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第十六話 異世界の朝

明け方、オルトリーゼはおぼつかない足取りで自らの部屋のベッドへ歩み寄り、そこから倒れ込む様にダイブした。


普段の彼女ならばそのようなはしたないまねなど決してしない。

事実そのような状態にありながらも部屋に入るまではすれ違った使用人に


「いつもご苦労様です。」


などと、柔らかな笑みを浮かべねぎらいの言葉を掛けていたのだ。

それは王族、それも女王という立場による意地のような物でその意地を維持できなくなる状態、すなわち誰にも見咎められない場所である私室に入るとともに彼女は恥を捨てベッドへと倒れこんだのだ。


そんな彼女が部屋に入るとともにこのような醜態をさらしているのには勿論理由がある。


相澤唯人。


異世界から勇者様たちにまぎれて訪れたイレギュラー。

そんな彼が一夜にして彼女をこのような無残な姿に変えたのである。


「…甘く、見ていました。」


彼に対する警戒は必要以上かと思うほどにしていたはずなのに実際はこの有様。

心身ともに極度に疲労し、割れるような頭痛に襲われながら自らの見積もりが甘かったことを文字通り痛感しつつも次の行動に移らなければならない。

やらなければならないことは山ほどある。だがその前に…。

そんな事を考えているオルトリーゼに、『コンコン』とノックの音が聞こえる。


「クレアです。お呼び出しに応じ参りました。」


それはオルトリーゼがたまたますれ違った使用人に命じ、部屋に来るよう伝えてもらったクレアであった。

いくら友人と呼べるほどの間柄であってもこのようなベッドに突っ伏した格好で出迎えるわけにも行かず何とか体を起こそうとするが、柔らかな寝具の快楽というものはそうやすやすと払いのけられる物ではない。

そう自分に言い訳をするとその体勢のままクレアを部屋へと迎え入れる。


「…はいりなさい。」


「はっ。失礼します。」


そう返事をしたくレアが部屋へと入ってくると予想通り声を荒らげて尋ねてくる。


「!!姫様っ!?いったいどうされたのですか!?」


そう叫びながらベッドのそばに駆け寄るクレア。


「ま、まさかあの男に何かされたのですか!?」


『正解』。そんな風に口走りそうになるのを何とか押さえつつ用件のみ伝える。

正直クレアに事の顛末を伝える余裕はない。

それによりクレアの唯人に対する誤解は深まりそうではあるが、その原因も唯人であるため自業自得であると納得してもらうと勝手に決め用件のみクレアに伝える。


「それについてはもう過ぎた事です。それよりもあなたに頼みたい事があるのですが…、聞いていただけますか?」


その言葉を聞き一瞬感情をあらわにするクレアであったが敬愛する主の頼みと聞き、数瞬前の怒りも忘れ主の言葉に集中する。


「勿論です。姫様の頼みであれば、不詳このクレア、どのような願いでも叶えて見せましょう。」


そう、まさに命を掛けるのも惜しくないほどの決意で応えるクレアにオルトリーゼは感謝とともに自らの願いを伝える。


「ありがとう、クレア。では、勇者様方が食堂に向かわれたら起こして頂けますか?」


「はいっ!承知しま…し……えっ?」


さしものクレアも思わず気の抜けた返事をしてしまう。

そんなクレアを気遣うようにオルトリーゼが補足する。


「騎士であるあなたにこんな事を頼むなんて申し訳ないのですけれど、少し疲れてしまって起こしてもらわなければ明日の朝まで寝てしまいそうで…。かといって眠らずに勇者様方にみっともない顔を見せるわけにも行きませんし、眠るとしてもこんな事を頼めるのはあなたとシェイラくらいなのですが、シェイラは唯人様についていますしあなたしか頼れないのです。」


その言葉を聞きクレアは心身ともに奮い立つ思いであった。

傍から見ればそんな事で、と思われるかもしれない。だが彼女は敬愛する主に『お前しかいない』と頼られる事の幸せを噛み締めていたのであった。

最初こそ戸惑ったものの効して頼まれた以上何か重要な意味があるに違いないとも感じたクレアは改めて主に応える。


「はっ!勇者様方が部屋を出次第姫様に声をおかけします!」


「ありがとう、クレア…。それでは、わたくしは…休ませて、もらい、ます。頼み、ました…よ。」


クレアの返事を聞いたオルトリーゼは今際の際のようなセリフをつぶやきながら意識を手放したのだった。




「朝食はどんな『料理』が出るのかしらね~。」


異世界で初めて迎える朝、勇者一行こと風香達は朝食を摂るため再び大食堂を訪れていた。

字面だけを見ればどんな料理が出るか楽しみ、という意味に聞こえなくもないが風香の調子は明らかに皮肉を含んでいる。


「風香、あまりそういうことを…。」


「わ~かってるって~。でもさ~。」


相変わらずの風香を玲奈が嗜めるが、玲奈にも思うところはあるようであまり強く言えずに途中で風香に遮られる。

こんな異常事態にそんな贅沢は言っていられないのは重々承知だ。だが元の世界においても『食』があわなければその地域に住み続けることが難しいということは珍しくなく、そこまで行かなくとも慣れるまでに体調を崩す、ということが起きる可能性は十分にあった。


「こればっかりは少しずつ慣れていくしかないでしょうね。」


「す、少なくとも私の作った料理よりは美味しい…気がします。」


灯と梢も考えの方向性は違うが同じ意見のようでそれぞれの思いを述べる。


「そういえば先生はお酒飲んでたみたいだけどどうだった?」


「ええ。種類としてはブランデーに分類されると思うんだけど…。悪い意味で古い感じのお酒だったわね。たぶん保存方法があまり良くないんだと思うわ。恐らくワインのような物もあるだろうけど期待薄ね。」


この中では唯一の――元の世界基準で――成人である灯は昨夜の食事では酒を飲んでいたのだが、ため息混じりに語る灯によって料理に引き続き酒に対しても微妙な評価が下される。

灯のがっかりした様子が気になった風香がさらに尋ねる。


「ブランデーって結構強いお酒よね?…先生って結構お酒好きなの?」


「教師は公務員ですけどお役所仕事というわけではないからそんなには飲む機会はないんだけど、教員同士の付き合いもあるから少しは飲むわね。嗜む程度、という奴よ。」


余談だが市役所に勤務する灯の友人は終業後に必ず飲みに連れ出されるため実質残業だとぼやくほどに飲みに行く頻度は高いらしい。


「へ~、そうなんだ~。私もちょ~っと飲んでみたいんだけど。後学のために。」


そんな灯の話に興味を持ったのか風香が酒を飲みたいと言い出す。

教師の前だというのに非常に大胆であるが風香のこうした発言はいつもの事であり『保護者』もいるため灯は口を出さない。


「ちょっと風香、お酒は二十歳になってから、よ。」


と、いつも通りに玲奈が風香を窘める。


「いやいやいや、玲奈だって家で少しくらい飲んだ事あるでしょ?しかもこんな状況なんだし固い事言わないでよ。」


風香の言うとおり普通高校生くらいにもなれば少しくらい酒類を飲んだことがあるだろう。

だが風香の保護者を務める玲奈には一部の隙もなかった。


「私は飲んだことなんてないけど?」


こう言われてしまってはさしもの風香も強くは出られない。


「あ~、うん、なんかごめん。でもちょっと飲んでみたくない?」


が、強くは出ないだけでまだ食い下がるのが風香の風香たる所以だ。

そんな風香に追い風が吹く。


「一応この世界では十五歳から成人らしいから酒も手巻きかキセルになるけどタバコもオーケーらしいぞ。」


四人に遅れ大食堂に入って来た唯人は昨晩の出来事を気にした風もなくいつもの調子で先のセリフを口にしながら四人に近づいてくる。


「唯人…。あ~、え~っと、なんだ、その、昨日は…」


昨晩の出来事の加害者とも言える風香が改めて慣れない謝罪しようとするがうまく言い出せずにしどろもどろになっているのを尻目に他の三人は手早く挨拶を済ませる。


「唯人君。おはよう。」

「唯人さん。おはようございます。」

「相澤君。おはよう」


「…オハヨ。」


その流れに出鼻をくじかれ謝罪する事をあきらめた風香はおざなりな挨拶になるが唯人は気にせず挨拶を返す。


「おはようみんな。ちゃんと眠れたか?」


「う~ん、まあそこそこ、ね。」

「さすがに熟睡はできなかったわね。」

「私もあんまり眠れなかったです。」

「そうね。心身ともにリラックス、というわけにはいかないかな。」


「そうか。まあ俺も一睡もしてないからなぁ。」


そんな唯人に対し心配し声を掛けようとする三人を遮るように風香が話を戻す。


「唯人の睡眠事情なんてどうでもいいんだけど。で?さっきの話はどこで、ってあの後聞いたのか。」


唯人は相変わらずの扱いに苦笑しつつ風香の質問に答える。


「風香の言うとおりあの後オルトリーゼのところで聞いたんだよ。ついでと言っちゃあなんなんだが俺は既に飲ませてもらった。確かに先生の言うとおり樽の素材が悪いのと保管の温度が悪いことで香りが良くなかったな。」


既に飲んでいることに加え、明らかに酒を飲み慣れている人間の言葉であり高校生の発言としては違和感があるが、そのあたりに誰も突っ込まないのはやはり異世界に来たというショックが一晩では抜けらなかったということなのだろう。


唯人がそんな事を考えていると、唯人に先を越された事に少し機嫌を悪くした風香は苦言を呈する。


「…この際あんたが抜け駆けして先に飲んだ事はいいとして、昨日の話を聞いて毒を盛られるとか考えなかったわけ?」


確かに昨日の話を重く受け止めていればそうやすやすと出された物を口にしないだろう。

自分達の心配を軽く見られているのかという疑念でさらに風香の機嫌は悪化していく。


「それなら大丈夫だよ。オルトリーゼが飲んだ奴を貰ったから。」


そこでさらに火に油。


「…それはつまりオルトリーゼが使ったグラスをそのまま使った、と?」


今のところ風香の表情に変化はないが水面下で着実に風香の機嫌は悪化していく。


「ああ、そうだ。さすがに女王が飲むものなら十分に毒味とかもされてると思うし。あ、この世界だと解毒の魔法みたいなのがあって、毒を取り除く事ができるらしい。そこから更に毒味されるから毒を盛られたとしてもそれほど心配ないってさ。」


一国の女王の使った食器をそのまま使うなど普通ありえない。

しかもこの場合その女王に毒味をさせたに等しい行為でありとてつもない不敬と言える。

だが風香にとっての要点はそこではない。


「うん。それはわかった。で、あんたは何一国の女王と酒を酌み交わしてるわけ?それも同じグラスで。」


「それは…。」


唯人が理由を説明したところでもう一人の話題の中心人物が大食堂に入ってくる。


「おはようございます。皆様。」


オルトリーゼは五人のそばまで静かに歩み寄り恭しく頭を下げる。


「おっは~。」

「「「おはようございます。」」」


風香はなんとも雑な、他の三人はきちんと挨拶をする。


「おはよう。どうだ?少しは眠れたか?」


唯人は朝の挨拶とともにオルトリーゼの体を気遣い、オルトリーゼもそれに答える。


「ええ。お気遣い頂きありがとうございます。」


「調子はどうだ?」


「まだ少し痛みがありますが問題ありません。」


「そうか。結構無理やり突っ込んだ形になったから心配したが…大丈夫そうだな。」


「はい。」


この一連の会話に風香たち四人に入り込む余地はなかった、と言うより驚きで言葉が出なかったと言うべきか。


「ちょ、ちょっと!?あんた達!?いったい何してたの!?」


やっとの事で口を挟む風香。

そしてそれに答える二人。


「あの後オルトリーゼのところまで行って日の出前くらいまで一緒に居たんだよ。」


「はい。唯人様はとても丁寧に指導して下さいましたがわたくしが至らぬばかりに少々強引にしていただくことになったので…。唯人様はそこを心配してくださったのです。」


高校生ともなればここまでの会話の流れで何があったのか想像する事は難しくない。

例えそれが誤解だったとしても含みを持たせるような発言をしたほうに非があるというものだ。


そしてそこまで聞いたことで風香の機嫌がマイナス方向に振り切れた。


「…そう。」


風香は俯きぎみに、まさに嵐の前という例えが相応しいほど静かに口にすると…。


「シッ!」


顔を上げると同時に一瞬で昨晩と同じ濃緑色のオーラを身に纏い、昨晩以上に鋭い蹴りを唯人目掛け放った。

さらに昨晩と違うのは唯人と風香の距離は蹴りが『直接』当たる距離ではないということだ。

だが風香の蹴りからは昨晩と同様に衝撃波が発生し唯人に襲い掛かる。

その衝撃波も昨晩は蹴りで発生した風圧のような物だったのに対し、今回は何かを蹴り飛ばしてくるといった感じに変わっていた。


「うおっ!」


そのな○しこジャパンも真っ青なシュートを横っ飛びするように回避した唯人はその勢いのままオルトリーゼをかばうような位置まで移動する。


「ちっ、外したか。」


外した事を本気で悔しがっている風香。

それに対し唯人は、


「いきなり何しやがる!」


そう文句を言いつつもオルトリーゼとコンタクトを取る。


(見たか?これが例の加護の力らしい。)

(はい。ですが…。)

(ああ。かなり正確にコントロールできているな。)


事実、例の衝撃波も昨晩と違うものになっているし、蹴り自体は鋭くなっていたものの威力はそれなりに抑えられていた。

さらに唯人(キーパー)が回避したため大食堂の(ゴールネット)を貫くと思われた衝撃波(ボール)は直前で消滅していたのだった。

推測ではあるが射程ではなく風香自身の意思によって消滅したと考えられ、風香は一夜にして加護の力をある程度はコントロールできるようになっていることをうかがわせる。


(どうやら風香『も』昨夜は自分の力を把握しようとしていたらしいな。)

(そのようですね。)


(といってもこんな物をバカスカ打ったらどんな影響あるかわからないしやめさせないとな。)


そう考えた唯人は昨晩と同じように他の皆にも協力を求める。


「皆も風香を止め…。」


そこまで言いかけた唯人だったが目の前に映る光景に冷や汗をかく事になる。


(…前言撤回。『風香も』じゃなくて『皆も』だった。)


玲奈は青色のオーラを纏いながら。


「唯人君。怒らないから何をしてたのか正直に話してくれるかしら?」


梢は褐色のオーラを纏いながら。


「わ、私も詳しい話が聞きたいですっ!」


灯は黄色のオーラを纏いながら。


「相澤君。不純異性交遊は校則違反ですよ?」


それぞれがすばらしい笑顔で唯人に詰め寄る。


「ちょ!何で皆まで!?おい、オルトリーゼ!ちゃんと説明してやれ!」


あまりの迫力にもう一人の当事者であるオルトリーゼに助けを求める。


が、当のオルトリーゼは


「ああっ。申し訳ありません。昨晩唯人様が寝かせてくださらなかったので眩暈が…。」


などと芝居がかった動きで唯人に撓垂れ掛る。

その勢いのまま唯人の耳に口を寄せると他の四人に聞こえないように小さくつぶやく。


(わたくしも一人の女として弄ばれたままでは終われません。)


「おいぃぃぃ!」


オルトリーゼの思わぬ裏切り、というか反撃に遭い心の叫びを口にする唯人。


「「「「た・だ・ひ・と/あ・い・ざ・わ(君/さん)~?」」」」


その声を合図にするように四人は唯人に襲い掛かるのだった。



また少し間が開いてしまいました。

さすがに3回も保存に失敗して本文が消えると心が折れます。



私事ですが7月より再就職いたしました。

前の会社より不定期ではあるものの休みは多くなると思うので以前より投稿が安定する…といいなぁ。

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