第9話 試験四
森の静寂が、二人の間を支配していた。
そよ風が木々の葉を揺らし、かすかな音を立てる。
金髪の少女は剣を構えたまま、こちらの出方をうかがっていた。
俺も刀を構え、相手の動きを注意深く観察する。
少女の立ち姿には無駄がない。剣先はわずかにこちらへ向けられ、いつでも攻撃に移れるよう、足にも力が込められている。
(……こいつ、かなりできるな)
今まで戦ってきた受験生とは明らかに違う。
不用意に踏み込めば、こちらが先に攻撃を受けるかもしれない。
そんな緊張感が漂う中、俺は隣にいるルーナへ声をかけた。
「ルーナは休んどいて。ここはお兄ちゃんに任せて」
「わかった。頑張って」
ルーナは素直に頷き、切り株に腰を掛けた。
ただ、その視線は俺から離れていない。
心配しているのか、それとも俺の実力を確かめたいのか。
まあ、どちらにしても今は目の前の相手に集中するべきだ。
「一人でいいの? 舐められたものね」
少女は挑発するように言った。
「別に舐めてるわけじゃないさ。君がどれくらい強いのか、確かめたいだけだよ」
「ふうん……。その余裕、いつまで続くかしらね」
少女は剣の柄を握り直した。
俺も刀を握る手に力を込める。
そして、互いに一歩ずつ距離を詰めていった。
ザッ。
俺が一歩踏み出す。
ザッ。
少女も一歩前へ出る。
距離が縮まるたび、相手の呼吸や足の動きまで鮮明に感じられるようになった。
互いの距離が十メートルほどに差し掛かった、その瞬間――。
「はあっ!」
少女が地面を蹴った。
同時に、俺も踏み込む。
一瞬で距離が縮まった。
カキィィンッ!!
鉄と鉄が激しくぶつかり合う音が、森に響き渡った。
少女の剣が、俺の頭上へ振り下ろされていた。
俺は刀を斜めに構え、その一撃を受け止める。
ガガガガッ!
刀身が震え、手のひらに強烈な衝撃が伝わってきた。
(……重っ!)
予想以上の力だった。
ただ腕力が強いだけではない。
踏み込みの勢いも、剣を振り下ろす角度も、すべてが計算されている。
少女は俺の刀を押し込むように、さらに力を加えた。
ギリギリと金属が擦れる音がする。
俺は正面から力比べを続けるのは得策ではないと判断した。
「よっ!」
左足を踏み込み、少女の胴へ蹴りを放つ。
「っ!」
少女はとっさに剣を引き、後方へ跳んだ。
だが、蹴りの勢いを完全には殺せなかったらしい。
少女の身体が後ろへ吹き飛び、地面を滑る。
ザザザッ!
少女は片足を地面につけて体勢を立て直すと、すぐさま剣を構え直した。
一瞬たりとも、こちらから目を離さない。
「……お前、強いな」
俺は素直に感想を口にした。
今の一撃で、相手がただの受験生ではないことを改めて理解した。
少女は少しだけ目を見開いたあと、口元に笑みを浮かべた。
「君こそ、強いね。そして剣士? この時代じゃ珍しいね」
まるで俺の実力を測るように、少女は刀を見つめた。
「そうか? 俺はこれが一番使いやすいんだけどな」
「魔法が当たり前の時代に、わざわざ剣を使うなんてね」
少女は不思議そうに首を傾げた。
その言葉には、剣を馬鹿にするような響きはなかった。
ただ、本当に珍しいものを見ているという様子だった。
(やっぱり、この時代じゃ剣は珍しいのか)
そんなことを考えていた、そのとき。
少女が不意に剣を横へ構えた。
「でも、話しているだけじゃつまらないわね」
「……!」
次の瞬間、少女の剣が横薙ぎに振るわれた。
ブォンッ!
剣が空気を切り裂く。
すると、剣の軌道に沿って炎が生まれた。
ゴォォォッ!!
炎は刃の形を保ちながら、地面すれすれを走ってくる。
その速度は、先ほどの攻撃とは比べものにならない。
「うおっ!」
俺は刀を構え、迫りくる炎を受け止めた。
ガァンッ!!
衝撃が両腕を駆け抜けた。
炎が刀身にぶつかり、火花のような光が散る。
押し返そうとするが、炎の勢いは止まらない。
足が地面を滑り、身体がじりじりと後ろへ押されていく。
「くっ……!」
靴底が土を削る。
背後には木々が迫っていた。
このまま受け止め続ければ、体勢を崩される。
俺はすぐに判断を切り替えた。
(正面から受けるのは無理か!)
刀に込めていた力を緩め、刃の角度をわずかに変える。
そして、炎の勢いを利用するように、刀を斜め上へ振り抜いた。
「はっ!」
炎が刀身に沿って上空へと流れていく。
ゴォォォッ!
炎は俺の頭上を通り過ぎ、木々の間へと消えていった。
遅れて、熱風が頬を撫でる。
俺は構えを崩さないまま、ゆっくりと息を吐いた。
(危なかった……。まともに受けていたら、押し切られていたな)
ただ斬ればいいというわけではない。
相手の攻撃の勢いを見極め、受け流す必要がある。
久しぶりに、剣技を使う楽しさを感じていた。
「お前は炎か。魔法が使えるっていいな」
俺がそう言うと、少女は不思議そうな顔をした。
「君は使えないのか?」
「ああ、まあな」
「……君の顔、見たことがあるぞ」
少女は少し考え込むように俺を見つめた。
そして、何かを思い出したように目を細める。
「あっ、君は『無能王子』でしょ?」
そう言って、少女は鼻で笑った。
その瞬間だった。
隣から、ピリッとした空気が伝わってきた。
ちらりと視線を向けると、切り株に座っていたルーナが不機嫌そうな顔をしていた。
普段は明るいルーナの表情が、今は明らかに険しい。
(……なんでルーナが反応する?)
疑問が浮かんだ。
けれど、今は考えている場合じゃない。
目の前の少女からは、まだ戦意が消えていなかった。
俺は頭の中の疑問を振り払い、再び少女へ向き直った。
「そうだったらどうする?」
わざと軽い調子で尋ねる。
少女は肩をすくめた。
「いや、噂は耳にしていたが、『無能王子』か。所詮噂、あてにならないなと思っただけだ」
「……そうかよ」
俺は短く返した。
先ほどまでの攻防を考えれば、少女が俺を弱いと決めつけていないのは分かる。
それでも、彼女はまだ何かを試しているように見えた。
少女は剣を握り直し、紅い瞳を鋭く光らせた。
「それじゃあ、次はもっと本気でいかせてもらうわ」
周囲の空気が、じわりと熱を帯び始めた。
少女の剣に、再び炎が集まっていく。
その炎は先ほどよりも明るく、そして激しく揺らめいていた。
俺は刀を構え直した。
(……なるほど。まだ本気じゃなかったってわけか)
思わず口元が緩む。
面白い。
ここまで本格的な剣の勝負ができる相手に出会えるとは思わなかった。
「いいね。俺も、もう少し楽しませてもらおうかな」
森の中で、炎が燃え上がる。
紅い瞳の騎士と、刀を握る少年。
二人の戦いは、まだ始まったばかりだった。




