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「異」世界「常」連の「日常」奪還奮闘記  作者: ちょい悪代官
第二章 試しの森

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第28話 契約 2

最後の傷が唯人へと吸い込まれるとドラゴンは先程までの傷だらけの体が嘘のように、鱗一つ剥がれていない美しい姿へと変貌していた。

対する唯人はというと露出している顔や手などに無数の傷が見られ、服の下に隠れた全身にもそれに数倍する傷が刻まれている。

だが唯人は全身の傷から送られる痛みなど意に介さず、腕にできた一つの傷を観察している。


「主よ、大丈夫なのですか?」


本人は気にせずとも見ている従者は気が気ではない。

堪らず尋ねると唯人はなにやら上機嫌で答える。


「問題ない。それより見てみろ、この傷はやはり呪いの類のように意思を持っているな。傷付けた対象を長く苦しませるようになっているようだ。で、だ」


そう言うと唯人は再び『匠』に手を突っ込み何かを取り出す。


「これはこの世界の一般的な回復薬だ。あまり高価な物ではないがこのくらいの傷なら普通に治る程度の力はある。だが――」


そういいながら回復薬を腕の傷へと垂らす。

粘度を持った液体がビンからゆっくりと傷口へと垂れていき、傷口に触れたその瞬間――


ジュウゥゥゥゥゥゥゥッ!!


まるで何かが焼けるような激しい音が周囲に響き渡った。


「なっ!!」


その音はどう聞いても傷が治る音ではない。

驚いたドラゴンが白煙を上げる傷口へと目を凝らすと、その傷口はただれ、先程よりも明らかに傷が広がっているのがわかる。


「と、このように回復を図ろうとすればそれ以上の激痛と傷の悪化という嫌がらせのオマケ付だ」


激痛と口にする本人があまり苦しそうではないもののどう見てもオマケという規模の問題ではない。


「やはり最初に回復しようとしなくて正解だったな。もしかしたら回復魔法の類でも同じような結果になったかもしれないな」


ドラゴンはその言葉にゾッとする。先程の状態であれば傷の悪化はまさに致命的でそのまま死に至ったかもしれない。

主の判断に感服すると共に疑問も浮かぶ。


「しかし主よ、その傷はどうするのですか?」


「ん?ああ、これくらいなら問題ない。今は意図的に回復力を下げているけど普通にしていれば問題なくふさがる。ただそれよりもいろいろ試したい事があるからしばらくはこのままだな」


「さ、左様ですか」


「それよりもそっちの体の調子はどうだ?傷は治ったとはいえ失われた体力は戻っていないからな」


「ご心配頂きありがとうございます。仰るとおり傷は主のお陰で全て消えました。傷を負う前よりいいくらいです。ですがやはり体力の低下は否めません」


「では先程の話も後に回したほうがいいか?」


「いえ、話くらいでしたら問題ありません」


「それなら今から、…と思ったが厄介ごとだ」


唯人はドラゴンから視線をはずし森の入り口のある方角へと目を向ける。


「厄介ごと、ですか?」


「ああ。ここからはまだまだ遠いが冒険者が近づいてきているな」


「!!。まさか我を狙って!?」


ドラゴンの発言は自意識過剰のような気もするが今の状況であればその可能性を考えるのは至極当然である。

だが唯人は魔力探知によってその冒険者が誰なのかは既に把握できている。


「いや、狙いは『ホーンラット』だ。いや、だった、か。だが俺が森中走り回ったり、何匹か捕まえたりしたせいで見つけにくくなってしまったんだろう。そして先の一件。冒険者なら何があったか調査しに来てもおかしくはない。そうなると最終的にはここまで来る可能性もある」


「なるほど。その様子だと主のお知り合いでしょうか?」


「あ~、まあそうだな。だが俺がドラゴンを従えているなんて言える筈もない。理由はわかっているな」


「承知しております。ではどう致しましょうか?」


「ふむ。まだこの世界のドラゴンについては良く知らないが、人型になれたりはするのか?」


唯人は過去に巡った世界の経験からドラゴンが様々な形態に変化できる場合があることを知っていた。

時に人に、時にマスコットのような小型の龍へ、果ては雷雲や炎そのものなどの現象にすら変化する物もいた。


「はい。可能です。ですが完全に変わることはできません。例えるなら龍の亜人になれる、といったところでしょうか」


「なるほど。では試しに人形態になってもらおうか」


人型であればある程度は人の目にも留まらないかもしれないと考え唯人は命ずる。


「承知しました」


ドラゴンはそう答えると再び人では聞き取れないような言葉を発する。

するとドラゴンの全身が白く輝き、収縮を始める。

そしてそれと同時に輪郭も人型へと再形成され、弾ける様に輝きが収まるとそこには、まさに龍の亜人と呼べる『女性』が立っていた。


「…ん?」


唯人が思わず声を漏らす。


「あっ、ご主人様、もしかしてわたしが女だって気付いてなかったんですか~?失礼しちゃうな~。でもご主人様の驚いた顔が見れたし許してあげるね」


先程までとは全く異なる調子で唯人に告げるドラゴン。しかも唯人を覗き込むようにしながらウィンクまでするというオマケ付だ。


普通ならばこの口調の変化にも驚くだろう。さらに先程までのドラゴンが女性だなどとなかなか想像出来る物ではない。

だが唯人が驚いているのはそこではなかった。


「めずらしいな、完全に人化しないドラゴンなのに乳房があるタイプか」


「…え?っ!きゃぁあぁあぁあぁあ!!」


唯人が胸を凝視しているのに気付き悲鳴を上げるドラゴン。ドラゴンの状態から変化したので当然一糸纏わぬ姿であるが、その事にも今更気付いたようである。

その悲鳴で我に返った唯人は改めて人型となったドラゴンを観察する。


正確は無邪気で天真爛漫。先程までの龍形態の鱗の色と同じ赤いショートヘアの色白の小柄な美少女。

これだけならば普通に純人族として通りそうであるがそうは行かない特徴が幾つかある。


まずは背中に生えた翼。

これはドラゴンのときの翼をそのまま縮小したような物が肩甲骨の辺りから一対生えている。

恥ずかしそうに胸を隠す腕をその上から更に覆うようにしていることから稼動範囲や柔軟性はなかなかの物だと唯人は考察する。


次に体の各所に見られる真紅の鱗である。

太ももから脛にかけての足の前面、首全体から鎖骨、肩から肘にかけてが、また、はっきりとは確認できないが下腹部から大切な部分を隠す様に股間を通り背腰部へかけても鱗で覆われている。


そして最後にその背腰部から生えた尻尾である。

先程まで唯人に対し振るわれた凶器であり本来ならば人型となった今でも強靭さを感じさせるのだろうが、今は体を少しでも隠そうと足に絡ませており先に述べたような様子は微塵も感じられない。


他にも妙に鋭い爪であったり牙のように歯が鋭かったりと細かい点は幾つかあるものの、大きな特徴はこの三つであろう。ちなみに性格が変わっているのは龍形態から人型に移行する過程で脳の構造や大きさも変化しているからだろう。


そこまで考察したところで唯人は再び胸へと目をやる。

小柄な割りにそこそこの大きさを持ったそれは確実に玲奈や梢を上回るサイズであろう。

体格とのバランスを考えればこれより大きければ少々アンバランスに感じるかもしれないほどである。


そこまで観察しておいてなんだが別に唯人は出歯亀根性で胸を凝視していたわけではない。


唯人の知るドラゴンとは卵生であり当然授乳のための乳腺はなく、乳房はもとより乳首すらないはずなのだ。


かつて出会った完全に人型に慣れるタイプの面々はその限りではなかったが、人型になった時にドラゴンの特徴を残すタイプは多くの場合ドラゴンの状態の時同様、乳房がないものが多かったのであった。


他の世界で初めて乳房のあるドラゴンを見た唯人の驚きはカモノハシを発見した生物学者くらいにしかわからないのではないだろうか。


「…あっ」


「えっ!?何か問題がありましたか!?」


ドラゴンの少女の困惑をよそにこの光景を見て唯人は言わなければならないことを思い出す。



「もどして」



「…えっ?」


ドラゴンの少女の疑問もさもありなんといったところだが、昨今ドラゴンなどのモンスターが仲間になると美少女の姿をとるのはありきたりで――もちろん創作物での話であるが――忌避される傾向にありよく「もどして」とか「もどったりもどらなかったりしろ」などと理不尽なコメントが寄せられるのに倣って唯人も言ってみただけで深い意味はない。


「…まあいい。ところでその状態のお前を連れて『たまたまこの森で会ったんです』と説明して通ると思うか?」


珍しい生態に興味を抱きながらも本題を進める唯人にいまだ身を隠しながらも答えるドラゴンの少女。


「難しいと思います。人里に溶け込んでいる龍族なんてほとんどいませんから。信じてもらえたとしても目立つ事は避けられないと思いますよ。でもそれはご主人様はお望みじゃないでしょ?」


「まあ、な」


「そんな事よりご主人様」


どうにかうまい方法がないか思案する唯人にドラゴンの少女が話を振る。


「なんだ?」


「いい加減わたしのこと名前で呼んでくださいよ」


「…そういえばまだ名前を聞いていなかったか」


「いえ、契約のときに言ったじゃないですか。『※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※』って」


「…あれは名前だったのか。すまんが聞き取る事が難しい上人間の口では発音不可能だな」


「え~、そんなぁ~」


酷くがっかりしたようすでドラゴンの少女が肩を落とす。

が、すぐに何か思いついたように顔を上げる。


「じゃあじゃあ、ご主人様が新しく付けて下さいよ」


もはや身体を隠すことも忘れ唯人に懇願するドラゴンの少女。


「自分で決めろ」そう言おうとして唯人は言葉を飲み込む。

かつて自分に名をくれた人はどんな気持ちでいたのだろうか。

先程久しぶりにその名を聞いたことで唯人の中にその一端でも知りたいという気持ちが芽生える。


「でもまぁ、名前がないっていうのも不便だしな」


「やった!えへへ~。かわいい名前をお願いしますねっ」


言い訳がましく答える唯人にドラゴンの少女は無邪気に喜んでいる。




が、




(いったいどんな名前をつけたらいいんだ…)


ちらりと目をやるときらきらした目で唯人を見つめるドラゴンの少女が映る。


普通ならドラゴンの名前を付けるなど経験したことないものがほとんどでどういった名前を付けるか悩むだろう。

それにまさか、まさかタマとかポチとかつけるわけにはいかないと思うのが普通である。


だが唯人は普通ではない。



ドラゴンの名前を付けたことなど一度や二度ではないのだ。

そしてタマもポチも既に名付け済みである。


最初は犬猫と変わらないような名前を付けていたが慣れてきたころには人のような名前、さらに慣れてくると巧いこと付けようとして元の世界のドラゴンの名前にあやかった名前を付けていた。


そうしたら他のドラゴンから『○○様の名を騙るとは不届き千万っ!!』などと目の敵にされたこともある。


適当に考えればいいと思うかもしれないが唯人にとって名前とは特別な物でありいい加減に決められるものではない。当然過去につけた名前と被るのもNGである。


だがじっくり考えたいところだが、『彼ら』がここを発見するまでに対策を考えるという時間制限もある。


(やはり見た目そのままで小龍、シャオロンとかか?でもそれだと中国風の龍っぽくて洋風のこいつにはそぐわないし…、後は龍人だから…)


「…『リュート』でどうだ?」


何かうまい名前をつけたかった唯人だったが駄洒落のような名前に落ち着いてしまい気落ちしてしまう。


(キラキラネームとか正直バカにしていたがああいう名前を考えられるってすごいなぁ)


などと再び思考が飛んでしまう唯人であった。

そんな唯人をよそに名づけられた当のドラゴンの少女はというと、


「リュート…リュート…」


と唯人が提案した名前をぶつぶつとつぶやいている。


(やはり気に入らなかったのか?)などと唯人が不安に思っていると、


「ありがとうございます!ご主人様!とても気に入りました!」


余計な心配をしていた唯人に満面の笑みで感謝を伝えるドラゴンの少女、もといリュート。


「そ、そうか。気に入ってくれたならいい」


本人が気に入ったからいいもののネーミングセンスについても磨いていかなければと思う唯人。

だが今はそれよりも重視すべき事がある。


「では、リュート。お前はここに残ってくれ」


「ヤです」


「人型なら隠れるのも容易…って何だと?」


間髪いれずというにも短すぎる瞬間的な返答に唯人も対応が遅れ思わず聞き返してしまう。


「だから、イ・ヤ・で・す!ご主人様についていきます!」


「さっき自分で言ってただろ。お前を連れて行くと目立つんだよ」


早速一定の自由が与えられるという条項を利用し頑なに付いて来ようとするリュートだが唯人も譲る気はない、というか『目的達成に影響の出ない範囲であればドラゴンにも一定の自由が与えられる』とはしたがこのままでは(・・・・・・)目的達成にがっつり影響の出る範囲である。


「…目立たなければいいんですか?」


「…そうだな。俺も可能なら一緒に居て貰ったほうが都合がいいからな」


「そうですよね!一緒にいたほうがいいですよね!」


唯人の言葉の一部分だけを拾いあからさまに嬉しそうにするリュート。

表情はもとより翼や尻尾の動きを見れば喜びが溢れているのがわかる。


「だがせめてその翼と尻尾くらいはどうにかしてもらわないと連れてはいけないぞ」


「わかりました。わたしもあまりやりたくはありませんし、もしかしたらご主人様も忌避感を持たれるかもしれませんが…」


唯人の目的を考えれば先の言葉はもっともでありリュートとしても主人の望みをかなえたいという思いは自身の望みと天秤に掛けたとしても重視すべき事である。

ならば少々自分にとって望まないことであったとしても主人のためにそれを受け入れるのが従者たる自身の勤め。リュートはそう考えある提案をする。


「まさか切り落としたりしないだろうな?」


リュートの重い決意の瞳を見た唯人はこれはただ事ではないと判断し自らの考えうる案の中で一番リュートに負担の大きい案ではないかと危惧し確認する。


「ご主人様のためならそれも厭いませんが…、その前にこちらの方法を試してみようかと」


さすがに唯人の考えは杞憂だったようだが本人はそれをも厭わないと言ってのけた。

恐らくこれから提示される案を採用しなければ先程の唯人が言ったことをリュートは実行するだろう。

だがそれは唯人も望むところではないためリュートの言う方法が採用できるか確認することにする。


「…いいだろう。その方法とやらを見せてみてくれ」


「はい。では…」


またもリュートは人では聞き取れない言葉を発すると再びリュートの身体が光に包まれた。


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