another side 5 17.9話 報・連・相
「うちの子たちまた喧嘩始めちゃったのよ~」
「あらあら、それは大変ね。私達のところは平和そのものよ。それもこれもあの子のおかげね」
「そうそう。私のところもあの子が喧嘩を収めてくれたおかげで今までの荒れっぷりが嘘みたいに平和になったわ」
「あたしんところは悪ガキどもをボッコボコの再起不能にしてくれてホント助かったわ」
「え~、なにその子~。うちにも来て欲しいんですけど~」
ただ聞いただけではママ友の井戸端会議か女子会のような会話である。
だがその会話が行われているのは、井戸端でも幼稚園の門の前でも喫茶店でもない。
ただ一面の白い空間に不自然に存在するテーブルと椅子。
この会話はそんな場所で行われていた。
そんな不自然さを滲み出しているテーブルと椅子であるがシンプルながらもそれが最高級の一品である事は素人でも判別する事ができるだろう。
それはなぜか?
それはそのテーブルと椅子が使っている者達と釣り合いが取れているからである。
その会話をしている面々は方向性は違えどそれぞれが絶世の美女と呼ぶに相応しい容姿と振る舞いに加え、身に纏う衣装も素材そのものが輝きを放っているとも思えるほどの美しさ、そして稀代の芸術家が人生全てをかけても不可能なのではと思えるほどの繊細かつ荘厳な意匠が施され、総じて『神々しい』と呼ぶ他ないのだがそれはある意味当然といえる。
それもそのはず、彼女達はそれぞれ自身が管理する世界を持つ女神達なのだ。
「けどあの子が行った世界が全て平和になるってわけでもないしね~」
「そうそう、聞いた話なんだけど、ちょっと悪さをする子と他の子たちとの喧嘩があってそこにその子が介入して喧嘩を終わらせたらしいの。で、その子は喧嘩のあと元の世界に戻るために旅をしていたんだけど他の子たちがその子を取り合ってまた別の喧嘩を始めちゃった、みたいな事が結構あるらしいのよ」
「あ~、そういうこともあるのか~。私の今回の喧嘩は宗教絡みだからな~」
「なら自分を信仰してくれる方に加護でも与えてあげればいいじゃない」
「…どっちも私じゃない居もしない神を信仰してるのよ」
「あ~…」
「それはなんというか…」
そんな会話が交わされ微妙な空気になったところでそこに突然「ドン!ドン!ドン!ドン!」という無遠慮なノックのような音が響き渡る。
「おい!誰かいるか!?」
続いてこれまた無遠慮、というかこの空間にいる存在を考えると無礼な問いかけが聞こえる。
「あ~、も~うっさいわね~」
恐らくこの空間の主、もしくは最も地位の高い存在と思われる女神が面倒くさそうに指を鳴らすと空間に扉が現れそこから人影が飛び込んでくる。
「あらあら、誰かと思えば…。原初の世界を任されるようなエリート様がそんなにあわててどうなさったんです?」
先程までの面倒くさそうな態度を一切感じさせず、それでいて慇懃無礼な態度で迎え入れた人物は原初の世界を管理する神であった。
「…今はそれどころじゃないからその失礼な発言は聞き流しておくよ」
世界の管理は重要な世界ほど高位の神が管理する傾向にある。
当然世界の根幹たる原初の世界はその最たる物であるうえ直接的な介入をせずに管理をするという性質上この神は伝説級と呼ばれる『方々』を除けば最も高位なのだ。
だがそのエリート意識が他の神々には不評なようで、『何もできないから何もする事のできない原初の世界担当になった』などと陰で言われていたりする。
「あら?なにか失礼なこと言いましたか?少なくとも女性の部屋にあのような訪問の仕方をするより失礼なことを言った覚えはありませんが?」
「ぐぬっ。…まあいい。そんなことよりこの男を知っているか?」
そう言って手をかざすと何もない空間に映像が映し出される。
そこには彼女達が先程まで話題にしていた人物の姿が映し出されていた。
「ああ、この子の事でしたら良く知ってますわ。タダヒト君、でしょう?」
それに続いて彼を知っている女神達から次々声が上がる。
「知っているなら話は早い。この男は今原初の世界に来ている」
「…そうですか。…それが何か?」
「なっ!」
彼は先程の一言で全て伝わると思ったようだが彼女達の反応はいまひとつである。
彼が他の世界にたびたび出現するなど彼女たちにとっては周知の事実であり最初こそ驚いたものの今では「あっ、今度はあそこか~」くらいの感覚なのだ。
「この男がどんな奴なのか知っているだろう?この男に原初の世界が滅ぼされでもしたら――」
「そのことでしたら心配ありませんわ。彼の訪れた世界で『世界そのもの』が滅んだ、ということはありません。確かに多少の混乱を招くことはありますが彼が来る前と去った後を比較すればむしろ平和になるほどです。勿論これは私達神の目線ですからその世界の住人がどう感じるかは別ですが」
「そ、そうだとしてもこんな異常な存在がいては世界のバランスに異常をきたす可能性が…」
「ではどうします?原初の世界では直接的な介入はできないでしょう?間接的に彼をどうこうできると思いますか?仮に直接介入できたとしても彼は『方々』の世界の住人。勝手なことをして『方々』の怒りに触れなければいいですわね」
「そ、それは」
「いいじゃありませんか。彼は放っておいても自分で『方々』の世界へ帰ります。それまでいつもの様に何もせず眺めていればいいのですよ」
再び皮肉を浴びせられた彼はつい愚痴じみた事をもらしてしまう。
「簡単に言うけど結構大変なんだぞ。直接の介入と違って間接的だとなかなか思ったように行かないからね。それにしても…あいつといいマリシスといい、面倒な事になってきたな」
――ざわっ――
そんな彼の呟きを耳聡く聞いた女神は一瞬目を丸くする。
他の女神たちもまるで草食動物の群れが肉食動物の気配を察知したかのように一斉に彼の方へ顔を向ける。
その表情は先程までの表情と一変し美しいながらも見るものをゾッとさせるような表情だったが代表の女神は一瞬で表情を元に戻すと彼に問いかける。
「…今、なんと仰いました?」
その表情は先程と同じく柔らかな笑みを浮かべているが目はどう見ても笑っていない。
「は?」
それに気付かず間の抜けた返事を返す彼に対し痺れを切らしたのか表情はそのままに強い語気と言葉遣いで再び尋ねる。
「いいから!今なんて言ったっ!!」
「っ!!め、面倒な事になっt」
「その前だよ!!」
「あ、あいつといい、マリシスといい」
「マリシス…マリシスと仰ったのですね?」
「あ、ああ」
『マリシス』、という言葉を確認するとやや落ち着き、言葉遣いを戻した女神は改めて幾つか彼に尋ねる。
「それはつまり原初の世界にマリシスが出現した、と」
「ああ、そ、そうだ」
「それっていつからでしょうか?」
「け、結構前かな?」
「神基準で?」
「あ、ああ」
「あなた、マリシスがどんな存在かわかってますわよね?」
「悪意を力としていて他の世界の悪意をも力にできる存在、だろ」
彼のあまりにも危機感のない言いようにとうとう堪忍袋の緒が切れたのか女神も声を荒らげる。
「そこまでわかっていて何故他の神達に報告しない!!」
彼にそう怒鳴りつけると振り返りその場に居る女神たちに指示を出す。
「全員自分の世界に戻り次第それぞれの世界にとって脅威となった悪意を持つ者で居なくなっている者がいないかを確認なさい。生きている物は勿論、既に死んだ者の魂を含めて全部よ!それとこの場に居ない神達にも連絡しなさい!」
「「「「「「はい!」」」」」」
後ろに控えていた女神達は返事をすると同時に各々の世界へと戻っていき、一瞬にして先ほどまでの穏やかなお茶会といった雰囲気も茶器やテーブルなどとともに消え去った。
それを見届けた女神は再び彼に向き直る。
「あなた、自分の優秀さにかまけて他の神達との情報共有を怠りすぎたわね。今の彼女達の反応見たでしょう?マリシスに対する危機感も他の世界がどういった者達によって危険に晒されてきたか知っていれば、そういった者達がマリシスを介して自分の世界に現れることの恐ろしさがわかったはずよ。全く、何もできないから何もする事ができない原初の世界担当になったっていうのもあながち嘘でもないのかしら?」
もはや先程までの表面上の礼節すら感じられない態度で彼に話しかける女神。
「ぐぬっ!」
だがもはや彼には言い返すことなどできはしない。
「まあいいわ。こうなったらまたタダヒト君に何とかしてもらうことになるのかしらね。そのためには…、そうね、あなた加護の力って溜まってるわよね?それを使って――」
「いや、ついさっき使ったばかりだ」
「…は?」
「実は――」
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「…つまり加護の力は5分の1しか残っていない、と?」
話を聞いている間女神は再びすばらしい笑顔に戻っていた。
勿論目は笑っていない。
「あ、ああ。そのとおりだ、です」
その強烈な威圧感に思わず敬語になってしまう原初の世界の神。
「か・ご・を・あ・た・え・た・ら・ちょ・う・ふ・く・し・な・い・よ・う・に・きょ・う・ゆ・う・す・る・っ・て・し・ら・な・い・の・か・し・ら?」
あまりにも酷い有様にさしもの女神も表情が崩れるのを押さえるのが精一杯のようだ。
「いやっ、さっき使ったばかりでまだできてなくて…すま、すみっ、ごめんなさいっ!」
「あ~、もういいわ。……私に考えがあるからその五分の一はしっかりとっておきなさいよ」
若干諦めにも似た返事を返す女神だが少しは落ち着きを取り戻したようだ。
「はいっ!」
「とりあえず『方々』には私から報告しておくわ」
「えっ?いや、しかしっ!」
「こんな事態になった以上報告しないわけにはいかないわ。心配しなくても別にあなたのことをどうこう言うつもりはないわ。ただ『マリシスが出現しました。ですが私達で対処いたします』。そう報告するだけよ」
「そ、そうか、すまない」
「別にあなたのためじゃないわ。私にはそのお考えの一端も知ることは叶わないけれど、あの世界を維持するために『方々』が消耗されている今、余計なご心配をおかけするわけにはいかないもの」
「そ、それもそうだな。ではそちらは任せる」
「ええ、あなたも原初の世界に戻ってマリシスの動向を見逃さないように。といっても最初は難しいかもしれないけれど。他の神達から情報が集まればある程度判別できるようになるでしょうがそれまではあなたの観察眼にかかっているのだからしっかりしなさいよ、エリート様」
そう言って彼の肩を軽くたたく女神。
彼もそれを彼女なりの激励と受け取り返事を返す。
「お、おう、任せておけ」
「じゃあ私も報告を済ませた後すぐに諸々の準備をするわ。さっき言った『考え』のこともあるしね」
指を鳴らしテーブルと椅子をしまうと同時に『方々』の世界への扉を開くと、
「では、失礼致しますわ」
最初の頃の言葉遣いに戻しそう言いつつ恭しく礼をすると扉の向こうへと消えて行った。
「では僕も行くとするか」
女神を見送った彼も自らを奮い立たせるようにそうつぶやくと自身の管理する世界への扉を開きその中へと消えていった。
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自身の管理する世界に戻った女神はまず『方々』へ先触れを出した。
『方々』と比べれば大きく劣るとはいえそこそこの力を持った神である彼女が突然現れれば余計なお手間をかけてしまうかもしれないので当然である。
返答があるまで自身の世界でできることをするため過去に類を見ないほど短いスパン――神基準――で自らの加護を与えた者に神託を降ろすことにする。
(…聞こえますか?…今… あなたの…心に…直接… 呼びかけています…貴女の…望みを…叶える…時が…来ました…ご多用の…様子ですが…ちょうどいい…機会のようですね…)
女神は今後の展望を考える。通常加護の重複は認められていない。神の間でのパワーバランスはもちろん何より2つの加護の強さや相性による反発にその対象が耐えられないからだ。
だが今回の件で余った5分の1なら?それも自らの加護を受け十全に育った加護持ちならばそのくらいの余力はあるのでは?
そう考えた女神は加護の重複は前例がないとはいえこの緊急時、試してみる価値はあると考え『方々』への先触れに併せて許可を願い出たのだ。
もちろん『方々』が否と言えば流れる話だがおそらく許可が下りると踏んでいる。
『彼』は『方々』の世界の住人。そして『彼女』は『彼』とも関係が深くよく理解している人物。それと今のマリシスへの対処を考えれば許可が下りる可能性は大きい。
さらなる説得材料として『最悪なことに』女神の世界で既に討伐された『悪意ある者』の魂がいくつか消え去っているのが確認された。
こんな重大なことに気付かず呑気にお茶会など開いていた自分に嫌気が差すがそのおかげで早期発見できたと思えば不幸中の幸いとも言えよう。
これだけの材料があればほぼ許可は下りると考え返答を待たず動き出したのだ。
情けないことだが他の世界であるが故女神自身が直接手を出すことはできない。できるのは『彼女』を通して『彼』に働きかけるくらい。
そんなことを思いながら突然の神託に驚いた様子の『彼女』を見やり声をかける。
「再び『彼』と共に世界を救う時が来たのです」
と。




