第33話 『記憶喪失の少年と新米冒険者』3
「なるほど。じゃあその時の事は何も覚えていないんだな?」
唯人たちは試しの森からギルドへと帰還しその一角でマキシ達から事情聴取のようなものを受けていた。
ここはギルド内に設置されたパーティーが作戦会議や打ち上げを行ったりできるスペースで、同じくギルド内にある酒場から食事や酒を持ち込むこともでき、魔術による防音などの設備の整った大騒ぎから内緒話まで対応した冒険者御用達のスペースである。
「…はい」
マキシに問いかけられたリュウトが申し訳なさそうに応える。
「まいったな。んじゃあ覚えてるのは自分の名前だけって訳か?ついでに持ち物も根こそぎ無くなってるときたもんだ。これじゃあ何が起きたのかさっぱりだな」
キースがお手上げ、というジェスチャーをしながら呟く。
しかしそれを唯人は否定する。
「いえ、名前だけ、ではありません」
「お、他に何かあるのか?」
何か新たな情報が得られるのかと身を乗り出す面々。しかし、
「正確には名前『も』です」
唯人からの答えは事態をより混迷へと導くものであった。
「…じゃあその『リュウト』ってのはなんなんだ?」
「僕が彼を見つけたときすでに意識は朦朧としていました。そんなときに名前を尋ねたので…。僕の問いにリュウト、と答えましたがほとんどうわごとのようなものでしたので彼の親しい人の名前かもしれませんし、彼を傷つけた元凶の名前かもしれません。もちろん彼の本当の名前の可能性もありますが」
「なるほど、そういうことか」
「はい。ただこれが彼の本当の名前ではなかったとしても彼が呟いた以上彼の身元を知る手がかりになるのでは、と」
「確かにな。じゃあ今までどおりリュウトって呼べばいいか?」
「はい。本当の名前かはわからないですけどオレに異論はありません」
「なぁなぁ」
「なんだミリア?」
「ギルドカードはなくしちまったみたいだけど登録したときの受付嬢に聞けばわかるんじゃないの?」
「あ~、俺もそう思ったんだけどな、こいつの担当たしかヴァイオラだったんだよ」
「あ~、じゃあ無理だねぇ」
「無理だな!」
「ん~ちょっと難しいかしらね」
「彼女優秀そうですけど覚えていないんですか?」
「ん?ああタダヒトは知らないか。あいつは最初の依頼をクリアしないと名前を覚えないんだよ。タダヒトもまだ覚えられてないだろうな」
「そうなんですか?」
「ああ。最初の依頼で死ぬやつもそこそこいるし、痛い目にあってあきらめたり逃げ出したりするやつもいるからせめて最初の依頼くらいまともに達成できないやつはいちいち覚えてられないし覚える価値もないんだとさ」
「あの子はやさしい子ですから、知り合いが去っていってしまうのが寂しくて耐えられないんでしょう」
「つまりオレの事は覚えていない、と」
「残念ながらそうなるな」
「ん?ギルドカードを発行するときに使ったあのアイテムを使えば名前がわかるのでは?」
「おそらくな。だがその場合再発行扱いになり罰金というか…まあとにかく結構な額を払うことになるらしいぞ?幾らかは知らんが」
「とはいえ貴重な手がかりになりそうですし一度受付に行ってみませんか?」
「そうだな!何事も行動しなければ始まらん!よし!俺とキース、タダヒトはリュウトと一緒に受付に!ソフィはヴァイオラと会うことを考えるとここに残った方がややこしいことにならんだろうからミリアと一緒にラヴィの初依頼達成と歓迎の宴の準備!ラヴィは初依頼で疲れただろうから休んでいろ!以上!一旦解散!」
マキシの言葉に自らの歓迎の宴をすると聞きわたわたしているラヴィを除き行動を開始するのだった。
唯人たちが受付へ着くとそこは相変わらず混雑していたが幸か不幸か誰も並んでいない受付嬢が一人。
「あら、誰かと思えば脳筋肉達磨のマキシさんとそのお守りのキースさん、それにタダヒトさんと――
そこまで言った受付嬢。ヴァイオラの目が大きく見開かれる。
――まさか生きていたとは…てっきり尻尾を巻いて故郷に帰ったかどこかで野垂れ死にでも死たのかと思っていま死た」
「よう!ヴァイオラ!まぁそう褒めるなって!でだ、その様子だとこいつのことを覚えてるようだな!一応だめもとで聞くがこいつの名前覚えてるか!?」
「いいえ。デスがなぜそんなことを?」
「実はな!かくかくしかじか、という訳だ!」
「…旦那、口でかくかくしかじかとか言っても伝わらねぇよ…」
疲れたようにそう口にしたキースがかくかくしかじかの部分をヴァイオラに説明する。
「…ってこった。ったく、こんなだからお守りとか言われちまうんだよ」
「なるほど、概要は理解死ま死た。確かにコレを使えば名前がわかる可能性があります」
ヴァイオラはそういいながらギルドへ登録するときに使った水晶玉のようなアイテムを取り出す。
「ですが名前がわかるのは発行されたギルドカードに表示されるからなのできっちり再発行料金をいただくことになりますが」
そういってリュウトへ目を向け
「あなた、…今はリュウトさんで死たね。払えますか?」
そういいつつ再発行に必要な料金についての詳細が書かれたボードを差し出す。
そこにはギルドカード紛失の罰金、アイテム使用料、アイテムに必要な魔石代(この場合は電池のようなもの)、手数料などの明細が書き連ねられその下端には総額が記載されている。
合計_大金貨1枚
「…話には聞いていたがくっそ高ぇな」
(確かオルトリーゼの話では平民の月収が良くて金貨1、2枚程度、それが10枚で大金貨1枚。ざっくり円換算すると1~200万ってところか)
「先ほどの話にも出ましたが彼は記憶以外にも持ち物をすべて失っていまして…」
「わかっています。そ死て記憶がなければ身内を頼ることもできない」
「そのとおりです」
「しっかし、こんなもんがそんなに高けぇもんだたぁな!」
マキシはそんなことを言いながら自らのギルドカードを掲げまじまじと見入っている。
「カード自体にはさほど価値はありません。簡単に言って死まえばカードをどんな理由であれなくすような人は冒険者なんてさっさと辞めて死まえ、暗にそう言っているのデス」
そういってヴァイオラはマキシとキースに向き直り尋ねる。
「あなた方がギルドカードをなくされたらどう死ますか?」
「そりゃあもちろん再発行してもらうさ。いくら高額とはいえ仕事ができなくなっちまうからな。まったく払えねぇってわけじゃねぇし」
「で死ょうね。それができるのはあなた方が優秀な冒険者でこの仕事で食べていくだけでなく貯蓄する余裕があるからデス。つまり優秀な冒険者ならば再発行死てでもつなぎとめておく価値はありますが最初の依頼でギルドカードをなくすような人にはその価値はない、ということデス」
そう言ってヴァイオラはリュウトを見やる。しかし当の本人は他人事のようにそれを聞いている。もちろんそれは本当に他人のことであるからだが。
「わかりました。ではコレでリュウトのギルドカードの再発行をお願いします」
唯人はそう言うと大金貨を取り出しヴァイオラへと差し出した。
「おい!タダヒト、お前…」
「これは僕の親が餞別に渡してくれたものです。言い方は悪いですが彼を拾ったのは僕です。拾ったもの、例えばペットの面倒は最後まで責任を持って面倒見ろ、と躾けられたもので(大嘘)」
当然だがこれはオルトリーゼから軍資金として渡されたものの一部であり唯人としては少しも痛くない出費である。
「なるほど。正規の手続きを踏んでもらえるならばこちらから言うことは何もありません」
「おい!いいのかタダヒト?」
ヴァイオラは淡々と職務を遂行するがマキシ達は額が額だけに念を押すように確認する。
「ええ、もちろんです。さすがにこんなことまであなた方に頼るわけにも行きませんし」
「…タダヒト。オレはなんと言っていいか」
「大丈夫。僕に任せておいてください」
「…恩に着る」
唯人はリュウトの肩に手を掛け優しげに語り掛ける。
そんな芝居をする唯人の耳に
「あの2人、ただの関係ではないわね…」
そんな不穏な言葉が届いた。
「ええ、間違いないわ」
そしてそれに応える声。
それはギルドの喧騒の中ということもありマキシ達には聞こえていないようだ。
「特にあのリュウト、だったかしら。彼は…」
「ええ、あんなふうに見えるけれど…」
(まさかリュウトの正体に気づいたのか!?)
「「間違いなく『ネコ』ね!」」
(残念。ネコじゃなくて龍でした。ってそういう話か…)
・
・
・
「『さあ、リュウト。今日からお前は僕のペットだ。何をすればいいか…わかるな?」
「『タ、タダヒト、オレは…』」
「『何も心配要らない。すべて僕に任せておけばいい』」
「『タダヒト…』」
「『リュウト。2人きりの時はご主人様、そう呼ぶんだ』」
「『ご、ご主人様…』」
「『ふふっ、よくできました。ではご褒美をあげなくてはね』」
「『ああっ、タダヒト…』」
「『リュウト…』」
・
・
・
「…みたいな?」
2人で違う世界に行っていた女冒険者が現実に帰還したようだ。
「一見女顔で線の細いタダヒトの方が受けっぽいけどそれは素人の考え」
「そう。そして一見粗野で強気なリュウトだけれど記憶を失った事で唯一縋る事のできるタダヒトに絡め取られていくのよ」
「ふふ。これはいろいろ捗りそうね」
「ええ。今後も彼らは要チェックね」
このような会話が『そこかしこ』で交わされており辟易するタダヒトをヴァイオラの声が呼び戻す。
「ではリュウトさん。この玉に手を翳死て下さい」
リュウトは促されるままに手を翳す。
しかし先ほど唯人がカードを作成したときのような発光は起こらず何の反応も示さない。
「…おかしいデスね」
アイテムを手に取り故障などの異常がないか確かめるヴァイオラ。
「やはり彼が記憶を失っていることが原因では?」
唯人は白々しいと思いつつも自らが描いたシナリオに沿って話を運ぶ。
「そうかも、知れませんね」
ヴァイオラは諦めた様にアイテムを置き、続ける。
「こうなるとカードを再発行するには彼の記憶を取り戻す死かないようデス。皆さんの目的からすると本末転倒で死ょうが」
「となるとリュウトはこれからどうすんだ?金も記憶もねえ上に仕事までまともにできないってんじゃどうしようもねぇぞ?まさかずっとタダヒトの世話になるわけにもいかねぇしな」
「冒険者以外にこういった仕事はないんですか?」
「ギルドに属死ている私が言うのもなんデスが、非合法に依頼を受ける冒険者崩れの方もいます。デスが依頼内容は犯罪まがいで危険なものも多くあまりお勧めは死ませんよ?まあ他に手がなくもありませんが」
「それはいったい?」
「奴隷になればいいんデスよ」
「おい、いくらなんでもそりゃあねぇだろ」
「別に身売りを死ろといっているわけではありません。この中の誰かの奴隷になっていわゆる『冒険者奴隷』になればいいのデス」
「冒険者奴隷、ですか?」
「冒険者奴隷は通常の奴隷と異なり依頼の範囲内に限りますがある程度の自由行動を許された奴隷デス。依頼に関する情報開示や依頼の成果、収集物は奴隷の持ち主のものになりますが報酬金に関死ては奴隷にも分配されそのお金で自身を買い戻すことで再び自由になることができる仕組みデス。まぁ今回の場合、今は自由になる必要はないので記憶が戻るまでのつなぎと死て考えてください」
「しかs――「なります!」…えっ?」
唯人がヴァイオラに言葉を返すよりも早くリュウトがそう口にする。
「オレはタダヒトの奴隷になります」
「おいおいリュウト!?何を言って…」
この言葉はキースのものだが唯人やマキシ、顔には出さないがヴァイオラも同じ様に思っていた。
「もともとオレはタダヒトに救われた身。それにタダヒトもさっき拾ったペットの面倒は最後まで見るって言ってましたし」
「確かに言いましたけどそんな勝手に…いや、そう考えればそれほど悪い考えでもないのか?」
リュウトの言葉に何か思いついた唯人。
「おいタダヒト、何をぶつぶつ言ってる?」
その様子を見咎められたのも気にせずリュウトの考えに乗ることにする。
「わかりました。リュウトがそれでかまわないなら僕がリュウトを引き受けます」
「おいおいリュウト、タダヒト、本当にそれでいいのか?」
「「かまいません」」
「…ならもう何も言うことはないな。旦那も特に言うことはないよな?」
「おう!奴隷っつっても冒険者奴隷は俺たちとそうかわらねぇからな!問題ねぇだろ!」
「つー訳だ。俺らもこの件に関してはさほどアドバイスできることもねぇしな。本人たちでしっかり決めてくれ」
「ありがとうございます」
「お2人がいいので死たらここで今契約死ていきますか?」
「ここでできるのですか?」
「ええ、冒険者奴隷は通常の奴隷とは異なるものデスのでギルドで契約を結ぶことになります」
「ではお願いします」
「はい。畏まりま死た。ではタダヒトさんのギルドカードをこちらへ」
そう言ってヴァイオラは再びギルドカード作成用のアイテムを差し出す。
唯人がアイテムにカードを向けると、宝玉部分にカードが吸い込まれる。
「ではリュウトさん。先ほどのように手を翳死てください」
促されるままにリュウトが手を翳すと今回はアイテムが光を放ち反応を見せる。
そして数瞬の後カードを作成した時と同じ様にカードが排出された。
「おかしいデスね…」
「何か問題でもありましたか?」
「本来ならここで契約の言葉を言っていただくはずなのデスが…。タダヒトさん、カードに何か追記されていますか?」
唯人は排出されたカードを手に取ると追記された内容に目をやるとわずかに顔を引きつらせる。
所持奴隷
冒険者奴隷:リュート【龍族】 ランクEE
(これは他の奴に見られたらまずいな)
そんなことを考えつつヴァイオラへと言葉を返す。
「ええ、所持奴隷という項目にリュウトの名前があります」
「そう、デスか。で死たら契約は成功死ているようデスね。アイテムの不具合も記憶喪失の影響で死ょう。では以上でリュウトさんはタダヒトさんの冒険者奴隷となりま死た」
やや納得していない表情であるものの手続きの終了を宣言する。
「「ありがとうございました」」
タダヒトとリュウトはヴァイオラとマキシ、キースに礼を言う。
「いえ、こちらも仕事デスのでお気になさらず」
「おう!いいって事よ!」
「ま、これから大変だろうが何かあれば相談に乗るぜ?」
「重ね重ねありがとうございます。では僕たちはこれで失礼します」
そういってタダヒトとリュウトはこの場を後にしようとする。これからリュートと話さなければならないことは数多くあるのだ。
「まあ待て!」
が、マキシに肩をつかまれ引き止められる。
「これからラヴィの歓迎会をするんだがせっかくの縁だ、おめぇらも参加しろ!」
「おっ、いいねぇ。タダヒト、来いよ。お前は俺と同じで苦労人の臭いがするからな。飲んで話をするのも悪くねぇ」
「い、いえ、僕も初依頼が終わったばかりで…あ、報告がまだでしたね。ヴァイオラさん薬草十本の依頼完了しました。こちらが依頼の薬草です。手続きをお願いします。…というわけでもう休もうかと。リュートも怪我が治ったばかりですし」
唯人はやんわりと断ろうとするがマキシ相手にそんなぬるい断り方は悪手であった。
「いいから来い!リュートも酒飲んで騒げば記憶が戻るかもしれないしな!」
な!と力強く念を押してくるマキシに断るのも面倒になった唯人。そして唯人に向けられるもうひとつの視線の意を汲み、
「わかりました。では少しだけ参加させていただきます。そのかわり――」
と条件付で参加を表明する。
「――といっては何ですがヴァイオラさんにもお世話になったのでよろしければヴァイオラさんともご一緒させていただけませんか?」
「お、おう。ヴァイオラにも世話になっちまったしなぁ。どうする?くるか?」
先ほどからこちらをなんでもない風を装ってちらちらと見ていたヴァイオラがおずおずと口を開く。
「お姉様は…お姉様は参加死ますか?」
「ん?ああソフィのことか!おう!もちろんだ!今向こうで準備してるぜ!」
「で、では参加死ます!」
「じゃ、じゃあ唯人の依頼達成の手続きが終わったら――」
『ガガガガガガガガガガガガガッ』
ヴァイオラがものすごい勢いでペンを走らせて書類を作成し自身の受付スペースにclosedの看板をさげると裏へと走っていき、数10秒後に職員通用口から美しくめかしこんだヴァイオラが姿を現した。
「終わりま死た。行きま死ょう!」
「お、おう!相変わらず仕事が早いnああおおおおおぉぉぉぉ!」
ヴァイオラはどこにそんな力があるのか大柄なマキシを引き摺るようにして連れ去っていく。
「…俺らも行くか?」
「…はい」
唯人としては一応義理以外にも考えがあってヴァイオラの参加を促したのだが、そのあまりの豹変振りに誘ったことを若干後悔しかけながら、彼女たちに続き唯人たちも歓迎会の会場へと向かうのだった。
読んでいただきありがとうございます。
次話で二章が終わりヒロイン編(というほど長くはならないとは思いますが)を挟んで三章へ突入予定です。
ペースは今までどおり不定期ですが引き続き読んでいただければ幸いです。




