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第11話 レアン視点 金平糖


◆◆◆

 

 先程、いきなり走ったかと思えば子供を突き飛ばし、馬車に轢かれそうになっていたあの女。


 俺が居るのに人を死なせるなんてあり得ない。


 そう思い、俺は瞬時に走り出してあの女の腕を掴み引き寄せる。間一髪のところで馬車は通り過ぎて行った。


 その時腕はとても細く、普通に握るだけで折れそうな程に弱そうだった。


 そしてあの顔。忌々しい程に頭に焼き付いて離れない。俺の目の前で泣いていたあの顔が。


 初めて近くで見たその顔は、少しウサギに似ていたような気がして。


(あぁ、癪に障る)


 女は嫌いだ。顔や財力にすり寄って、俺自身を見てくれない。俺だって、本当は——


「……おや、公爵様。先程は大丈夫でしたか?」


(俺は、何故先ほどの出店に戻ってきている?)


「夫人への贈り物ですか?」


 店員からの問いに俺は答えられなかった。あの女へ贈り物なんて、そんなのする訳がない。


 飾りの妻に贈り物など必要ない。最低限の関係でいい。

 俺はそう思い込もうとしたが、チョコレートを食べていたあの笑顔が脳裏をよぎった。


「……一つ。一つだけ買う」

「何色がよろしいでしょうか?」


 黄色、青、緑、紫。沢山の色の中から不思議と手が伸びたのは、桃色の金平糖だった。 


「夫人の髪の色に似てますね。きっと喜びますよ!」

「……」


 俺にはあの女は関係ない。そう、関係ないのだ。

 

 なのに。あの折れそうな細い腕と、引っ張った時の軽さが忘れられない。

 ウサギに似ているとは思ったが、ウサギのように力強い一面はなさそうだ。


 なのに、何故。


 俺は店員から金平糖を受け取って、弟嫁の店へ踵を返した。


 女とはあんなに細いものなのだろうか。あまり触れたことがない為分からない。


 いや、それにしても……骨の形が分かってしまうくらいには細かった。


 頭の中を空っぽにするように早歩きになって、ようやく店にたどり着いた。そろそろ服を選び終わった頃だろう。


 店の扉を開けると、彼女は新しいドレスを着て立っていた。


 俺に気づくと振り返って「公爵様」と呼んだ。


「あの……こんなにフリルが付いていて変じゃないですか? あっ、勿論ドレスを貶している訳ではなくて!」

「似合ってますって! ほら公爵様、どうです?」


 弟嫁はそう俺に聞いてくる。どうと言われてもドレス一つで変わるわけがない。

 適当に褒めておけば女はすぐに機嫌が良くなる。


「……ああ、似合ってる」


「ほ、本当ですか……?」

 彼女は嬉しそうに微笑むだけで、それ以上言葉を求めてこなかった。


(他の女より慎ましいんだな)


「いくらだ?」

「ふふ。楽しくお話できましたし、半額でいいですよ」


 弟嫁の言葉に彼女は困っていたが、俺は指定された金額を払いさっさと店を出た。彼女は律儀についてきている。


 少し歩くと、俺は金平糖の入った袋を指摘された。


「可愛らしいラッピングですね」


 その言い方に少しだけ違和感を覚えた。まるで、自分が何かを貰うことを——

 

「……これはお前のだ」


「えっ、私の……?」


 手のひらに押しつけてから「開けて良い」と言った。彼女は俺をチラチラ見ながら、留めてあったリボンをほどく。


「これは、金平糖……!? いいんですか!?」

「あぁ、子供を助けたからな。報酬だ」

 

 俺がそう言った瞬間——金平糖の瓶は、俺の胸に押し返されていた。

 

「い、いただけません!」

「……は?」


(……正気か?)


「子供を助けたのは私の勝手ですから、報酬なんて貰えません」

「……はっ、いいから貰っておけ」


 面白い。世間知らずで、血も見たことのないような箱入り娘なんだろう。彼女は。


「……ありがとうございます?」


 疑問符を付けたような感謝だったが、そこは言及しないでおいた。

  

「帰るぞ」

「あっ、はい!」


 慌てて後をついてくるが、歩幅が違いすぎて遅い。


 彼女が置いていかれそうになっていることに気づき、仕方なく手を引いて歩いてやることにした。



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