another side 4 17.5話 誰のために
唯人が立ち去った大食堂はしばしの静寂のあと食事が再開され各々がそれぞれのタイミングで食堂を後にしていった。
オルトリーゼはその様子に違和感を覚えつつも自身も私室へと戻っていた。
(何故勇者様たちは誰も彼を止めなかったのでしょう?)
そんな疑問を浮かべたオルトリーゼに嫌な音が聞こえる。
――キーン――
強いて文字に表すならばこうだろうか。
そんな言葉で言い表す事のできない直接頭の中に響くような音がオルトリーゼの耳に入る。
この音自体が不快、というわけではないのだが、この音を聞くと昨晩の惨状が目に浮かぶようでいたたまれなくなるのだ。
一瞬表情に出してしまうもののすぐに顔を引き締めると、オルトリーゼは懐より薄い板のような物を取り出す。
それは紫がかった黒曜石とも言うべき怪しげな色をした十センチほどの六角形の板であった。
オルトリーゼはその板をサイドテーブルへと置くと板へと指を置き自らの魔力を少しばかり流し込む。
するとその板より放射状に光が放たれ板の上に人の姿が映し出される。
これは唯人たちの世界で言うところのSF作品に頻出するホログラフィに酷似しているものであるのだが、唯人からある程度の知識を得た――というよりも押し付けられた――とはいえ、オルトリーゼがそんな事までもを知るはずもない。
ただ初めてそれを見たときはただただ『異世界の魔具』に感心したものだ。
…自身がそれを使うまでは。
話を戻すがそこに映し出された人物。それはこの板をオルトリーゼに渡した張本人、唯人であった。
「そろそろ食事も終わったころだと思って連絡してみたんだがもう皆部屋へ戻ったか?」
そこに映し出された唯人は姿を映すだけでなく音声までも伝えてくる。
この板の名前は『伝話器』という。実際はもっと違った名前なのだが唯人がわかりやすいように名前を変えたのだという。
これを使えば遠くにいる相手とも連絡が取れる非常に便利な物である。
…もし使う事ができるのならばであるが。
「はい。皆様は部屋へと戻られました。わたくしも部屋へと戻ってきたところです」
「そうか」
「あのような急な出発の仕方でよろしかったのですか?」
「ん?ああ。昨日も言ったと思うが皆勘や洞察力が優れているからな。落ち着いて考えられると力づくでも止められる公算が高かったんだ」
「確かに仰るとおりかと。ですがいくら思考の時間を与えなかったとはいえあのような出立の仕方をすればどなたかが止めに入るのでは?何故誰も止めなかったのでしょうか」
「ああ、それはだな…、あの場にいた全員に『予防接種』をしたせいだな」
「『よぼうせっしゅ』、ですか?」
オルトリーゼが尋ねる予防接種とは当然我々の知る予防接種とは違った物である。
「簡単に言うと効力を極限まで弱めた状態異常を起こす魔法をまとめて打ち込んだんだよ」
「なっ!」
その驚きは
あの一瞬で詠唱もなく魔法を放ったということ
あの場にいた全員に同時に魔法を放ったということ
そしてその全員に魔法を使ったということを悟らせなかった事への驚きである。
自分達に状態異常という直接的ではないとはいえ攻撃的な魔法を放った事に驚いたのはその数瞬後であったが、前述の驚きに比べれば些細な事であり、昨晩散々打ち込まれた魔法の数々を思えばかわいい物である。
「効力を弱めただけじゃなくそれらの状態異常に対する耐性を得られるようにしてあるからあの場にいた全員ちょっとやそっとの毒やら精神操作やらにはかからなくなっただろうな」
「ではわたくしも…」
「もちろん。よかったな。もう昨日みたいな思いはしなくてもすむと思うぞ」
唯人の言葉で再び昨晩の惨状がよみがえる。
唯人が言うのは先程と同じく状態異常の魔法を打ち込まれたときのことだろう。
例として麻痺一つとっても、筋肉が弛緩するもの、逆に硬直するもの、動かそうとすると激痛が走り動けなくなるもの、足が痺れた時や肘を強かにぶつけた時のあの感覚が全身を這い回るようなおぞましいもの等々、多種多様な物を経験させられていたのである。
唯人の言葉を深読みし念のために様々な準備をして行った自分を一時は恥ずかしいとも思ったが、もしもの時のために入念に準備をしていなければ更なる粗相を晒していたであろうことは想像に難くない。
「…。では皆様が唯人様を止めなかったのも?」
忌まわしい記憶を押しやり話を戻す。
「効力を弱めたといっても全くないわけじゃないし、複数の状態異常の効果が重なって冷静な判断や行動を起こせなかったってことだろうな。加護のせいでこの『予防接種』がそもそも効かない可能性もあったけどその様子だと効果があったってことだろう」
「そのためにあのようなことをなさったのですか」
「それもあるが、一番は時間だろうな」
「時間、ですか?」
「例えあの場で止められたとしても皆が本格的に訓練を始めたなら俺に構っている余裕はなくなるだろう。特に風香なんかは訓練を面白がって夢中になるんじゃないか?他の三人も真面目だし、何が優先されるべきものか理解して訓練に打ち込むだろう。そうなれば俺の事まで気が回らなくなるだろうからいつだって出発する事はできる。だが昨日も言ったように戻る方法を探すのは面倒なんだ。だから極力時間を無駄にしたくなかったんだよ」
「時間が大切という唯人様の仰る事はわかります。ですが勇者様方が訓練にかまけて唯人様をないがしろにするとは思えませんが…。唯人様は皆様が唯人様のことをどう思っているとお考えですか?」
「ん?そりゃあどういう意味だ?」
「今朝の様子や昨晩の話を聞いたところ思い抱いたのですが…。単刀直入に申し上げますと皆様から唯人様への恋愛感情のようなものはないのか、と言うこt「無いな」…」
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「…返答が早すぎる気がするのですが?今朝の様子から皆様はわたくしと唯人様が一晩一緒にいたと聞いて、その、…いわゆる嫉妬のような物を抱いたのでは、と」
「ああ、そういうことか。なにも適当に返事したわけじゃない。風香は俺の事を変で面白いと思ってるって所か。あいつは変な物好きだからな。お気に入りの玩具ってところだろう。玲奈は俺の知る限り男の友人は俺しかいない。そういった意味では特別な友人だ。梢は妹のようなものだし向こうもこちらを兄の様に思っている部分が少なからずある。灯先生にとって俺は生徒だし先生はそもそも母性が強いタイプだ。だからオルトリーゼと一緒にすごしたと聞いて自分の物を取られてしまうように感じたんじゃないか?なにも嫉妬って言うのは恋愛感情にだけ発生するわけじゃない。まあ、正直恋愛云々に関しては疎いと言わざるをえないからオルトリーゼの言うような可能性もないとは言い切れないが…」
「疎い、とは?」
「損得や打算といった合理的なものを見抜くのは結構得意なんだけど、愛情や友情といった損得だけではない感情を推し量るのは苦手なんだよ」
「では唯人様から他の皆様への恋愛感情はないのd「無いな」…」
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「…そうですか。でしたら勇者様方に惹かれる者が現れた場合はある程度の「全却下で」…」
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「…ですが可能性として勇者様方がこちらの世界の者に惹かれるということもあるかと」
なぜこんな事を尋ねたのか。
それはあわよくば勇者の血を自国に入れたい、そんな凡百でも思いつきそうな考えではない。
唯人がいなければ積極的にそうしたであろうし勿論できるに越した事はないのだが、これはあくまで唯人に対する揺さぶりである。
オルトリーゼはこの丸一日にも満たない間にあらゆる面で唯人の力を見せ付けられている。
故に協力者としては対等な関係であるがそれはあくまで形式的なものとなってしまっている。
そこで唯人の弱点とはいかなくとも付け入る隙のような物を見つけられればとこのような話をするに至ったのだが…。
不用意に探りを入れたためにナニカに触れてしまったようだ。
「オルトリーゼ」
名前を呼ばれ唯人と目があう。
もちろん先程から唯人の目を見て話をしていたのだが、その奥にある唯人の意思と目が合ったというべきか。
「俺は必ず皆を元の世界に帰す。絶対にだ。だからそういった関係に発展してもどちらも不幸になるだけだ」
そういった唯人は、客観的に見れば表情は先程までとは一変し、何の感情も浮かべない顔でオルトリーゼを見つめている様に見える。
しかしオルトリーゼには、その一見感情のかけらも感じられない瞳の奥に何かを感じていた。
でなければすぐさまこの話題を打ち切り謝罪していただろう。
だがそうはせずに更に深く切り込む。
「仮にそういった相手ができてこちらに残る事を選択されたとしたら?」
「強制的にでも元の世界に帰す」
「っ!」
(やはり…)
オルトリーゼはほとんど確信に近い結論を出す。
(勇者様方の話題となると普段ほどの余裕が感じられませんね)
「そうだな。この際はっきり言っておくが俺が皆を元の世界に帰したいのは『俺が』元の日常に帰りたいからだ。さっき友情や愛情に疎いと言ったがそれは自分の事も含まれている。だから『皆のため』よりも『自分のため』といった部分のほうが圧倒的に大きいんだよ」
(やはり逆鱗とはいかなくともむやみに触れるのは危険、ですか。ですがもう少し踏み込んでみましょうか)
「つまり勇者様方のため、というのも少しはある、と?」
普通なら『自分のため』という部分について、何故そんなに日常を望むのか?などと尋ねるところだがあえて『皆のため』の部分に焦点を当てる。
「ま、ないとは言えないな。みんなのおかげで友情っていうのはわかってきた気がするし。少なくとも皆とこの世界の人間全員を天秤に掛けたのなら余裕で皆の方に傾くくらいには」
「…左様ですか」
とても少しはあると自称するだけの『皆のため』でするようなこととは思えないが唯人に冗談を言っている様子はない。
そしてオルトリーゼも唯人の言う事を冗談だと断じる気はない。
自分だって『自分の目的ため』に行動しているが『この世界を救うため』という気持ちが全くないわけではないのだ。
(こんな答えが返ってきてしまっては今日のところはこれ以上は踏み込まないでおきましょうか。本当に逆鱗に触れてそれを実行されても困りますしね)
「わかってもらえた様で何より。じゃあそれを踏まえて今後の行動指針について話しておこうか」
(赤の他人。しかも他の世界の人間とはいえその全てとたった四人とを天秤に掛け迷わずそちらを選べる…。それが『情』でなければなんだというのでしょうか?もちろん自分にとって大切な人を選ぶ、ということもあるでしょうがそれでも多くの人は悩み苦渋の決断としてそれを選ぶものでは?唯人様はないとはいえないなどと仰っていましたが、小さくて気付けないこともあるのでしょうが逆に大きすぎて気付けない。そんな事もあるのでは?)
オルトリーゼは唯人の歪んだ価値観に思いをはせたものの、唯人の話の重要性を身をもって知っているためすぐさま思考を切り替え一言一句聞き逃さぬよう唯人の話へ全ての意識を向けるのだった。
一章はエピローグとアナザーサイドをもう一話入れて終了予定です。
その二話は早めに投稿できると思います。
別件ですが、理由は不明ですがanother side 1がanother side 2で上書きされていました。現在はダイジェストを載せてありますが8/10(恐らく)~8/15の間に読んで下さった皆様、大変申し訳ありませんでした。




