6話 ポトフ
リメアがティーセットを持ってきてくれたので、二人でゆっくり紅茶を飲んでいた。
そこで、ふと気になったことを彼女に聞いてみる。
「リメア。私の事を助けてくれた方はどなたか分かる?」
絶体絶命のあの時。私を助けてくれた男性にまだお礼が言えていない。
リメアはポン、と手のひらに拳を当てた。それから、少し微妙な顔をしてこう言った。
「公爵邸騎士団の団長……カオンさんです。人懐っこい犬みたいな人ですよ」
(騎士団長!?)
動揺を落ち着けるために紅茶を一口飲んで、呼吸を落ち着けた。
「カオンさん、何処にいるのか知らない?」
リメアは少し俯いてから、ボソッと呟いた。
「……今の時間なら訓練場にいらっしゃると思います。行ってみますか?」
「うん、行ってみたい。」
リメアはしぶしぶといった様子で頷くと、上着を持ってきてくれた。
けれど、いつもの凛とした姿とは違って、何やらそわそわしている。
「どうしたの?」
私が首を傾げると、リメアは早口でまくし立てるように口を開いた。
「カオンさんは結構面倒なタイプです。ルチェット様が色々な方と仲良くなるのは嬉しいんですが——」
「ですが……?」
「な、何でもありません!」
リメアが顔を赤くして慌てている。なんだかそっとしておいてほしそうだったので、それ以上は追求しなかった。
「何か差し入れを持っていったほうがいいかな?」
「……きっと何でも喜んでくれると思います!」
そう言ってくれて少し安心した。
ここは公爵様みたいに怖い人間ばかりじゃないみたい。
私は上着を羽織ってから部屋を出る。長い廊下をリメアと並んで進み、厨房へと向かった。
ホールの階段を降りて、一階の廊下を通って——ようやく厨房に着いた。やっぱり広い。
「えっ、夫人!?どうしたんですか?」
厨房に足を踏み入れた途端、料理長らしき人が驚きながらも話しかけてくれた。
いきなり来て迷惑だったかな。
そう思ったら緊張してしまって……もじもじ手先を動かして俯いてしまう。
リメアをチラリと見たけれど——親指を立ててウィンクされるだけだった。そんなぁ。
料理長がおろおろ困っているので、私は意を決して言うことにした。
「あの、騎士団の方々に差し入れがしたくて……!」
料理長は目を見開いたあと、安心したように小さく息を吐いた。
「差し入れ……そ、そういうことでしたか。それなら昼食を一緒に作られますか?」
「い、いいんですか。よろしくお願いします!」
私は手を入念に洗ってからまな板の前に立った。料理人の皆さんはチラチラ私を見ていて……
(なんだかむず痒い)
やっぱり、突然婚約者が来て料理するのは変かな。でも、ここでやめたらカオンさんに会う口実がなくなってしまう。
騎士団の方々は訓練で忙しいだろうし……
「さて。本日の昼食はポトフです」
「ポトフ……食べたこと無いです……」
「玉ねぎやじゃがいも等の野菜、それから肉を入れて煮込むんです。素朴ですが旨味が染み出てとても美味ですよ」
料理長の説明に喉を鳴らしそうになったけれど、なんとか耐えきった。
私は腕まくりをして、エプロンを着て、置かれた野菜と睨み合う。
——シュルシュルと野菜の皮を剥いていく。
それからひたすらに、一口大に切っては鍋に落としていく。
実家では昼食をこっそり作ることもあったから、料理はできる方だと思う。
調味料を適量入れて、じっくり煮込んでいく。暫く待つと、とても優しくていい匂いがしてきた。
「はい、これで完成ですよ」
「美味しそう……!」
湯気の立つポトフは、野菜とお肉がゴロゴロ入っている。スープも旨味が溶け出していて、キラキラと輝いていた。
「じゃあ、次はこれを宿舎の食堂まで持っていきます」
「わかりました、ふんっ……重い……です……」
私はお鍋を持ち上げようと奮闘するも、一ミリも上がらなかった。
「……台車を使うんですよ」
料理長から小声でそう言われた私は全身が熱くなった。
(は、恥ずかしい……!)
台車で運ぶ物を自力で持っていこうとしちゃった……
一人が台車を持ってきたので、料理長さんと一緒に台車に乗せる。
それから、付け合わせのパンが大量に台車に乗っていく。焼きたてで香ばしい匂いがする。
私は料理長と一緒に厨房を出た。
台車をカラカラ鳴らしながら外廊下を歩いていると、木剣が交わる音が聞こえてきた。
御者に襲われた時を思い出しそうになるも、首を振って違う事を考えた。
「こんにちは、どうされましたか?」
すると、こちらに気づいた団員の一人が駆け寄ってきた。
私はしどろもどろになりつつも、聞こえる音量でこう伝えた。
「あの、昼食を……」
それを聞いた団員さんが、訓練場へ思いっきり叫ぶ。
「おーい、昼食の時間だってよー!」
ピタリ、と剣の音が止まった。団員の方々が続々と宿舎へと入っていくのが見える。
それを追いかけるようにして、私たちも宿舎の食堂へと向かった。
「今日の昼食はなんだろうな。」
「あぁ、お腹すいた……」
綺麗に整えられた宿舎の食堂では、団員の方々がお腹を空かせて待っていた。
色んな会話が聞こえてくる中、見慣れない場所にキョロキョロしていると——うっすら見覚えのある顔が。
「あっ、公爵夫人!!」
私が話しかける前に、彼の方から気づいて口を開いていた。
「せ、先日はどうもありがとうございました!!」
私が勢いよく頭を下げると、すぐに上げるように促された。
頭を上げてみると、チョコレート色の髪と瞳の男性が立っていた。
「覚えていて下さってたんですね! 僕、公爵邸騎士団長です。カオンって言います!」
カオンさんは私を見て「顔色が良くなった」と言った。
(なんだか犬みたいな人だなぁ。リメアの言った通り)
そう思いつつ、私はポトフのお鍋の蓋を開け、どんどんお皿によそっていった。
「うまそう!」
「公爵夫人が直々に……」
「俺、ちょっとタイプかも……」
カオンさんの大きな声は、もちろん他の皆さんにも届いていた。
いつの間にか、会話の内容は私と昼食で分かれている。
配膳が終わると、団員の皆さんは勢いよく食べ始めた。
「いただきまーす!」
「うわ、うまい!!」
それぞれポトフとパンを頬張って、笑顔で美味しいと言っている。
嬉しさもあるけれど……頬張っている様子がリスみたいだ、なんて思ったりしてしまった。
料理長とリメアと一緒に隅っこへ移動する。そこで皆さんの食事を見守っていると——突然、食堂の扉が静かに開いた。
「カオンはいるか……何故ここにいる」
低い声、大きな体躯、薄い青の双眸。
「こ、公爵様。ごきげんよう……?」
入ってきたのはなんと、公爵様だった。




