ふむ、サイズは問題ないようだな。ではさっきの質問だが…」
と、唯人は話を進めてしまう。
それを不満に思いつつも主人の用意してくれた服に不満があるわけではない。
おとなしくリュートは唯人の次の言葉を待つことにする。
「まずソフィーのことだな。彼女は俺たちの傷を診てくれたわけだがそのあたりを深く突っ込まれると面倒なことになりそうだったんだ」
そういうと唯人は自身の腕を差し出す。
「こうしてみると傷は直っているように見えるが…」
唯人がそういうと同時に腕に傷が内側から湧き出すように開き始める。
「厳密には傷は治っていない。これは俺の自然治癒力が上回っているから見えないだけでそれを下げたり失ったりすればこうして再び現れる、というわけだ。このあたりに気付くかどうかはわからないが今のところ深く追求されないにこしたことはない」
唯人がそういうと同時に腕の傷は塞がり始めすぐに見えなくなるまでに完治する。
とはいえはっきり言ってあまり気持ちの良い光景ではない。リュートにとってはもともと自分自身の傷であったためなおさらである。
「それでヴァイオラを連れて来たのですね。確かにあれではソフィーもこちらにかまう余裕はなかったでしょう」
「次にリュートの姿に戻っていいのか、という質問だが今この部屋には俺が防諜の魔法を掛けたのでほぼ安全だろう」
リュートは唯人の物言いに疑問を感じ再度問う。
「ほぼ、ですか?」
「そうだな。俺の魔法を突破してこの中の様子を探ることができる奴がいる可能性は十分ある。だがこの中でしか話していない情報が漏れたとしたらそれはそういった奴らが存在することの証明になる。だからこの防諜の魔法が抜かれたとしてもメリットがあるんだ。もちろん抜かれないに越したことはないが」
「なるほど。そういった考えもあるんですね」
「後はリュート自身の体力回復も兼ねているな。やはり回復力は本来の龍形態>龍人形態>>>>リュウト、といった具合に身体能力と同様にリュウトの状態ではかなり落ちているようだからな」
「お気遣いいただきありがとうございます」
「勘違いするな。森では話しそびれたがリュートにはやってもらいたいことがあるからな。そのときまでに本来の力を取り戻しておいてほしいだけだ」
「やってほしいこと、ですか?」
「まあそれはおいおい話す。今は情報の共有だな。リュートを襲ったモンスター達だがまだ確定とは言い切れないが1年ほど前にアーティガルド城を襲ったマリシスの尖兵と呼ばれている連中の可能性が高い」
その言葉にリュートは表情を強張らせる。
「マ、マリシス、ですか?あ、あの?」
「人間たちの間では御伽噺程度の認識しかないようだがさすがに長寿の種族はそのあたりを把握しているようだな」
「は、はい。マリシスはこの世のすべての悪意を凝縮したような存在だと。そして奴らには絶対に関わるなと。奴らと戦えば例え勝ったとしても大切な何かを失うとも伝えられています」
「なるほど。大体こちらの情報と合致するな。でだ、契約の際に説明したように俺たちは別の世界から召喚された訳だがその目的は――」
「ま、まさか…」
「そう、マリシスを倒すことだ。どうする?俺とともに行けば否が応にもマリシスと関わることになるぞ」
唯人のその言葉に一瞬の間を持って、しかし強固な意志を持った目で唯人を見つめ返しリュートは答える。
「…確かに決して関わるなと言われてきました。ですがわたしはもう既に関わってしまっていますし、ご主人様との契約を反故にする気もありません」
その言葉に全くの無表情というわけではないが感情を読み取るには足りない微妙な変化を見せる唯人。
だがすぐ表情を戻すと続いて問いかける。
「そうか。ではリュートが襲われたときのことを教えてくれないか?」
「はい、あの日私はあの森の上空を飛んでいたのですが――」
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「――なるほど。オルトリーゼにも聞いていたがなんというか…やりにくい手合いだな」
「はい、奴らは何が目的なのか…一度相対しただけですが言いようのない不気味さを感じました」
「こればかりは少しずつ情報を集めていくしかないだろう」
そこでリュートの話を一旦区切る。
「ではこれからの方針について説明する」
「はい」
「先程も言ったように情報を集めたい。1つはマリシスのこと、もう1つは異世界へ移動する方法について、主にこの2つの情報だ。俺が冒険者となったのはギルドにある資料などの情報を得るためだな。で、そのためにはランクを上げる必要が出てくるわけだがあまりにも急速にランクを上げると非常に目立つ。そうするといろいろと面倒が起きるし何よりみんなにばれる可能性が出てくる」
「ではどうするんですか?」
「そこでリュウトにはいわゆる主人公役をやってもらおうと思っている」
「主人公、ですか?」
「ああ、『記憶を失った少年が自身を救ってくれた冒険者とともに失われた記憶を取り戻すために冒険者として快進撃を続け、いずれは国を救う英雄となる』といったようなストーリーのな。今回は冒険者奴隷、というのがマイナスの印象だが別に売れる本を作りたいわけじゃないからこれでも問題ない」
「すみません。勝手に奴隷になるなんていってしまって」
「いや、構わない。ヴァイオラの話では奴隷のランクによる情報開示も持ち主にされるらしいからな」
「どういうことです?」
「例えば普通に俺とリュートでパーティーを組んで俺がギャザラーとしてAランク、リュートがハンターとしてAランクだったとする。この状態で情報開示を受けたとすると俺はギャザラーのAランクの情報しか得られない。リュートも同様だ。なら情報共有をすればいいって話になるんだがそうすると必要な情報を見逃す可能性が出てくる。書物などの場合文章だけでなく本そのものに情報が隠されていることもあるからな」
「じゃあわたしが奴隷になったことで、今の例えの場合だとご主人様がギャザラーとハンター、両方Aランクの情報が得られる、ということですね」
「そうだ。加えて俺たち二人のパーティーの功績は基本的にリュウトのものとして扱うことで俺が目立たないようにするという意図もある」
「そんな、ご主人様の功績を自分のものにするなんて…」
「別に俺は地位や名誉や金がほしいわけじゃないからそれでいいんだ」
「…わかりました」
「だがここでリュウトが奴隷になったことによるデメリットが発生する」
「デメリット、ですか?」
「そうだ。リュウトが通常の冒険者であれば何らかの功績を上げてお偉いさん、例えば王城に招かれたとする」
「…そんな物語みたいなことがあるんですか?」
「普通無いと思うよな?でもこれが案外あるもんなんだよ。たまたま助けた女の子がお忍びで外出してた王女だったり、ちょっと邪魔だったから倒したモンスターがその国を長年悩ませていたモンスターだったりしてな」
唯人は少し困ったような顔をしつつ答える。その様子からそんなことが一度や二度ではなく幾度も会ったことが窺い知れる。
「!!!」
その様子を見てかリュートはひどく驚いた様子だ。
「どうした?まあ驚くのも無理も無い話だが」
「あっ、いえ、あ~、その感じだとわたしもちょっと邪魔だったから倒されたって事なのかな~と思って…」
若干の慌てた様子もありながらどこか遠くを見るような目で唯人を見つめるリュート。
その突っ込みに慌てるように唯人は話を戻す。
「あ、いや、ゴホン、話を戻すとそんな感じでリュウトが呼ばれたとしても俺は『いってらっしゃいご苦労さん』で送り出せばいいだけなんだがリュウトが奴隷となるとそうも行かない」
「そうか!さすがに奴隷一人でそういった場所に赴くわけには行きませんね」
「そう。必然的に主人である俺もついていかなければならなくなる。他の国はもちろんこの国でもいくらオルトリーゼと繋がりがあるとはいえ曲げられないことも出てくるだろう。あくまで『協力』関係だからな」
「ではどうするんですか?」
「それなんだが俺も今までは別に身分を隠す必要なかったからな。正直悩んではいる。…案が無いわけではないんだが」
「どんな案ですか?」
「それは――」
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「――という方法だ」
「あ、あのご主人様?それ本気で言ってるんですか?」
「自分でもおかしいとは思っている」
「いやいやいや、絶対バレますって!」
「う、うるさい!けど資料にはそう書いてあったんだよ!」
「その資料って言うのが何かは知りませんがそんなのでごまかせる相手なんですか?」
「一応根拠はあるしもちろん他の方法も考える。まあそんなことにならないってのが一番いいんだけどな」
「はあ、わかりました。そのあたりはお任せします。とりあえず明日からギルドの依頼をどんどんこなしていけばいいんですね?」
「ああ、それと言葉遣いだが『リュウト』で人前に出てるときは冒険者同士の対等な感じで話してくれ。人前で無ければ普通に話してもいいが男っぽいしゃべりで頼む」
「はい。じゃあこの姿なら好きにしゃべってもいいんですか?」
「それで問題ない」
「わかりました。では明日から頑張りましょうね」
そういってリュートはかわいくガッツポーズをして見せるが唯人の反応は冷めたものである。
「そう気張らなくても最初は地味な依頼ばかりだぞ?」
「いいんです!気持ちの問題ですから」
「そうか。じゃあ今日はもう休め」
「はい。…えっ、とご主人様?」
「なんだ?」
どこかもじもじした様子のリュート。
「わたしはどこで寝ればいいんでしょうか?」
この部屋は唯人がギルドに向かう前にとったものであるため当然リュートがいることなど考慮されておらず一人用の部屋でありベッドもひとつしかない。
「も、もちろんベッドで寝たいとか、ご主人様と一緒に寝たいとか、あわよくば奴隷としてのお勤めをしたいとかそういうことを考えているわけではなくてですね…」
「ああ、それならベッドを使ってもいいぞ」
「いいんですか!?も、もしかして一緒に寝ていただけるんですか!?えと、わたしこういったことは初めてですけど精一杯ご奉仕しますね!それからそれから、元気な子供を――」
「あー、ストップストップ。俺はここでは寝ないからリュート一人で寝てくれ。奴隷なのはリュウトであってリュートは違うだろ。そもそも龍と人間の間に子供ができるのか?」
「ええ!もちろんです。龍が人型をはじめさまざまな変身能力を持っているのは相手がどんな種族であっても交配を可能にするためなんです。こうして優秀な血を取り入れていくんです。ですからご主人様も遠慮なく――」
「いや、俺はそういうのはいい」
リュートが最後まで話しきる前に背を向けきっぱりと拒絶する唯人
「そ、そうですか…」
その様子に先程までの熱が冷めたようにしょんぼりと力なく答えるリュート。
「それに――」
そういいながら窓の前まで歩くと振り返り、
「リュートはここ一年ゆっくり眠ることもできなかっただろう?だから今日は休め。なんなら二、三日くらいならずっと寝ててもいいぞ。さすがに長寿の種族にありがちなちょっと寝ておきたら十年経ってた、みたいなのは勘弁してもらいたいけどな」
そう冗談めかして続ける。
「あ…」
唯人の言葉を受け、リュートは今気がついた、という風に目を見開く。
実際彼女はこの一年間まともに眠ることも出来なかったのだ。
深い傷を負い、弱った体で怯えるとまでは行かずとも普段ならば歯牙にもかけない脆弱なモンスターにも注意を払い、草木が擦れる様な僅かな気配にも神経を磨り減らしてきたのだ。
「俺は少し出かけるがさっきの防諜の魔法と一緒に結界も仕掛けてある」
そう言うと窓を開きそこから身を躍らせるべく足を掛けた所で思い出したかのように続ける。
「そうそう、さっきは防諜の魔法が抜かれるかもしれない、なんて言ったが今まで抜かれたことは一度も無い。もちろん結界の方も、な。だから安心して休め。何かあればすぐにわかるしちゃんと守ってやる」
それだけ言うと唯人は窓に掛けた足に力を込め、窓から飛び出すとそのまま夜の街へと消えていった。
残されたリュートは呆然と唯人の消えていった闇を見つめていたが、結界の力か、はたまた唯人の絶妙な力加減かによって窓が閉まったことで我に返った。
「…はい。ありがとう、ございます」
そして閉まった窓に向かいそう口にすると唯人の命令と自身の欲求に従いベッドへと向かう。
そしていつの間にか両目から頬を伝う熱いものを拭う様に柔らかな寝具に突っ伏し、今日という運命の一日、そして自らの主人となった者のことを思いながらリュートは眠りについた。
それは1年ぶりの心安らぐ休息の時。いや、かつて父と母に抱かれながら眠ったとき以来の、そしてそれに勝るとも劣らないほどの安らぎであった。
こうして彼女の長い長い『1日』は終わり、これからリュートとしての激動の日々が始まるのだ。
ま~た間が開いてしまいました。そして雑なタイトル…。
もし待っていてくださる方がいらっしゃいましたら大変申し訳ありません。そしてありがとうございます。
実は前話の翌日には八割がた書き終わっていたのですが…。
これでこの章は終了でサイドストーリを一話か二話入れて次の章へ行こうと思いますのでまた読んでいただければ幸いです。




