第15話 女王と異邦人の夜
唯人が再びオルトリーゼの私室を訪れると、湯上りのためかしっとりと髪を濡らし、僅かに上気した表情のオルトリーゼが待っていた。
その姿は男であれば思わず生唾を音を立て飲み込んでしまうであろう程にあまりにも艶やかなものであったのだが、そんなオルトリーゼの色気を歯牙にもかけず唯人は的外れな謝罪をする。
「悪かったな、思ったより早く来る事になって…。その様子だと風呂から上がったばかりか?ということは仮眠も取れてないだろうから明日はちょっとツライかも知れないぞ?」
「…いえ。わたくしも政務で徹夜する事も稀ではありませんのでお気遣いは無用です」
自ら主張するほどではないものの、自身の魅力に少しは自信を持っていたオルトリーゼであったが唯人の反応の悪さにやや落胆しつつ返答する。今回は相手が悪かったとしか言い様がない。
「そうか。ただ、体も動かす事になるだろうしキツイと思ったら早めに言ってくれ。明日からは本格的に皆のことを任せることになるからな」
「は、はい。体力にも少しは自信がありますがもしそのような事があればお言葉に甘えさせていただきます」
いよいよアレな方向に話が進み始め少々の動揺はあるものの唯人に提示された案にやや安堵する。
「ああ。では本題に入る前に報告する事がある。シェイラ」
唯人が声を掛けると天井裏よりシェイラが降りてくる。
「俺が報告するだけだと信憑性が薄いと思ってね。シェイラを証人にする形で報告させてもらう。いいか?」
「そういうことでしたか。承知しました」
そう応えるオルトリーゼ。それを確認し続いてシェイラも無言でうなずく。
「それではこちらにお掛けください」
そう言って唯人をソファへ掛けるよう促し、自身も対面のソファに優雅に腰掛ける。
シェイラは唯人のそばからオルトリーゼの後方へ移動し立ったまま控えている。
三人が位置に付いたところで唯人が口火を切る。
「まず、そうだな…。順を追って話すか。俺が皆に話したのは――」
そう言って風香の部屋での会話内容を共有する。
そこでの会話にはオルトリーゼから聞いた、という態で唯人の知識を話したこともあるのできちんと報告しておかないと情報の食い違いが起きるため細大漏らさず報告する。
しかしながらところどころでオルトリーゼも知り得ない知識などが頻繁に出てくるため、
「そんなことがあるのですか!?」
「勿論この世界ではどうなるかはわからないが、他の世界ではそうだった」
という会話が数度に渡り繰り返された。
そしてそういった、オルトリーゼが知らず唯人が他の異世界で得た知識は王家に伝わる古い文献や伝承、伝説によるものということで曖昧さを持たせるということで話を進める事になる。
「…と、皆と話した内容はこんなところか」
この時点で既に3時間ほどが経過していた。
ちなみに翻訳についても検証され時間や単位も変換され、動植物なども同様のものがあればその通りに、似ていれば○○のような~としっかりと通訳されているうえに、慣用句やことわざまで類似するものに変換されることがわかり面倒がなくて助かったといったところだ。
ただし、通貨は金貨や銀貨が流通しており単純に比較できないので「1万円」などと言っても反映されないようだ。
ちなみにこの国の一般的な通貨は
小銅貨
銅貨
大銅貨
銀貨
大銀貨
金貨
大金貨
白金貨
の順に10枚ずつ繰り上がっていく。
そして平民一人がこの国の平均的な生活水準で暮らしていくのに金貨1枚前後必要とのこと。
日本の価値観にそのまま合わせることはできないが――例えば日本での生活の様に水を文字通り湯水の如く使っていれば金貨1枚で生活などできない――何となく貨幣の価値は把握できるといったところだ。
1時間にも満たない会話内容を説明するのにこれほど時間がかかったのか?と思うかもしれないが、オルトリーゼの理解力が高かったおかげでこの程度で済んだ、というのが現実である。
「承知しました。では勇者様方にお話を振られた場合はそのように答える様に致します」
「ああ。で、そろそろ本題に、と行きたいところなんだが少々厄介な問題が発生した」
頭をかき、渋い顔をしながらそういう唯人にオルトリーゼは言い知れぬ不安を感じる。
先程の会話内容なども踏まえ唯人が自分の常識では計れない人物と改めて確信していたためそれほどの人物が『厄介』と言うほどの事象がどれほどか想像できなかったのである。
「それは、いったいどのような…?」
「風香の加護の力が本人の意思に関わらず発現したんだ」
そう切り出した唯人は事の顛末を報告する。
「おそらくは単純に力の扱い方がわかっていないことに加え、感情の高ぶりからおきた事だとは思うが、そういったものをコントロールできないと必ず後悔する事になる。今回吹き飛ばされたのが俺だったから問題ないが他の皆だったらきっと風香自身も傷ついたに違いない」
そう断言する唯人だがオルトリーゼは僅かな違和感を感じ唯人に進言する。
「仰る事は理解いたしましたがその様子では風香様は唯人様を傷付けてしまいそうになったことを悔いているのでは?」
それは率直な意見、と言うか傍から見ていたり、話を伝え聞いた感じではどう考えてもそうとしか見えないのだが唯人の感性は一味違う。
「いや、それはあくまで自分が加護の力なんていう非常識な力を発揮してしまった事に対するショック症状みたいなものだろう。初めての、特に衝撃的な体験をしたときにそうなる事は別に珍しい事じゃない」
そう平然と言ってのける唯人に対し、オルトリーゼは少しずつ相澤唯人という人物の分析を進めていく。
(実際に見た所作や知識などから頭はキレるしこの塔に侵入したりシェイラを倒したことから身体能力は一級である事がわかってます。さらには容姿も元の世界ではどうなのか知ることはできないですが国内外の有力者が整えた見目麗しい男性陣でも太刀打ちできないほど。
しかし…自分に対する評価が低いと言うべきか、それ以上に自分自身のことを嫌悪している、という印象を受けますね)
ただこれ以上の推測は無理と判断し自分の中での唯人の評価を一旦区切り、問題に対する対応について協議しようと話を向ける。
「そうでしょうか?いずれにしろその力の使い方を覚えていっていただかなくてはならないでしょうね」
「ああ、こればっかりは皆で覚えてもらう他ないな。神の加護なんてどんなものかわからないし」
「ええ、わたくしなどには想像する事すら叶いません。現状では場所の提供、というのが無難なところでしょうか?」
「そうだな。風香なんかはアレで、…いや、あの通りとんでもない才能の塊みたいなもんだからな。他の3人も秀でている部分があるし環境さえ整えておけば自分に宿った力くらいならすぐに思うようにするだろう」
「そういうことでしたらもともと勇者様方の訓練用に軍の訓練施設及び闘技場を開放する予定でしたから加護の力についてもそこを使っていただきましょう」
そう言ったオルトリーゼの言葉に興味をもったのか唯人が反応を示す。
「訓練施設に闘技場、か。それって今から見に行く事はできるか?」
「はい。本日は夜間訓練などの予定も入っていませんし自主訓練も申請が出ていなければ使用者もいないはずです。…シェイラ」
「本日は外の訓練施設及び闘技場は誰も使用申請は出しておりません」
オルトリーゼの呼びかけに応え、間髪いれずにスケジュールの報告をするシェイラ。
「と言う事ですので誰も使用者はいませんが、訓練を見たい、という訳ではないのですよね?」
唯人の様子から訓練の様子を見学したい、と言うのが目的でないと察したオルトリーゼは唯人の目的を尋ねる。
「まあね。やってたらやってたで見る価値はあるだろうけどとりあえず皆が使う施設は一通り見ておきたいんだ。過保護だと思われるかもしれないけど、ね」
そう言って自嘲気味に笑いつつオルトリーゼの質問に答える。
「それにここに来た本来の目的もそっちのほうが都合がいいんだ。ここだと確実に部屋が酷い事になりそうだし。女王陛下殿の休息の場をむやみに汚すわけにもいかないだろ?」
そうおどけた調子で、しかしながら鋭い目つきでオルトリーゼを見やる唯人にかろうじて平静を保ちつつ感謝の意を示す。
「…お気遣い頂き感謝いたします。それではこれよりご案内いたします」
部屋を汚すだの酷い事になるだの、いったい何をしようというのか?
真面目な話し合いをしていたせいですっかり頭から抜け落ちていた、いや、追い出していた『万が一』を想起してしまうもののオルトリーゼにはそのあたりの想像が付かないのだ。
「せっかくだからシェイラにも一緒に来てもらう。クレアは…いろいろ面倒そうだしやめておこう」
「シェイラも一緒に、ですか?」
「ああ、さっき軽く一戦交えたときに思うところもあってね」
「そう、ですか。シェイラ、よろしいですか?」
もし『万が一』ならば臣下を巻き込みたくはないのだがこの提案を跳ね除ける危険を考えると少なくともシェイラに要請するくらいはしなければならない。
あとは本人が拒否してくれればいくらでも手の打ちようはあるのだが…。
「はい。問題ありません」
シェイラはあっさりそう答える。
そうなってしまえばオルトリーゼにできることは何もない。
せいぜい『万が一』の時に彼を自身に釘付けにしておくくらいか。
そう、諦めにも似た決意をし唯人を案内するべく立ち上がる。
「…それでは向かいましょう」
気持ちと足取りが重くなるのを隠しつつオルトリーゼは歩き始める。
冷静に考えれば訓練施設と闘技場で臣下と一緒に『万が一』なんてそうそうあることではないとわかるはずだが、1年前のマリシスの襲撃や勇者の召喚、極めつけにこの『異常』な男のせいで、さしものオルトリーゼもさすがに余裕がなく、様々な可能性を考慮しようとするばかりに普通ならあり得ないことにまで対策しようとするくらいには動揺してしまっていた。
もちろん彼女が考慮した『万が一』など起こることはなかったが、その先では彼女の想像を遥かに上回る苦難が待っているのであった。
読んで頂きありがとうございます。
話を早く進めたいあまり、雑になっているという自覚はあります。
ご指摘があれば即座に、なければおいおい修正していきます。
ご意見ご感想お待ちしております。




