第20話 登録
マキシから逃げ出した――と言っても同じ建物の中にいるので彼らがその気になればしつこく絡んできていたであろうが――唯人は、ようやくギルドの受付へと辿り着いていた。
その外観はさながら市役所かハローワークのように横並びのカウンターとなっておりそれぞれ多くの冒険者達が列を作っている。
市役所などと違うところは整理券や番号などで管理されていないため先に述べた通り列をなしているところか。
故に唯人も新規登録のために他の冒険者達がごった返す受付の列に並ばねばならないのだった。
(やれやれ、こりゃあ時間かかりそうだな。…ん?)
そんな中、異常に列の短い、と言うかたった今最後の一人が立ち去った受付が目に入った。
その受付には誰も並んでいないにもかかわらず誰もそこへ向かおうともしない。
唯人はこれ幸いとばかりにその受付のカウンターへと向かうがそれを見た冒険者達は嘲笑や哀れみの視線を送る。
勿論唯人もバカではないのでこの受付に何かあるというのは予想できる、と言うか周りの冒険者がこそこそと喋っているのが聞こえてきているし、何より先程の最後の一人の立ち去り際の会話が聞こえていたのでここがどういった受付なのかは少しは理解できている。
だが、唯人にとってはここで並んでいる時間が長くなるほうが問題であり、さらに第2、第3のマキシが現れてもおかしくはない。
そういった思いもあり唯人はその谷底のような受付へと腰掛けた。
「いらっ死ゃいませ。本日はどのような…あっ新規登録の方デスね?」
唯人が何も言う前にその受付嬢は用件を言い当てると書類を取り出し始める。
「はい。その通りです」
唯人がそう返事をすると書類を取り出しながら
「デスよね。受付に来てギルドカードを出さないのは新規登録か余程のウスノロか××××くらいなものデス死ね」
と少々先行きが不安になるような言葉をその愛らしい口からあふれ出させる。
愛らしいのは口元だけではなく紫髪ボブの髪型にまだ幼さを感じさせる容貌は保護欲を掻き立てる…はずなのであるがその口から排泄される言葉のせいで台無しである。
これがギャップ萌えというやつか、などと考えているうちにも話は進んでいく。
「と言ってもそんなウスノロは大抵依頼中に死んじゃいますのであんまりいないんデスけどね」
「そうなんですか」
だいたいどこの世界でも同じだな、とは思いつつもとりあえず面倒事はごめんなので深く突っ込まずに当たり障りのない会話を心がける。
「ええ。…はい、ではこれが新規登録の方用の書類デス。と言っても差死上げられませんのでここで全て叩き込んでくださいね。…まぁ、貴方なら問題なさそうデスね」
そう言って辞書並みの厚さの紙の束をカウンターに取り出す受付嬢。辞書並みと言っても紙自体が厚いためそこまでの量はないもののこれら全てを頭に入れるのは相当に苦労するだろう。…普通の人であれば、だが。
唯人の両隣の列からは驚愕の声が聞こえてくる。
「あのヴァイオラちゃんが問題ないとか言ってるぞ!?」
「俺は最初、『せっかく空なんデスから無理にでも詰め込んでください』って言われたんだぞ」
「そんなのまだ良い方だろ!俺なんて『どうもその顔についている穴から漏れ出死ているようデスから私が塞いであげます」って言って鼻と口を塞がれて死にそうになったんだぞ!!」
「あたしなんて『貴女のようなクソビッチは頭に叩き込むより×××に叩き込んだほうが覚えがいいかも死れませんね?』とか言われて丸めた書類で犯されそうになったんだから!!」
…等々彼女――ヴァイオラというらしい――のかつての素行が唯人の耳に届いてくる。
その様子を見てか
「私は思ったことを言っているだけデス。実際このくらいすぐに覚えられるで死ょう?」
「はい、問題ありません」
そう言うと唯人は書類に目を通し始める。
内容としては『よくある』ギルドの規定などについてであったため唯人にとっては理解するのは難しくはない。ただ、先入観による勘違いなどには気をつけて読み進め、程なくして全ての資料を読み終える。
「…思った以上に早いデスね。では、ギルドについて知っていることを教えてください。それ以外に必要なことをお教え死ます。それに間違っているところは訂正死ないといけません死ね」
唯人の飲み込みのよさに気を良くしたのか、笑みを浮かべつつも相変わらず語尾が物騒なヴァイオラに唯人はオルトリーゼに聞いたことを伝えた。
「ありがとうございます。重要な部分はその方から聞いているようデスね。貴方ならおおよそ見当が付いているかと思いますが何故ハンターとギャザラーとに別れているかから説明死ます。…よく聞いてくださいね」
そう言うとヴァイオラは大きく息を吸い込み、
「依頼は大きく分けて討伐系の依頼と収集系の依頼、そ死てこの二つの複合系の依頼に分けられます。討伐系の依頼にはハンターと死ての力量が、収集系の依頼にはギャザラーの力量が、複合系には両方の力量が求められるわけデス。そこでギルドではそれぞれの能力に合わせてランクを設定死冒険者がその依頼に適死ているかを判断死ます。それがいわゆるギルドランク、と言う物になります。それぞれハンターランク、ギャザラーランクと称死、EからSまでのランクがありギルドランクを尋ねられた場合高い方をいうのが普通デス。両方言う必要がある場合はハンターランクを先に言います。ハンターランクがC、ギャザラーランクがBの場合『CB』と言った具合デス。同じ場合はダブル~などと言ったりも死ます。依頼を受けるには設定されたランクを上回っている必要がありますのでいきなり難死い依頼を受ける事はできません。また、情報公開もそれぞれのランクによって行います。ランクを上げるにはそれぞれ対応死た依頼をこな死ていく必要がありますので、討伐系の依頼ばかりをこな死ていてもギャザラーランクは上がりません。逆もまた然りデス。多くの冒険者がどちらか一方に注力する傾向にありますが私と死ては両方『一人前』と言われるC、可能ならBまでは上げる事をお勧め死ます。勿論できるのなら、デスが。依頼の中には戦闘も収集も行わなければいけない場合がありますがこういった場合どちらか死か上げていない場合他の誰かに協力死てもらうなり雇うなり死なければならず報酬が減って死まいます。まぁそれは冒険者間の問題なのでギルドと死てはどうでもいいのデスが、それぞれに特化死た二人組みの場合何らかの理由でどちらかが行動不能になった場合、ほとんどの場合死んで死まった場合になりますが依頼達成が困難となって死まいます。こう死た時残ったほうがそれぞれのランクを満たせるほどの能力があれば依頼を継続できる、と言うわけデス。ギルドは失敗率を下げる事ができ冒険者達は報酬を独り占めできてどちらも幸せ、なんて素晴ら死因で死ょうね。それに単純に両方のランクが一定以上でないと受けられない依頼と言う物もありますのでそういった依頼を受けたければ必然的に両方あげていく必要があります。ただ両方のランクを上げるのは単純に倍大変と言うわけではなく別の技能をそれぞれ磨いていかなければいけないので想像以上に大変ら死いデスがね。まあそれはこちらの知ったことではありませんが」
と一息に捲くし立てた。
この間僅か30秒。
理解するのは勿論聞き取る事さえ難しい早口の長台詞だ。
唯人は一度も噛まずにそれを言ってのけた彼女に感心しながら要点をまとめて彼女に確認する。
「つまりハンターとギャザラーはそれぞれにランクがあり、ランクを上げるには対応する依頼をこなす必要がある。また、依頼を受けるには一定のランクが必要になる場合があり、より多くの依頼を受けたり成功率を上げるために可能なら両方のランクを上げるのが理想、と言う事ですね」
「…貴方のような方ばかりなら私も仕事が楽なんデスけどね。一回で理解できなければこんな風に早口で言っている意味もありません死…」
そう言って溜息をつくヴァイオラ。
そう、彼女の受付に人が少ない理由は言葉の端々に含まれる殺気や、早口による説明だけではない――といっても七割くらいはそれが理由だが――。
単純に彼女は仕事が早いのだ。
実際隣の列で大分前から席についている新規登録と思しき少女にもうすぐ唯人は追いつくであろう。
「…失礼。仕事中に愚痴を言って死まうなんて受付嬢失格デスね」
そう言って少し恥ずかしそうにする彼女は年相応に可愛らしくあるのだが唯人はそんな事に興味を示さない。
だが周りの冒険者達は、
「ヴァイオラちゃんにとうとう春が来たぞ!」
「マジかよ!?あのガキ真性のドMか!?」
「くっそ~!俺もヴァイオラちゃんに毎日罵倒されたいのに!!」
などと大騒ぎである。
当の唯人はといえば
「いえいえ、こんな事言ったら変に思われるかもしれませんが僕は愚痴を聞いたりするのが好きなんでこれからもドンドン言ってもらえると嬉しいです」
などと答えている。
「そうデスか。デスが仕事中は止めておきま死ょう。それでは最後にギルドカードを作成死ます」
彼女――と唯人――が優秀なおかげでさほど時間のかからなかった登録もいよいよ終わりのようだ。
「このギルドカードには貴方の情報が全て収めれられることになります。とはいっても許可死ない限りは他の人、私は勿論ギルドマスターデスら名前と発行支部以外は見ることはできませんのでご安心ください。ただ、それなりに高価な物デスので再発行に際死てはかなりの金額が要求されますのでご注意ください」
「はい。わかりました」
「それと登録内容についてデスが嘘の登録はできません。偽名などを使おうと死ても本名で登録されますのでご承知おきください」
(これだ。)
オルトリーゼに聞いていた中で一番気になっていた部分がとうとう現れた。
「えっと、それはどういうことでしょうか?」
唯人の疑問に対しヴァイオラがカウンターの下に視線をやりつつ答える。
「ギルドカードの作成はこのアイテムを使って行われます」
そう言うとヴァイオラは台座に乗った水晶玉のような物をカウンターの下より取り出す。
「このアイテムに手をかざすことでその人の情報を読み取りカードを作成死ます。デスので書類などでの登録と異なり偽名を使う事はできません。もっと正確に言えば『本人が自覚している名前』が登録されます。つまり親がつけた名前などではなく、今の自分にとって最も大切な名前が登録されるわけデス」
「・・・」
オルトリーゼに聞いた際、唯人にとってこの事実は衝撃だった。
今まで行った世界では似たシステムはあったものの――といってもそれは魔力を測るなどの魔道具で、加減がわからず壊してしまったものは両手で足りないほどあるのだが――今名乗っている名前が登録される物でこういった無意識を汲み取るシステムははじめてであった。
「ふふっ。初めて貴方の素顔を見た気が死ます。心配死なくてもこんな世界デスから訳有りの人なんて掃いて捨てるほどいます死、逆に貴方の様な人が何も隠死ていないなんて不自然すぎますよ」
そう言って笑うヴァイオラに、
「別にそんな大層な物じゃありませんよ。ただ結果に興味があることは否定しませんけどね」
そう笑みで返す唯人。
傍から見ればデート中の男女のような光景と見えなくもないほどに両者が笑顔なのにもかかわらず、どこか不穏な空気が感じられる異常な光景だ。
「そうデスか。ではこの玉に手をかざ死て下さい」
そう言って話を進めるヴァイオラに唯人は素直に従う。
その気になればこの程度のアイテムなど抵抗して内容を改竄できるであろうが余計な事はせずヴァイオラに従いアイテムに手をかざし登録を行う。
唯人が手をかざすと玉が鈍く発光しはじめる。
この手のマジックアイテムの類を使った事など幾度もあるが今回はさしもの唯人も少々緊張していた。
そして手をかざした数瞬の後、玉の光がピークに達した頃何かを吸われるような感覚が襲うと、あっけないほどあっさりとカードの作成が完了し玉から排出された。
玉の中から排出されたカードを手に取ると、そこには唯人の情報が事細かに記されている。そしてやはりと言うべきか記されている名前は『唯人』ではなかった。
手に取ったカードに記された名を見た唯人はなんとも言えない笑みを浮かべる。
――それは嬉しそうであり、苦笑いのようにも見える複雑な笑み――
それを静かに見つめていたヴァイオラであったが職務を遂行するためにギルドカードの確認を行う。
カードをヴァイオラに渡した唯人は笑みを浮かべたまま物思いにふける。
(ああ、この名前を本当の名前と思っているなんてな)
ヴァイオラに渡したカードに記された名前を思い返すと笑みが自嘲気味へと変わっていく。
そんな様子を見たヴァイオラが
「この名前が貴方にとってどんな名前かは知りませんが当ギルドでは貴方をこの名前で登録いた死ま死た」
本来必要ではない前置きの後、ギルドの様式に則り、
「――――唯一――――
ギルドは貴方を歓迎いた死ます」
そう宣言した。
ヴァイオラちゃんの『死』と『デス』は読みにくい上に書くのが面倒なため今後出番が多くなれば省略する事になるかもしれません(汗




