第14話 月下の会談 4
短い話を書くはずがなぜか長く…。
十四話掲載と同時に十一話から十三話のサブタイトルを修正しました。
クレアが向かったオルトリーゼの私室からはなにやら激しい物音やクレアの大声が聞こえてくる。
「なんか…賑やかだな」
思わず笑ってしまいオルトリーゼに話しかける唯人。
「お恥ずかしい限りです」
「いやいや、責めてるわけじゃない。むしろ良いじゃないかって言う意味で言ったんだよ」
「そう言って頂けると助かります」
先程とは打って変わって和やかに会話する二人。
しかしその空気を打ち破るようにクレアが部屋から飛び出してくる。
「姫様!!」
その勢いのまま唯人からオルトリーゼを守るように位置取る。
「姫様!ご無事ですか!?」
唯人への警戒心をむき出しにしたまま主の無事を確認するクレア。
そのまさに鬼気迫る、と言った様子にさしものオルトリーゼも困惑した様子だ。
「少し落ち着きなさい。いったいどうしたのです?先程から大きな声を出していたようでしたが」
まずはクレアを落ち着けようと声を掛けるがクレアは興奮した様子で続ける。
「ひm、いえ、陛下!この男はとんでもない好色漢です!」
「なんか酷い言われようなんだけど!」
好色漢などという不名誉な称号を頂き不満を声にする唯人。
クレアのあまりの言い様にオルトリーゼも少しばかり声が大きくなる。
「クレア!失礼でしょう!?唯人様申し訳ありません」
オルトリーゼが唯人に謝罪をするがクレアは止まらない。
目の前の男の罪状を主に報告するために。
そしてその内容がクレアの口から明かされる。
「し、しかし!シェイラがその男に、ご、強姦されたのです!」
「………はぁ?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまう唯人だったがすぐに考えを改める。
(いや、一瞬理解が追いつかなかったがあながち間違ってないのか?)
「…唯人様?」
そんな事を考えているとオルトリーゼがこちらを睨む、とまでは行かないが少々不審な人物を見るような目で見つめてくる。
(オルトリーゼとの後々の関係を考えると下手に攻撃するのはよくないと思って対応をしくじったかな…。結局気絶させることになったし…。かと言って魔法とかはこの世界での検証がまだ十分じゃないからあの場では使いづらかったわけで…)
つまりは皆のことを気にしすぎて先走った唯人のミスである。
そんな反省をしているある意味絶体絶命の唯人に思わぬところから救いの手が伸びる。
「全部クレアの早とちり」
その場にいる全員が声のしたほうに目を向けるとそこには相変わらず闇夜に溶け込むような黒い衣装に身を包んだシェイラの姿があった。
「シェイラ!唯人様から生きてはいると聞いていましたが、無事な姿を見て安心しました」
「ご心配、おかけしました」
そう答えるシェイラは主人の前だからだろうか、先程会ったときと違い頭と顔を覆っていた布をはずしている。
布に押さえられていたためか、藍色の短めの髪は後ろのほうへ流されていたり所々跳ねたりしている。
先程とは違い顔全体が露出しているものの相変わらずその表情から感情を読み取る事は難しい。
とりあえずさっきの事を謝ろうと唯人から声を掛ける。
「あ~、シェイラ、だったな。さっきは悪かったな。怪我は無いか?」
「ん、問題ない」
唯人に短く答えると、
「強いていうなら乙女の純情を傷付けられた」
戻り始めていた空気を再び凍りつかせた。
「……唯人様?」
再び、オルトリーゼの冷たい視線が唯人へ向けられる。
「シェイラがそう言う以上100%誤解だと言い切れないが…」
そう嘆く唯人にシェイラは
「でもまあそれは後々責任を取ってもらうとして――」
さらっと怖い事を言いつつ
「先程の話ですが…、私にも話を聞かせていただけるのですね?」
脇道へ逸れていた話を軌道修正した。
唯人も話が早く進む事に異論はないためとりあえず今の発言に対しては言及しない。
クレアはまた何か言いたそうにしているがオルトリーゼが話し始めたので口をつぐんだようだ。
「ええ。唯人様もそれを望んでおられるようですし、わたくしとしてもあなたに聞いてほしいと考えています」
「承知しました」
「クレアは静かに聴くようお願いしますね」
シェイラの返事を聞くと先程から落ち着きのないクレアに釘を刺す。
「は、はい…」
主に己の至らなさを指摘され叱られた犬のようになっているクレアをよそに、オルトリーゼはいよいよ本題へと入るのだった。
ようやく静かになったクレアともともと静かなシェイラを左右に侍らせ、正面に立つ唯人を見つめながらオルトリーゼは会話の口火を切る。
「まずわたくし達の共通の認識として唯人様は、…これはあくまでわたくし達の感覚での話ですが常人ではないと思っております。理由は幾つかありますが――、一つは召喚の間や食堂での立ち居振る舞い。これは先程話していたのをお聞きになっていたでしょうし確認の必要はありませんね。シェイラは…」
先程まで姿を見せていなかったシェイラに確認を取る。
「聞いていました」
その返事にうなずき話を続ける。
「次は今この場所にいると言う事です。この場所はこの国で最も警備が厳重な場所のひとつです。この塔はわたくしの私室があるため警備を含め女性しかいないということを差し引いてもここよりも警備が厳重な場所はありません。同程度の場所ならありますが…。それにシェイラをあっさりと倒すなど常人にされては困ってしまいます」
少し呆れたようなニュアンスを含みつつ話すオルトリーゼ。
その中に気になる点があった唯人は確認のために口を挟む。
「やっぱり男が入ったらまずかったかな?」
ある意味当たり前のことを尋ねる唯人。
「当たり前だっ!いや、そもそも女でも貴様の様に侵入するなど許されん!ましてや男は陛下の夫君となる方以外入ってはならないのだぞ!」
すかさずクレアが噛み付いてくる。
その中に嫌なフレーズを聞いた唯人は恐る恐ると言った風情で更に尋ねる。
「…入った以上オルトリーゼと結婚しろ、なんてことは…?」
過去の苦い思い出がよみがえる。
その時は『お前が侵入したせいで私の純潔が損なわれたぞ、どうしてくれる!責任取れ!』みたいなことを言われほとほと参ってしまった、ということがあったのだ。
――唯人は知らぬことだが実際はそれを方便にして唯人と結ばれようとしただけなのであったが――
「あ、あるかっ!!もしそうだとしたら国中、いや世界中の男達がこの城に押し寄せてくるわ!」
確かにオルトリーゼほどの才色兼備の女性と王族と言う立場が手に入るとなれば命がけでここへの侵入を企む者が多数出る事は想像に難くない。
「そりゃ良かった」
だが唯人は心底良かったという気持ちを口以外にも全身からあふれ出させている。
「あら、振られてしまいましたね」
そんな唯人の様子を見て苦笑交じりにオルトリーゼが軽口をたたく。
「いや、そうじゃなくて…。あ~、それで他には何か問題あるのか?」
相手に好意的な感情が無いにしてもああもあからさまに嫌がるのは失礼だったかと思い話題をそらす。
「?いえ、他にはありません」
その返事を聞き少し安心する。よく考えればこのタイミングで『そりゃ良かった』と言えばよかったのでは?などと考えつつ質問の意図を説明する。
「そうか。いや、例えば男がその場所や物に入ったり触ったりすると何かの封印が解けるとかそういうやばいのじゃなくて良かったな、と。一応確認したつもりだけど気づけない可能性もあるし」
その手の封印があっても大体気付けるはずだが――違う世界に行く度気をつけなければならないことではあるが――この世界では唯人が気づけない物もあるかもしれない。
「そんなものがあるのですか?」
どうやらオルトリーゼにはそういった封印のような物には心当たりがないようだ。
「まあ、ね。おっと悪い、余計な事聞いて話がそれちゃったな」
気になることを聞けて満足したが話を脱線させてしまった事を謝罪する。
「構いません。また何か気になる事があるようでしたらどうぞ仰ってください」
それでは続けますね。と一言添えるとオルトリーゼは話を再開する。
「もしかしたら唯人様の世界ではそれくらい普通、と言う可能性もあるかもしれませんが勇者様たちの話や様子から鑑みるとその可能性も低い。となれば唯人様が特別という事になると思います。そして――」
そして本人が先程漏らした言葉から唯人がどのような存在かについて核心に迫る。
「――先程『今回は』と仰られました。もしかして唯人様は以前にこの世界に来た事があるのではないでしょうか?」
唯人はわざと漏らした言葉をオルトリーゼがちゃんと拾っていた事に満足してニヤリと笑い、少し間違っている部分を修正する。
「いや、初めてだよ。『この世界』、はね」
「では…」
くどくど説明しなくてもオルトリーゼには伝わっているようだが一応明言しておく。
「他の世界になら何回か、ね。おかげでこんな芸当もできるようになったってわけだよ」
しかしながら微妙に嘘を交える。確かに異世界を回って得るものはあったがこの場所に潜入する程度のことは以前からできた事だ。
「そんな事が…」
自分の予想以上に唯人が異常な存在と知り驚愕するオルトリーゼ。
そんなオルトリーゼを気にした風もなく軽い調子で話を続ける唯人。
「ああ、だから少なくとも今の段階では皆より役に立つと思うよ」
軽く言ってはいるが客観的に自分の力を分析した結果である。
加護の力は強力なようだが――どんな物にも言える事だが――使いこなせなければ意味がない。
唯人の今までの経験による慣れや知識などを考えれば現時点では彼の方が使えるのは間違いない。
「でしたらぜひご協力いただきたいのですが。もちろん唯人様さえよろしければ…」
答えは分かっているようだが依頼と言う形で確認を取るオルトリーゼ。
「もともとそのつもりだよ。ただそのためにはさっき言ってた『俺の事をみんなに聞く』って言うのをやめてもらわなきゃならなかったわけでこうして出てきたんだよ」
「では勇者様達は…」
「ああ。気付いていない。ちょっと変な奴、くらいには思ってるらしいけどね」
つい数時間前のことを思い出す。
風香に指摘された事は間違っていない。
故に否定はしなかった。しかし間違ってはいないのだが実際はもっと、通常では考えられないほどの異常さであり奇妙な罪悪感が胸の中を渦巻いている。
「だから俺が協力するにあたって俺の事をばらさないことが前提条件だ」
そして、皆の覚悟を目の当たりにしてなお、自らの秘密を明かす覚悟を持てない自分に対する嫌悪感が加わり二重螺旋の様になり胸を圧迫しているが、そういった感情を無視するようにスラスラと自分を守るための言葉が出てきてしまう。
「…まだ正式に協力すると言う話になっていないのに話してしまってよろしかったのですか?」
「ああ」
実は仮に皆に唯人が異世界に何度も行った事があると言う事がばれても今となってはそれほど痛くはない。
昨日までなら皆にとって異世界なんて物は空想上の産物で非常に胡散臭い物であっただろうが、皆も実際に異世界に飛ばされているため仮に唯人が何度か異世界に行っているとしてもそこまで変に思わないだろう。
「異世界に来た時点でなんで言わなかった?」くらいは言われるかもしれないが「皆を巻き込んだかもしれないと思って言い出しにくかった」とでも言えば納得してもらえると思っている、というかこれは本音の一部でもある。
そして唯人が最も知られたくないことは異世界に行くようになる『以前』にあるのだが、先程のちょっとした嘘で唯人の異常さがバレても『異世界に行ったせい』という事になるため予防線としては十分だと考えている。
しかしそんな事を知るはずもないオルトリーゼにも納得の行くような理由も用意してある。
「もし、バレそうになったらどんな手を使ってでも強引にもとの世界に帰るさ」
「送還の魔法もご存知なのですか!?」
「いや、…まあ知らなくはないんだけど帰る方法は世界によって違うから他の方法は流用できないんだよ。だが召喚された時に言ってた事が本当なら帰る方法は確実にある」
あれは二回目に異世界に行った時だった。
初めて飛ばされたときとは違い今回の様に正式に召喚されたため一応世界を救ってその後に前と同じ方法で帰ろうとしたら全然関係ない別の世界へ飛ばされたのだ。
その後に何度か実験した結果、もとの世界に帰るためにはその世界毎に戻る方法を探す必要があることが分かった。
少し乱暴な例えになるが、アナログの時計をイメージして欲しい。仮に12から2に移動できる術があるとしよう。それと同じ方法を3で使ったら2ではなく5に移動してしまうといった感じだろうか。
つまり指定した世界に移動するのではなく、その場所から一定の位置――といって良いのかは分からないが――にある世界に移動してしまうという事なのだ。
今回のように召喚された場合はその術に対応した送還術があるのが普通で――無かったとしても召喚術をもとに作ることが可能なうえ元の世界との位置関係も解析できる――この世界にもあるようだが、今回は失敗していると言っても良いので安全策をとるならばこの世界と元の世界の位置関係の様な物を把握し対応する術を探すなり作るなりしなくてはならない。
だが今回は別のアプローチができる可能性がある。
あくまで可能性でありこの案を提示する理由は別にあるのだが。
元の世界に帰る方法があると断言する唯人に息をのむオルトリーゼたちに唯人はその方法を告げる。
「言ったよな。『彼らはこの世界を滅ぼし、他の世界を侵略するための橋頭堡とするため幾度も侵攻を繰り返してきているのです』ってな。つまり、少なくともマリシス側には他の世界へ自由に行き来する方法があるってことだろ?」
「「「!!!」」」
三人の目が驚愕に見開かれる。
今回ばかりはあまり動揺を見せないオルトリーゼも、感情を見せないシェイラからも驚きと警戒の色が伺える。クレアについては言わずもがな、だ。
「そんなに警戒しないでくれ。あくまで最後の、いや、手段の一つってところかな。どんな方法かわからないから正直そこまで当てにしてないしね。だから俺は帰る方法を探しに行こうかと思ってる。ああ、でも皆と約束したようにちゃんとオルトリーゼ達も探してくれよ?」
実際どういう方法か分からないため当てにはできない。自由に行き来できるなどと言ったがそんな確証もない。ランダムに別の世界に飛ぶだけかもしれないし下手をすればマリシスの『悪意』とやらを飛ばす事ができるだけなのかもしれないのだ。
ついでに言うと唯人はそれはもう世の中の様々な分野の悪人を見てきているので――唯人にとってその筆頭は自分自身である――そいつらの悪意が集まったような奴らが素直にそんな方法を教えるとは思えないというのもある。
なのでこの案を提示したのはほとんど脅しであり、相手の怠慢を許さないための予防線なのだ。
「それは勿論ですが…」
帰る方法を探すのは当然だがそれが見つかってすぐ帰られては本末転倒である。
召喚の場では『無理強いするつもりはない』などと言ったものの、彼女たちの人となりや協力してくれるという心根、そして目の前のこの男…。
手放すのは惜しいと考えるのは王として当然である。
そう考え言いよどむオルトリーゼの懸念を汲み取りフォローを入れる。
「心配しなくても皆がやるって言ってる以上帰る方法が見つかったらすぐ帰るなんてことにはならないさ。ちゃんと自分の言った事に責任を持つ奴らだから…。ただもしみんなの手に負えないようなら俺が何とかするつもりだ」
手に負えなくなってようやく手を出す、と言うなんとも自分勝手な発言だが唯人としてはこれでも頑張っていると言える。
唯人の中の合理的な部分が『この世界を救うために正体がばれるリスクを負う必要はない』と訴えてくるのを押さえて『この世界も救いつつ皆を無事に帰す』という妥協案を出しているのだ。
勿論それは唯人の中では、というだけの話であってそんな唯人の消極的な意見を聞いて不満を持ったのかクレアが実に尤もな意見を挙げる。
「そ、そんなに余裕があるならお前がさっさとマリシスを滅ぼせば良いじゃないか!そうすれば彼女達、勇者様たちも無理して戦う必要もないだろう!?」
「確かにその通りだな」
さも、そんな事簡単にできますよと言わんばかりに答える唯人。
実際できるかはやってみなければわからないが、できるとしても前述の理由で積極的に戦う気はない。
そして唯人が積極的に戦おうとしないのは秘密がばれないため以外にもある。
「けど、例えば仮に皆が何もせずに帰ったとして次はどうなる?」
「…次?」
次と聞いて三人が首をかしげる。
「自分で言うのもなんだが…
今回は俺がいて良かった。
皆が一緒で良かった。
オルトリーゼ達もそれなりに良い待遇で迎えてくれたから良かった。
加護なんて都合の良い力を手にできたからよかった――」
そう言っていかに今回が幸運だったかを語り、
「――けど次はどうなるか分からない」
次の可能性について言及する。
「皆がそうなるかは分からないけどさっきも言ったように俺はもう何度も他の世界に飛ばされてる。皆もそうなる可能性がある以上ここでできる限りのことをしておくべきだと思わないか?」
三人の考えがここまで及ばなかったのは仕方がないといえる。
普通に考えて異世界に召喚されるだけでも異常な事なのにそれが二度三度とあると考える方がどうかしている。
「し、しかし…」
クレアが回答を渋る。
仮に唯人がマリシスを滅ぼせるとしたなら、無理に彼女達が戦う必要はない。
この世界の人間にとって皆はあくまでマリシスを倒すために呼び出されたのであって他の方法でもその目的を達成できるのであればそれはそれで構わない。
だがそれをせずに自分たちの世界の命運を掛けて皆のトレーニングをしろと言われているようなものだ。
そして正直に言えば彼女達のその後より今のこの世界のほうが重要なのだ。ただ自分達で呼び出した手前それをはっきりと口にできないのだが。
「言いたい事は分かるけどね。けどもし皆がこれからも他の世界に飛ばされる事になるとしたら間接的にオルトリーゼ達が他の世界を救うってことだろ?」
また微妙に話がそれる。
しかし三人はそれがとんでもないキラーパスの前兆であるとこの短時間で本能的に把握していた。
――ちなみにこのキラーパスの師匠は風香であり唯人はまだその足元にも及ばないレベルである――
「これも最初に言ってたよな。マリシスは他の世界に侵攻するって。風香の言ったように俺たちに『無関係じゃない』という意図で言ったかどうかはこの際置いておいて、そうやって他の世界の危険をダシにするような発言をした以上、他の世界を救うための協力はするべきじゃないか?」
「…確かに唯人様の仰るとおりです」
見事に揚げ足を取られる事となり素直に認めるオルトリーゼ。
当然否定する事もできるのだろうが上に立つ者がそのようなみっともない事をするのを嫌ったようだ。
「ま、実際皆も同じようにまた別の世界に行くかなんてわからないしあんまり深く考えないで予定通り皆を鍛えてくれれば良い。偉そうな事言ったけど全然俺じゃ手に負えないって可能性もあるしね。あくまでおまけみたいなものだと思ってくれ」
何かが増えた事でやりづらくなったときは最初から無かった事にして進めるのも一つの手ではある。
唯人の場合おまけメインの食玩のような気もしなくはないが…。
「わかりました」
オルトリーゼは軽く礼をして応えると結論を求めるように唯人に問いかける。
「それで――」
そこで一旦言葉を区切り、笑みを浮かべ言葉を続ける。
「わたくし達は唯人様の御眼鏡にかないましたか?」
その笑みは先程までの穏やかな微笑とは違う含みを持ったというか腹に一物持つ者が浮かべる笑みである。つまりは唯人と同じような笑みである。
それを受けて再びニヤリと笑う唯人。
「ああ、とりあえず、ね」
「いったいどういうことです?」
相変わらず状況に頭が追いついていない様子のクレア。
その様子を見て今まで黙って聞いていたシェイラとオルトリーゼが解説する。
「この人は私達が使えるか、信用できるかを確かめてた」
「先程わたくしが唯人様に試したかを尋ねましたがそれはまだ継続していた、と言う事です」
「そ、そういえば」
ようやく頭が追いついたようである。
「まあね。世の中ろくでもない奴ってのはいるもんで例えば、自分で呼び出しておいて何の加護も得ていない分かるとをさっさと放り出すくらいならまだ良いほうで奴隷にしようとしたり殺そうとすることだってある。今回のシチュエーションだと俺を人質にして彼女達に戦いを強要するとかかな。今の状況なら逆に彼女達を人質に俺に戦わせようとするとかしてくるわけだよ」
自身の経験とそこからの予想を話す唯人。
その内容は生真面目なクレアには受け入れられない物のようですぐさま反論してくる。
「陛下がそのような外道の真似事などするはずがない!」
「別にオルトリーゼがやるっていってるわけじゃない。…けど考えるくらいはしただろう?」
そう言って視線をオルトリーゼに向ける。
「…」
そこには無言で肯定の意を示すオルトリーゼの苦い顔。
実際彼女の脳裏には唯人の言うようなことがいくつか浮かびすぐさま破棄されていた。
唯人からの糾弾を覚悟した様子のオルトリーゼだったが唯人が次に発したのは意外にも肯定的な意見であった。
「それが大事なんだよ。考え付くけどしないってことが。やるような奴は勿論、そういうことを考え付かないお人好しや思慮の浅い人間でも困るってこと」
それを聞き安堵の息を漏らすオルトリーゼ。
「普段ならそこまで気にしないんだけど今回は俺がいない間皆を預けられる程度には信用できる相手が欲しかったからね。もう少しゆっくり判断したかったんだけど流れでこうなったって感じかな」
当初の予定では二、三日は様子を見たいと思っていたのだが、まさか初日から面と向かって話す事になるとは思っても見なかったというのが正直なところだ。
逆に言えばそのおかげで皆に秘密がばれる可能性も潰せた上早い段階で互いに協力する約束が取り付けられると考えれば結果的に良かったと言えなくもない。
「それでは…」
「オルトリーゼはちょっと賢すぎて怖い気もするけど信用するよ」
「ありがとうございます」
そう言って笑いあう二人は傍から見るとなにやら悪巧みをしているかのようである。
そしてそのあくどい企みは商談の様に条件の提示へと移っていく。
「こちらからの条件は幾つかあるがまずはさっきも言ったように俺のことをみんなに知られないこと。当然だけど他の奴に話してそこから皆に知られるってのも困るから誰にも話さない、話すなら俺に相談してからって言い換えても良いかな。あとみんなは俺を元の世界に帰すつもりだから適当に理由をつけて帰れないことにしてくれるか?」
「承知しております。送還の件については準備に時間がかかることに致しましょう。恥ずかしながら先の召喚も完全に成功したわけではありませんし安全面を押し出せば納得していただけるでしょう」
「そういうのがスラスラ出てくるのを聞くと安心感と不安感が両方増えていくな」
「お褒めに預かり光栄です」
呆れたような笑みを向ける唯人を涼しい顔で受け流すオルトリーゼ。
いよいよ本格的に「おぬしも悪よのぅ」とか言い出しそうな雰囲気である。
「次に皆の安全だ。これは戦いに出すなって言ってるんじゃなくて立場的な意味の安全だ。今の状況なら問題ないけどそのうち皆の事を邪魔だとか利用しようと思い始める奴が出てくるだろ。心当たりあるんじゃないか?」
「…はい」
己の不甲斐なさを僅かながら表情に出してしまうオルトリーゼ。
王族として自分の本心を外に出さないよう勤めてきたが唯人を協力者と認めたのか、隠しても無駄だと悟ったのか、やや素に近い自分で接してしまっているようだ。
「そんなに気にしないでくれ。さっき言った様にどこにでもいるんだよ、そういう奴は。だからそいつらから皆を守って欲しいってことだな」
そんな慰めも心地よく感じたようで、気を取り直しはっきりと返答する。
「わかりました。お任せください」
「後これは皆の意思によるんだけどできれば人殺しの類は避けてもらいたいな」
「ええ、少なくとも無理強いするような事はいたしません。マリシスも姿形は人と言えなくもないですがその姿を見れば人などと思う事はないでしょう」
それを聞き皆の事ばかり気にしていて肝心な事に言及していない事に気付く。
「ん?オルトリーゼはマリシスを見た事があるのか。そういえばそのマリシスについては全然聞いてなかったな。そのあたりも含めた情報の提供も条件に含めたいけど大丈夫か?」
「はい。当然のことです。問題ありません」
「後は…」
そうして次に条件に移ろうとしたところでまたもクレアから文句が飛んでくる。
「おい、ちょっと条件が多すぎないか?」
「いやそうでもないだろ?最初の俺の事を知られないってこと以外はもともとするつもりだっただろうし」
自分の考えを確認するためオルトリーゼに話を振る。
クレアも『そうなのですか?』といった感じで視線をオルトリーゼに向けている。
「はい。それにこれはわたくしの勘、の様な物ですが唯人様の協力があればマリシスの脅威を打ち破る事ができる気がするのです。ですのでわたくしにできることであればどんな事でもさせていただきます」
その言葉を聞き唯人の目が怪しく歪められた事に三人は気付かない。
「…ん?じゃあさっきの続きだけどシェイラを俺の監視兼連絡係として付けてもらいたい。シェイラはいわゆる隠密だろ?できるだけ目立たないようにしたいからこの城にいる間だけでも頼みたい」
「これももともとそのつもりでしたので問題ありません。シェイラ」
「了解」
短い言葉で意思の疎通をする主従。
クレアもこのくらい簡単にいけばと唯人は思うが実はオルトリーゼも多少ではあるが思っている事だ。
だがクレアのまっすぐな部分も得がたい物だと思っているため不満に思ったりはしていない。
「ですがここを出られた後連絡についてはどうされるのですか?」
「これはちょっと心当たりと言うか試したい事があるからまた後で考える」
その事に限らず試したいことは山ほどある。特に魔法の類だ。
この世界においてどの魔法が使えてどの魔法が使えないのかそういったことをしっかり把握しておかなければいざというとき魔法が不発、なんて事も起こりうる。
そういった懸念は速めに拭い去るに限る。
実際これを怠って一足飛びにここに来たためシェイラを昏倒させることになったのである。
そう考えた唯人はできるだけ早く確認を取る事に決めた。
「で、最後なんだが…。さっきなんでも…じゃなくてどんな事でもするって言ったよな」
そして最後の条件を提示する。
今までとは違い明らかに唯人から怪しい空気が放たれている。
「…はい」
その空気を感じ取ったオルトリーゼもやや重い調子で応える。
「じゃあ今夜一晩付き合ってもらうぞ」
オルトリーゼも妙齢の女性だ。『何にですか?』などと無粋な事を聞いたりはしない。
だがそんな無粋な事を聞く物が一人。
「き、貴様何をする気だ!」
クレアである。無粋だ何だというより臣下として当然ともいえるところではあるが。
「何をって、お勉強、かな?それに国主が安易に『どんな事でもする』なんて言うもんじゃない。そのあたりを身をもって知ることになるだろうしね」
唯人のふざけた返答に――本人は至って真面目に答えているのだが――憤るクレア。
「陛下、このような条件呑む必要は――「わかりました」っ!陛下!?」
しかしオルトリーゼがその言葉を遮る。
「確かに唯人様の仰る通り安易な発言ではありました。ですがその言葉に偽りはありません。ですからその条件もお受けいたします」
オルトリーゼは覚悟を決めたと分かる神妙な顔で正面から唯人を見つめ条件を承諾する。
「へぇ。結構大変だと思うけど、…後悔するなよ?」
「問題ありません」
オルトリーゼが即決するのに感心した唯人だったが風香の決めた集合時間が迫っている事に気づき話を打ち切ることにする。
「おっと、そろそろ風香の部屋に行かないとな。シェイラ、悪いけど目立たないように天井裏あたりで監視してもらえるか」
「…了解」
シェイラも色々と言いたい事がありそうな顔をしているような気もしたが与えられた任務をこなす事を優先したようだ。
「じゃあ後でまたシェイラを通して連絡する。今夜は寝かさないつもりだから仮眠でも取っといてくれ」
「…はい。お待ちしております」
そう言い残すと唯人はオルトリーゼの部屋から堂々と出て行きシェイラも天井裏へ消えていった。
残された二人も室内へと戻る。
部屋に戻ってからもクレアが延々とオルトリーゼに考え直すように言っている。
しかし当のオルトリーゼは目を閉じて考え事をしているようで完全に右から左といった様子だったが寸刻の後、意を決したように目を見開くと唯人を受け入れる準備をするべく動き出すのであった。
皆さんお分かりだとは思いますがこのまま18禁な話に…なんてことはありません。
案自体はありますが確実にノクターン行きでしょうね…。




