13話 過去
「おい、起きろ」
私は公爵様に肩を軽く叩かれて起こされた。悪夢をみていたようで、汗をかき目には涙が溜まっている。
公爵様にそんな姿を見られたくなくて、ゴシゴシと目を擦って笑顔を作った。
「着いたぞ」
「はい、すみません」
馬車を降りると、リメアとカオンさんが出迎えてくれた。
「おかえりなさい!」
「ただいまです」
リメアと私は、先に部屋に戻るように公爵様に言われた。カオンさんは公爵様とその場に残っていた。
何か話すことがあるのかな。と、私はあまり気に留めなかった。
部屋に戻ってすぐに、リメアがとてもいい笑顔でこちらを見る。それから——質問責めが始まってしまう。
公爵様とはどうだったか、何か買ってもらったのか。
今日の出来事を根掘り葉掘り聞かれ、リメアはそれを聞いて盛り上がっていた。
「公爵様が!? そんな行動をされたんですか!?」
「うん。馬車で帰る時も、揺れるからって隣に座らせてくれたの」
「えぇっ!?」
リメアは驚きと興奮の混じった顔で、私の手を両手で握った。
「ルチェット様、きっと公爵様に気に入られてますよ! よかったぁ、お出かけを提案して!」
「……気に入られてるの?」
「公爵様は女性に興味があまり無いタイプなので、金平糖を貰ったっていうだけで凄いんですよ!」
リメアは心底嬉しそうに私を見つめている。別に、気に入られてても、気まぐれでも、どうだっていいのが本心なんだけど。
(私の求める幸せは、愛が条件とは限らないからなぁ)
でも、公爵様に気に入られるとしたら……殺されるリスクは少なくなるはず。これは一歩前進でいいだろう。
そういえば——
公爵様は"顔は怖いけど、小動物が好きな人"という印象だ。見た感じ、無愛想だけど優しいような……そんな人が何故、残虐と呼ばれているのだろう。
「リメア、公爵様は何故残虐と呼ばれているの?」
「あ……」
リメアは少し迷うような間があってから、意を決したように口を開いた。
「残虐という名前は——魔物討伐の際に、圧倒的な強さを誇るからです。情けをかけず、無慈悲に相手を斬っていくので……そう呼ばれています」
「な、なるほど……」
リメアは膝の上で手を固く握りながらも、ぽつぽつと話し続ける。
「幼少期から……今は亡くなっていますが、父親に過酷な訓練を強いられておりました。その強さは訓練に耐え抜いて得たものです」
一拍の間があってから、
「公爵様は、誰からも恐れられていたんです。それ故に、ずっと孤独に生きてきた方なんです」
と言った。
私は——いつの間にか、涙を零していた。
「……なので、公爵様には幸せになってほしいんです。幼少期から見てきましたが、あまりにも不憫で……」
私は袖口で顔を拭いながら、リメアに問いかける。
「リメアは、幼い頃からここにいたの?」
「はい。私の母がここで働いていて、それで」
ずっと、彼女は公爵様を見てきたんだ。それでも、公爵様は孤独だった。
(だからリメアは、私に公爵様と仲良くなって欲しかったのね)
「……私はね。公爵様と愛し合うつもりはないの」
リメアはそれを聞いて驚いた顔をした。そのあと、少し下手くそな笑みを浮かべて目元を拭った。
「愛がなくても、ルチェット様ならきっと大丈夫です。聞いてくれてありがとうございます」
頭を下げるリメアに、私はおろおろと手を動かした。それから、頭を上げるように言う。
「顔を上げて……聞いたのは私だし、こちらこそありがとう」
リメアがこちらを見たのを確認してから、私はソファに座り直す。
「あのね——私の生い立ちも、少しだけ知ってほしいの」
それを聞いて、今度はリメアがおろおろし始めてしまった。
「えっ、ルチェット様の生い立ちですか……? ご無理なさらなくても大丈夫ですよ」
私は首を横に振って、黄色いリメアの瞳と目を合わせた。
「いつか、話さないといけないと思っていたから。」
リメアが覚悟を決めたように座り、私は口を開く。暴力的な部分は外しながら、リメアに生い立ちを少しだけ話した。
不当な扱いを受けていたこと、社交界に出たことがないこと、身代わりで結婚したこと。
リメアは相槌をしながら聞いていたけれど、途中で鼻をすすっていた。
「リメア——これからも、私と仲良くしてくれる?」
「ううっ、勿論ですとも……!!」
暗い話が続いてしまった。窓の外を見ると、夜空に丸い月が浮かんでいる。
一度話を切り上げ、私たちは食堂へ向かった。夕食をとり、私達は浴場へと足を運ぶ。
すると、リメアが「髪を洗わせてください」と申し出た。自分で出来ると断ろうとしたけれど、リメアはどうしてもやりたいそうだ。
髪の毛を彼女のされるがままに、私は湯船にゆっくりと浸かる。ちょうどよい温かさで心地よい。
(今日は本当に色々なことがあったな)
「そういえば、公爵様の弟さんの奥さんに会ったの」
「あ、ディアナ様の事ですか? 綺麗な方ですよね!」
ディアナさんたちが来るのは楽しみだけど、その前に。私はやりたいことが一つあった。
「私ね——貴族教育を受けてみたいの」
私がぽつりと呟くと、リメアは髪を洗う手を止めた。
「貴族教育ですか……確かに、先程社交界にも出たことがないと仰ってましたね。いいと思います!」
「うん。早速公爵様に頼んでみようかな」
明日の予定が一つ決まったところで、私は湯船を出て浴場を後にする。寝間着に着替えてからベッドに横になると、今日一日の疲れが波のようにやってきた。
「おやすみ、リメア」
「おやすみなさい」
私はそのまま、眠気に導かれるように目を閉じた。




