5話 チョコレート
部屋に入ると、白いテーブルクロスのかけられた長机があった。
美味しそうなスープにふかふかなパン、レアに焼かれたお肉のお皿。そして、見たことの無い不思議な食べ物。
「さぁどうぞ、召し上がって下さい」
リメアは私の背中を押して、椅子の前まで連れて行った。
「えっ——これ、私の分なんですか?」
思わずそう聞き返すと、彼女は不思議そうにしながら首を傾けた。
「はい、もちろんですよ」
もう一度、目の前に置かれた料理たちを眺めた。ゴクリ、と小さく喉が鳴る。
席に座ってスプーンを持ち、スープを一匙すくう。そして——ゆっくり口にする。
一瞬だった。コーンの甘さとほどよい塩味が口に広がって……スープなのに咀嚼したいと思うほど美味しかった。
次はお肉をナイフで切り分けて、フォークで刺す。じゅわっと肉汁が溢れ、照明の光でキラキラしている。
そのままお肉を頬張ると、煮込まれたソースの濃厚な味とお肉の柔らかさが伝わってきた。
思わず唸りそうになっちゃう。
「美味しい……美味しいです……!」
ポロッ、と涙がテーブルクロスに滲んで消えた。
「ええっ、ルチェット様!? 何故泣いて……!」
リメアは私がいきなり涙を落としたのを見て、ハンカチで目元を拭ってくれた。
「こんなに美味しい食べ物は初めてです……」
食事中に泣くなんて、とても行儀が悪いと思った。けれど、中々止まってくれない。
(とっても、あったかい)
他の人が見たら些細なことかもしれない。だけど、どんなに小さくても、それは大切なものだもの。
ふと、茶色くて丸い物体が目に入った。フォークで突いてみると固くて……でも、甘くてとろけそうないい匂いがする。
(これは……お菓子?)
私はお菓子らしき丸い物体を一つ摘んで、意を決して口に放り込んでみる。
お砂糖くらい甘くて、それでいて苦味もあって……なんて独特な味。美味しい!
「リメア、これは何て言うの?」
近くでハンカチを畳んでいた彼女にそう問いかける。
「これはチョコレートと言うんですよ。」
「チョコレート……!」
(このまんまるで甘いのはチョコレート!)
可愛い名前だな、と思いながらもう一つ頬張る。
やがて胃袋が限界を迎えたので、食器を洗おうとお皿を重ねてキッチンへ持っていこうとした。
そしたら、周りの人たちに全力で止められてしまった。……のでやめておこう。
食堂を出て、廊下をリメアと歩く。私は先ほどのチョコレートの余韻が抜けなかった。
「美味しかったです! 特にチョコレート!」
上機嫌で話す私に、リメアは笑顔で相槌をしてくれる。
「そうだ、ルチェット様。食後に紅茶はいかがですか? お部屋にお持ちしますよ」
「ありがとうございます!」
紅茶を用意しに行ったリメア。私は廊下を一人で歩いていく。
誰かと話すって幸せ。悪口言われないってこんなに……
だめだ、うまく言葉にできない。あったかくて、じんわりして——とっても嬉しい。
ここで息をすることが、少しだけ楽になった気がした。
________
ルチェットが肉を頬張っていた辺りから、食堂の様子を確認している人物がいた。
そう、公爵であるレアン・ヴォルフレッドである。
彼女の朝の様子が気になったのか、それとも単純に気まぐれなのか……こっそりと食事の様子を見ていたのだ。
(バスローブで歩く女なんて初めて見たからな……一応警戒しておかなくては)
最初は何事もなく普通だと自室に帰ろうとした。
が、足を進めようとしたその時——ルチェットが美味しいと涙を流しながら震え始めたのだ。
レアンはそれを目前にして、無表情が少しだけ崩れていた。
(食事で泣くなんてことはあるのか??)
そう考えていると、今度はルチェットがチョコレートを食べ始めたのが見えた。
チョコレートを口にした彼女は、幸せそうに微笑んでいた。
(泣いたり笑ったり忙しい女だな)
じっと彼女の様子を観察して——やがて、執務室へと踵を返した。




