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4話 メイド

 


 次の日の早朝。私はいつも通り自分で朝食の準備をしようとした——

 のはいいが、替えの服が入ったカバンは雪の中に置いてきてしまった。


「着替えが無い……」


 汚れた服で綺麗なベッドに寝かせてもらっていたのが申し訳ない。しかも、こんな格好で調理場に入るなんて絶対に駄目だ。


「う〜ん……」

 部屋を物色することに申し訳なさを感じつつ、私は白色のクローゼットを開けて中を覗いた。そこにはバスローブが一着入っている。


(ここは客室なのかな) 


 ありがたく着させてもらうことにした。


 私は血で汚れた服を脱ぎ、バスローブに袖を通した。ふわふわで真っ白で、それに着心地がとてもいい。


 ……少しブカブカだけれど、許容範囲内である。いや、貸してもらっているのだから文句は言えない。


 バスローブで動き回るのは少し抵抗があるけど……今はこれしか無いのだからしょうがない。


「……あれ?」

 足の傷は意外と浅かったのかもしれない。もう痛くないし、歩くこともできる。

 不幸中の幸いというやつかな。この程度で済んで本当によかった。


「……あ」

 勝手に食材を使ったら駄目なのではないか。足を確認している最中、そんな考えが頭に浮かんできた。


 そうだ。ここは私の家ではなくシルベリアの公爵邸なのだから当たり前だろう。


 一人悩んで唸っていると、私のお腹がぐぅ、と間抜けな音を出して鳴った。

 一人きりの部屋にはよく響く。耳に音が入ってきて恥ずかしくなった。


「……お腹すいたなぁ。」

 昨日のサンドイッチから何も食事を口にしていない。


 でも、実家ではお仕置きとして食事を与えられなかった事がたくさんあった。


 だから、少しくらいなら食べなくても大丈夫なはず。だって……空腹にはもう慣れてるから。


(よし、食事が駄目そうなら掃除しよう)

 掃除なら誰も怒らない……はず。


「えっと、バケツと雑巾は……やっぱり無いよね」


 私は掃除用具を探すため、音を出さないよう慎重に扉を開け、ゆっくりと廊下に出た。


(わぁ、なんて広いの)


 私のいた部屋も大きかったけれど、廊下もこんなに広いなんて。さすがシルベリア帝国の公爵様。


 なんて考えていたら——向こうから誰かがやって来る。


「お、奥様!何故こんな朝早くから!?それに何故バスローブを!?」

 彼女は私を見るなり、パタパタと音を立てて駆け寄って来た。


「えっ、あっ、メイドさんですか?」

 気の強そうな可愛らしい女性が、眉をつり上げながらバスローブの前側を中心に寄せた。


「お召し物をお持ちしますから待っていて下さい」

「は、はい!」

 そう私に言うと、すぐに茶髪を翻して何処かへ走って行ってしまった。


 言われた通りにその場で待っていると、先ほどの女性ではない人物が前から歩いてくる。大きい体躯が目に入って、すぐに姿勢を正した。


「あっ……公爵様、おはようございます。」


 私が挨拶をすると彼は目を細める。まるで——珍しい動物でも見ているような、そんな怪訝な顔をしていた。


「……何故そんな格好を?」

「ふ、服が無くて」


 そう言うと、公爵様は口を閉じて黙り込んでしまった。どうしたら良いのかわからずオロオロしていると、先程のメイドさんが急ぎ足で駆けてきた。


「奥様、お召し物で……あっ、公爵様。おはようございます」


 彼女は公爵様にぺこりと頭を下げてから、急かすように私の背中に手を添える。

「奥様、体が冷えてしまいますから早くお部屋に行きましょう!」


「は、はい」 

 私とメイドさんの彼女は公爵様にお辞儀をしてから、早足で先程の部屋に戻る。


 彼女がクローゼットを開けると、先ほど用意したのかドレスが数着かかっているのが見えた。 

「さあ奥様、着替えましょう」


「よ、よろしくお願いします!」


 緊張で声が裏返りながらもそう言うと、彼女は少し眉を下げていた。 

「…何故メイドの私にかしこまっているのですか? 敬語はおやめください」


 実家での私は、メイドさんと同等かそれ以下だった。だからこそ、敬語を使わなければお仕置きが待っていた。


 けれど、目の前にいる彼女は敬語じゃなくて良いと言ってくれた。

 それなら——やってみたかったことが一つだけある。


「あのね、あのね」

「はい、何ですか?」

 彼女はドレスを一着取り出しながら、私の方へ振り向いた。


「その、貴女のことを名前で呼んでもいい? 教えてくれると嬉しいな」 

 意を決してそう言うと、彼女は花が咲いたように笑顔になった。


「私の名前はリメアです、これから奥様の専属メイドを務めさせていただきます。よろしくお願いしますね!」


 私は自分でも口元が緩むのがわかった。そんな私を見たリメアは、優しく微笑んでいる。


「あのね、私はルチェットよ。もしよかったら……貴女も私を名前で呼んでほしいの」


「……では、ルチェット様。着替えましょうか!」


 私はリメアに着替えを手伝ってもらいながら、心の中であたたかい何かが広がるのを感じていた。

 その間、ずっと笑顔だったと思う。こんなに笑えたのは久しぶりだから頬が痛いけれど。


 しかし——リメアが私のバスローブを脱がせると、後ろで動きが止まる気配がした。

 振り向くと、彼女は目を見開いて顔を青ざめさせていた。


 嬉しさに浮かれて忘れていた。私の身体は傷だらけで——それは、背中も例外じゃないことを。


「これは違うの! 私、とってもドジで……それで」

 私が無理やり取り繕おうとするも、リメアは手でそれを制した。


「……ルチェット様、着替えたらすぐにお食事にしましょうか。シルベリア帝国のお料理はおいしいんですよ!」


 リメアは引くことも蔑視することもなく、その顔はただ悲しそうだった。

 着替えが終わって髪の毛を整えられると、私は鏡の前に促される。


 決して派手ではなく、けれどフリルで可憐さもある。そんな素敵なドレスを私が着ている。

 鏡の中、後ろからリメアがぴょこっと顔を出した。


「なんて綺麗なんでしょう、とっても素敵です! もっと着飾らせたいくらいです!!」

「確かに、このドレスとても可愛い」


 そう言うと、リメアはぶんぶんと首を横に振った。 

「いえ、ルチェット様のことです! ほら、この薄桃色の御髪がドレスの色にとても合っていますよ!」


 あまりにも早口で褒めちぎるものだから、ほっぺが熱くなっちゃった。鏡の中の私は、恥ずかしさから体をもじもじさせている。


「さ、食堂に行きましょう!」


 リメアが先導し、私は半歩後ろを歩いていく。慣れないドレスは気恥ずかしいし……何より裾がふんわりしていて歩きづらい。


 リメアはそんな私の様子に気がついて、ゆっくり手を差し出してくれた。彼女にエスコートされながら歩くと、先程よりも断然歩きやすい。


 そして、装飾の美しい大きな扉の前で私達は止まる。隙間から香ばしい匂いが漂ってきて、ゴクリと唾を飲み込んだ。空腹には慣れているはずなのに。

 

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