第8話 試験三
森の奥へと進んでいくと、木々の隙間から水面が見えてきた。
さらさらと流れる水の音が聞こえる。
「川が見えてきたね」
俺がそう言うと、隣を歩いていたルーナが頷いた。
「本当だ。ちょうどいい場所があってよかったね」
俺たちは川辺まで歩いていった。
透き通った水の中を、たくさんの魚が泳いでいる。水面には太陽の光が反射し、きらきらと輝いていた。
「魚がいっぱいいるけど、どうやって取ろう……」
俺は川を眺めながら考え込んだ。
素手で捕まえるのは難しそうだし、刀で斬るわけにもいかない。
どうしたものかと悩んでいると、ルーナが一歩前に出た。
「ここは私に任せて」
どこか得意げな顔をしている。
「お、何かいい方法があるのか?」
「もちろん。――ライトニング!」
ルーナが手を川へ向けた。
次の瞬間、バチバチッ! という音とともに、電撃が水面を走った。
一瞬、川全体が白く光ったように見えた。
そして――。
ぷかぷか、ぷかぷか。
「……おお」
魚たちが次々と水面に浮かび上がってきた。
「すごいな!」
思わず声が出た。
まさか、こんなに簡単に魚を捕まえられるとは。
「なあ、ルーナ。これ、全部死んでるのか?」
「ううん、ただ気絶してるだけ。少しすれば動くと思う」
「そっか。ならよかった」
俺はほっと胸をなで下ろした。
食料を確保するためとはいえ、必要以上に命を奪うのは避けたい。
それにしても、あまりにも手際がいい。
「まさか、こんなに速く問題が解決するとはな」
そう言うと、ルーナは待ってましたとばかりに胸を張った。
「ふふん。私にかかればこんなものよ!」
その顔があまりにも得意げだったので、思わず笑ってしまった。
「はいはい、すごいすごい」
「ちょっと、兄さん! 絶対ちゃんと褒めてないでしょ!」
「そんなことないって」
俺たちはそんなやり取りをしながら、川辺で食事の準備を始めた。
⸻
食事を終え、少し休憩していると、ふと疑問が浮かんだ。
「なあ、ルーナ。これ、いつまで続くと思う?」
「試験なら、何人脱落したら終わりとかじゃないかな。それで、倒した数によってクラスが違うとか」
「なるほどなぁ……」
確かに、ただ森の中で戦うだけというのも考えにくい。
倒した人数が評価されるのか、それとも別の条件があるのか。
今のところ、試験官から詳しい説明はなかった。
「ワンチャン、一日経っても終わらないとかありそうじゃない?」
「分からないけど、私は兄さんと合流するまでに結構な数と出会ったから」
「え、なんで?」
俺は驚いてルーナを見た。
「だってルーナは『天才』で有名じゃん」
五属性すべてに適性があり、魔力量も星五つ。
この国でそんな人間は滅多にいない。
むしろ、その実力にビビって避けられると思ってたのだ。
「だからじゃないかな。みんな一斉に向かってきたから、早めに私を潰そうとしたんじゃない? まあ、全部返り討ちにしたけど」
ルーナは何でもないことのように言った。
「……あー、なるほど」
俺は納得したように頷いた。
「それは災難だったね。特に相手側が」
俺は目の前で両手を合わせた。
「南無……」
「兄さん、勝手に殺さないでよ!」
「いや、だって返り討ちにしたんだろ?」
「そうだけど!」
ルーナが頬を膨らませる。
俺は笑いながら、空を見上げた。
太陽は少しずつ高くなり、やがて真上へと到達した。
⸻
「さあ、それじゃあ休憩したし、行くか」
俺は立ち上がり、服についた土を軽く払った。
ルーナも立ち上がると、いつになく真剣な表情で森の奥を見つめた。
「クラスに関わりそうだから、なるべく倒していく」
「お、珍しくやる気だな」
「当たり前でしょ。せっかくの試験なんだから、いいクラスに入りたいもん」
そう言うルーナの目には、強い意欲が宿っていた。
俺は少し不思議に思いながらも、深く考えずに森へと足を踏み入れた。
ここから先、どんな受験生が待ち受けているのだろうか。
少しだけ楽しみになってきた。
⸻
森へ入ってから、俺たちは次々と受験生と遭遇した。
「そこ!」
ルーナが手をかざす。
「ファイヤーボール!」
放たれた炎の球が、相手の足元へと飛んでいく。
受験生は慌てて横へ跳び、炎を避けようとした。
だが、その隙を俺は見逃さない。
地面を蹴り、一気に距離を詰める。
「悪いな」
刀の柄で相手の腕を打ち、杖を弾き飛ばす。
武器を失った受験生は、驚いた顔のまま降参した。
「次、来るよ!」
ルーナの声に反応し、俺は振り返った。
別の受験生が放った風の刃が、木々の間を抜けて迫ってくる。
俺は刀を横に振り、風の刃の軌道を逸らした。
その間にルーナが魔法を放ち、相手の足元を狙う。
攻撃を避けた相手の前へ、俺が回り込んだ。
「これで終わりだ」
刀の峰で相手の肩を打つ。
相手は体勢を崩し、その場に倒れ込んだ。
こんな調子で、俺たちは交互に受験生を倒していった。
俺が刀で相手の攻撃を防ぎ、ルーナが魔法で援護する。
反対に、ルーナが複数の相手を引きつけている間に、俺が隙を突くこともあった。
最初は互いに声を掛け合っていたが、次第に細かい指示を出さなくても動きが噛み合うようになっていた。
「右!」
「分かってる!」
ルーナの声を聞くと同時に、俺は右側から迫ってきた相手の攻撃を刀で受け流す。
そのまま相手の懐へ踏み込み、杖を弾き飛ばした。
「ナイス、兄さん!」
「そっちもな!」
気づけば、どれほどの人数を倒したのか分からなくなっていた。
それでも、まだ森の奥から受験生の気配が感じられる。
(いったい何人いるんだ、この試験……)
俺は小さく息を吐いた。
しばらくして、ルーナが肩で息をしながら声をかけてきた。
「兄さん、少し休憩しよ」
「そうだな。さすがに疲れたか?」
「ちょっとだけね」
ルーナは額の汗を拭った。
俺たちは近くの木のそばで休むことにした。
俺は刀を構え、目の前にある木へと向き直る。
「……よっと」
一閃。
刀が風を切る音が響いた。
次の瞬間、木の幹が斜めに切り離され、ゆっくりと傾いていく。
ドォォン!
地面が揺れ、木が倒れた。
残った切り株は、ちょうど腰掛けるのにいい高さだった。
「よし、これで座れるな」
俺は刀を鞘へ戻し、切り株に腰を下ろした。
「兄さんのそれ、すごいね」
ルーナが感心したように言った。
「ルーナのおかげだよ。強化魔法をかけてくれたから」
「……そ、そうだね」
一瞬、ルーナの表情が引きつった。
だが、俺は気づかなかった。
(やっぱり、強化魔法ってすごいんだな)
俺は改めてルーナに感謝した。
そのときだった。
ヒュンッ!
空気を切り裂く音が、突然耳に飛び込んできた。
「――っ!」
考えるより先に、身体が動いていた。
俺は切り株から立ち上がり、腰の刀を抜く。
目の前に迫っていたのは、炎だった。
俺は刀を縦に振り下ろした。
その炎は刀身に触れた瞬間、真っ二つに割れた。
左右へ分かれた風が、俺の身体をかすめて通り過ぎる。
ドォォンッ!
背後の木に命中した炎が、激しい爆発を起こした。
木の幹が大きくえぐれ、砕けた木片が周囲に飛び散る。
熱風が背中を撫で、焦げた木の匂いが鼻をついた。
(……おいおい。斬ってもこの威力かよ)
俺は思わず眉をひそめた。
普通の魔法ではない。
先ほどまで戦っていた受験生たちとは、明らかに威力が違う。
俺は刀を構え直し、魔法が飛んできた方向へ視線を向けた。
木々の向こうから、一人の少女が姿を現した。
背中まで伸びた金髪を、ポニーテールにまとめている。
紅い瞳が、まっすぐに俺を捉えていた。
身にまとっているのは、騎士を思わせる装い。
腰には剣があり、立ち姿には隙がない。
少女は俺の刀を見て、それから背後の木へ視線を移した。
そして、紅い瞳を細めた。
「……へえ」
口元に、わずかな笑みが浮かぶ。
「今の魔法を、刀で斬ったの?」
俺は答えず、相手の動きを観察した。
魔力の扱いも、攻撃の精度も、先ほどまでの受験生とは比べものにならない。
しかも、最初の一撃は休憩中の俺を正確に狙っていた。
偶然ではない。
明確な意思を持って放たれた攻撃だった。
俺は刀を握る手に力を込める。
「……いきなり攻撃してくるなんて、ずいぶんな挨拶だな」
少女は小さく笑った。
「油断していたあなたが悪いんじゃない?」
「なるほど。そういう考え方か」
俺は苦笑した。
どうやら、簡単には終わりそうにない。
少女の紅い瞳が、さらに鋭くなる。
森を吹き抜ける風が、二人の間を通り過ぎた。
俺は刀を構え、少女を見据える。
(さて……こいつは、どれくらい強いんだ?)
久しぶりに、少しだけ胸が高鳴った。
この少女は、今までの相手とは違う。
そう直感していた。




