3話 愛さない
「お前が俺の婚約者なのか」と言われた私は、ベッドの上で石のように固まった。
理解が追いつかず、ただ目の前の男性を見つめることしかできない。彼は私のことをてっぺんから順に見ていく。
「確かに、婚約者は桃色の髪だと聞いた。やはり……」
顎に手を添えながら、何かを小さく呟いているのが聞こえた。
冷静に状況を分析している男性に反して、私の頭はパニックになっている。
婚約者という言葉に疑問しか出てこない。だって、私は残虐公爵に嫁ぎに来た身で——
(……もしかしてこの男性の方、残虐公爵なの!?)
雪にサファイアを一欠片落としたような薄い青の瞳。それから、胸元にあるオオカミのような紋章……
「も、申し訳ありません! 貴方が、その……公爵様だとは知らずに」
私が頭を下げていると、彼はこちらへ大股で近づいてきた。私の顎をすくって顔を無理やり上げさせられる。
「あぁ、俺が公爵のレアン・ヴォルフレッドだ。言っておくが、お前は飾りの婚約者だ」
「……はい」
至近距離にある真顔。敵意はないのに潰されそうなほどの圧がある。
「俺からの愛を期待しないほうがいい……俺はお前を愛さない」
——それは、私にとっては都合の良い事だった。
お飾りというだけなら、こちらに害を与えることはないはずだから。
愛なんて最初から求めていない。幸せが愛だけだとは限らないし——私は、私が幸せだと思えるような生活を送りたい。
私は頷いて肯定の姿勢を見せた。顎から大きな手が離れていき、公爵様は入り口の方へと向き直る。
「話が早くて助かる。ここの事については明日送るメイドに任せる」
「……分かりました、おやすみなさい。」
一応そう言ってみたものの、公爵様は横目でこちらを見ただけ。返事も言わずに部屋を出て行ってしまった。
私もゆっくりと身体を倒し、再度ベッドに寝転ぶ。
雰囲気は怖かったけれど、すぐに剣で斬ってきたりしなかった。
それでも、いつか私に本性を見せるのかもしれない。
そんな不安を抱えながら、まぶたの重さに耐えきれずにゆっくり目を閉じる。
太ももの熱を感じながら、そのうち私は眠りについた。
◆◆◆
「ねぇ。戻ってきたということは、ルチェットはちゃんと始末してきたのよね?」
アルベレア家の地下の尋問室にて、エレンは一人で帰ってきた御者を問い詰めていた。
御者は冷や汗をかき、どんな処罰を受けるのかを想像しては大きく震えている。
「聞いてるんだけど。始末、してきたのよね?」
エレンの高圧的な態度に折れたのか、御者は震える口を動かして、
「も、申し訳、ございません」
と謝った。頭を垂れて。
「謝るだけじゃ分からないんだけど」
——エレンは尋問の間、終始笑顔のままであった。この場所に似合わないくらいの、それはそれは可愛らしい笑みを。
「ルチェットを、逃がしました……」
「……ふぅん?」
とうとう、御者は涙を流し始めていた。
「途中で、何者かに邪魔をされて……」
今の彼はもう"捕食される側"にいる。そんな御者の顎を人差し指で支え、エレンは冷淡に告げる。
「使えない奴はいらなーい」
尋問室の扉が開いて、数人の男達が入ってきた。御者の男を羽交い締めにして、どこかに連れて行こうとする。
「いやだ!やめてくれ!!」
抵抗はむなしく、バタンと閉められた尋問室の扉。残されたエレンは楽しそうに鼻歌を響かせている。
外から聞こえてくる悲鳴とは、ひどく対照的なものだった。




