06 前編
お久しぶりです。今年最後の投稿納めです。
股がスースーしないだけでこの安心感!!
キュロットとはなんて素晴らしいものだろう。待ち合わせ場所に向かう足取りも、心なしか軽くなるほど私は感動していた。
これは親父殿に報告せねばなるまい。宴会芸で女装する際は、是非ともスカートではなくキュロットを推してもらおう。去年の忘年会では、上司命令で若手男性社員と女装してAKB48を歌って躍ったそうだ。南無三。
そんなお馬鹿なことを考えているうちに、待ち合わせ先にある大きな時計が見えてきた。多くの人がそこを利用するだけあって、人込みはとても激しい。
携帯を取り出して時間を確認すると、ちょうど五分前に到着できた。よし、時間厳守だ。
ざっと周囲を見渡して嫁を探す。同じく時間には正確な相棒の姿は見えず、おかしいなと疑問に思う。
おかしいと言えば、時計横の噴水側にできている人だかりもそうだ。大道芸特有の騒がしさは聞こえないし、試供品を配布している訳でもなさそうな。変だなと考えたところで何かが脳裏に引っかかる。
急いで携帯を取りだし、メール作成画面へと指を滑らせた。
《To:嫁
title:報告せよ
本文:本日の武装と周囲の情報を至急よろ》
送信してから、意を決して人だかりへと向かう。
主に妙齢の女性で構成されたバリケードは思ったよりも厚く、中心からは距離を置いて張られているのか、隙間から覗いた限りでは男性らしき影が一人俯いて携帯を操作していたのが見えただけ。帽子を被っていたので、顔の確認はできず仕舞いだった。
嫌な勘ほど外れないと人は言う。全くもってその通りなのだが。一抹の希望にかけて、メールの着信を知らせた携帯を開いた。
《From:嫁
title:報告します
本文:敵兵多数確認。武装は基本モノクロトーンで、メインウェポンは黒帽子と紫ストールなり。そちらの状況を求む》
画面を見て、隙間から覗いて、また画面を見て、隙間から再度覗く。
どう見ても赤信号です。条件の一致に絶望しか沸かない。帰っていいかね?
だってそうしろと囁くのよ、私のゴーストが。
弱音を吐いたところで何か変わるわけでもなく。人垣から少し離れたところに行き、3時の方向に前進してみと返信する。
すぐに鋭い視線を多数背負った嫁がこちらに駆け寄ってきた。凄く他人の振りをしたいです。
「おはよ、旦那さん!」
「おはよう、銀河美少年」
「颯爽登場?」
「ああ、そんな感じ」
笑顔が一段と眩しいぜ、嫁よ。
おかげで周囲から伝わる殺気に肌がピリピリします。はやいとこ離脱せな、SAN値がガリガリ削れてく。
その場を離れるべく、嫁がお勧めしてくれた安くて学割の効くカラオケ店へと案内してもらう。
カラオケは昼間のフリータイムで一人5時間500円。ドリンクはワンオーダー制で、ソフトドリンクは全て300円なので一杯注文で最低800円。
この店の人気な点として、各部屋の内装がそれぞれ違っていて個性的ということ。
今回私たちにあてられたのは和風の部屋だった。床は畳で掘りごたつのような机が中央に設置されており、照明が提燈と徹底した和風造りになっていた。
勿論、機種はジョイサウンド。それ以外は認めない。
部屋に着くなり、予め決めておいた通りにジャンケンをして先攻後攻を決めた。
グーを出して悲しさに打ち震える私。それを見ない振りして、パーを出した勝者の嫁は機嫌よくウーロン茶を二人分注文していた。
カラオケの一曲目って無駄に悩むよね。どうせ趣味は共通しているのだから、何を選曲しても困らないと分かっていても初っ端の雰囲気作りは大事だと私は思う。
あーでもない、こーでもないと考えている内に嫁はてきぱきとマイクを用意したり空調を設定したりと動き回っていた。お前は良い嫁になれるよ。
唸りながら、悩みに悩んだ末に出た選曲を入れる。店員から飲み物を受け取っていた嫁が画面を見て「おお!」と声を上げた。
マイクを手に取り、嫁に向かってにやりと笑う。
「最初から飛ばしていくぜ、のび太くん!」
「DoRaeMooooooooooooN!!!!」
せっかく実現したオフ会だ。爆走するくらいで丁度いい。途中で「こいよ嫁さん、マイクなんて捨ててかかってこい」と挑発するくらいにはノリに乗っていた。
声を枯らす前提で前半はロック系で突っ走り、一息いれようと中盤はボカロ系で夢見ていたデュエットソングを中心に歌いまくる。マグネットで見事な高音のはもりを見せた嫁には感嘆せざるをえない。お前本当に男か?
後半に至っては各々の好きな曲を紹介し合うかのように歌っては語りを繰り返した。
そして、ラストには麦畑。
「これ昭和時代のだっけ?」
「あえて言うなら大航海時代。ハッピーかい?」
「それ別の混じってるよ! 確かにそんなような歌詞だけど!」
「お前さんこそ、なんでオヨネーズなんか知ってるんだよ。本当に平成っ子か?」
「そういう旦那さんの方が年下だってわかってる?」
これを選曲したのは私だが、それについてきた嫁にもびっくりだ。絶対知らないだろうと挑発の意味も込めて選曲したのに、見事失敗。私たちの親世代が知ってる曲なんだがなあ……。
余談だが、すでにお互い声が枯れきっていたラストは見事にしゃがれた声でしか出なかったおかげで、本当に年老いた熟年夫婦のようになった。変なところで原曲に忠実すぎる。偶然とはいえ、素晴らしいラストを飾ることとなった。
満足のいく5時間だった。期待していた通りのカラオケになったといえよう。
充実感に浸りながらカラオケ店を出たところで、これからどうするかと口を開く前に嫁の腹の虫が泣く方が早かった。
恥ずかしさに俯く嫁の背中をバシバシと叩きながら、私はヒーヒーと息を掠れさせ笑う。すでに酷使されすぎていた腹筋は悲鳴をあげている。私は腹を抱えながら、彼を遅い昼食に誘った。
「と言っても、安いところキボンヌ」
「マックとか?」
「そんな腹に溜まらない物でいいのか成長期少年よ。日本人なら米を食え。牛丼屋でも可」
「男だけならいざ知らず、それでいいのか旦那さんや……」
「馬鹿言え、私は一人で吉野家が余裕の図太い根性の持ち主だ。弟と外出したら大抵そんな感じ」
「肝っ玉やなあ」
「引くだろ?」
「尊敬するわ」
「おおっと意外な感想」
「いや、素直にそう思うよ。むしろ財布的にはありがたいし」
だよなあ。マックのセットだと食べたいのは大抵600円以上するし。ハンバーガーとポテトと飲み物にそれだけ払うなら、丼と味噌汁にお新香がついてくる牛丼屋のセットの方がどれだけ得か。お茶がおかわりし放題なのもいいよな。
そして私たちは牛丼のトッピングについて論議しながら近場のすき屋へと向かっていった。
今年はたくさんの方にこの作品を読んでもらい、本当にありがとうございました。
来年もどうぞ嫁辛をよろしくおねがいいたします。




