第11話 レアン視点 金平糖
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先程、いきなり走ったかと思えば子供を突き飛ばし、馬車に轢かれそうになっていたあの女。
俺が居るのに人を死なせるなんてあり得ない。
そう思い、俺は瞬時に走り出してあの女の腕を掴み引き寄せる。間一髪のところで馬車は通り過ぎて行った。
その時腕はとても細く、普通に握るだけで折れそうな程に弱そうだった。
そしてあの顔。忌々しい程に頭に焼き付いて離れない。俺の目の前で泣いていたあの顔が。
初めて近くで見たその顔は、少しウサギに似ていたような気がして。
(あぁ、癪に障る)
女は嫌いだ。顔や財力にすり寄って、俺自身を見てくれない。俺だって、本当は——
「……おや、公爵様。先程は大丈夫でしたか?」
(俺は、何故先ほどの出店に戻ってきている?)
「夫人への贈り物ですか?」
店員からの問いに俺は答えられなかった。あの女へ贈り物なんて、そんなのする訳がない。
飾りの妻に贈り物など必要ない。最低限の関係でいい。
俺はそう思い込もうとしたが、チョコレートを食べていたあの笑顔が脳裏をよぎった。
「……一つ。一つだけ買う」
「何色がよろしいでしょうか?」
黄色、青、緑、紫。沢山の色の中から不思議と手が伸びたのは、桃色の金平糖だった。
「夫人の髪の色に似てますね。きっと喜びますよ!」
「……」
俺にはあの女は関係ない。そう、関係ないのだ。
なのに。あの折れそうな細い腕と、引っ張った時の軽さが忘れられない。
ウサギに似ているとは思ったが、ウサギのように力強い一面はなさそうだ。
なのに、何故。
俺は店員から金平糖を受け取って、弟嫁の店へ踵を返した。
女とはあんなに細いものなのだろうか。あまり触れたことがない為分からない。
いや、それにしても……骨の形が分かってしまうくらいには細かった。
頭の中を空っぽにするように早歩きになって、ようやく店にたどり着いた。そろそろ服を選び終わった頃だろう。
店の扉を開けると、彼女は新しいドレスを着て立っていた。
俺に気づくと振り返って「公爵様」と呼んだ。
「あの……こんなにフリルが付いていて変じゃないですか? あっ、勿論ドレスを貶している訳ではなくて!」
「似合ってますって! ほら公爵様、どうです?」
弟嫁はそう俺に聞いてくる。どうと言われてもドレス一つで変わるわけがない。
適当に褒めておけば女はすぐに機嫌が良くなる。
「……ああ、似合ってる」
「ほ、本当ですか……?」
彼女は嬉しそうに微笑むだけで、それ以上言葉を求めてこなかった。
(他の女より慎ましいんだな)
「いくらだ?」
「ふふ。楽しくお話できましたし、半額でいいですよ」
弟嫁の言葉に彼女は困っていたが、俺は指定された金額を払いさっさと店を出た。彼女は律儀についてきている。
少し歩くと、俺は金平糖の入った袋を指摘された。
「可愛らしいラッピングですね」
その言い方に少しだけ違和感を覚えた。まるで、自分が何かを貰うことを——
「……これはお前のだ」
「えっ、私の……?」
手のひらに押しつけてから「開けて良い」と言った。彼女は俺をチラチラ見ながら、留めてあったリボンをほどく。
「これは、金平糖……!? いいんですか!?」
「あぁ、子供を助けたからな。報酬だ」
俺がそう言った瞬間——金平糖の瓶は、俺の胸に押し返されていた。
「い、いただけません!」
「……は?」
(……正気か?)
「子供を助けたのは私の勝手ですから、報酬なんて貰えません」
「……はっ、いいから貰っておけ」
面白い。世間知らずで、血も見たことのないような箱入り娘なんだろう。彼女は。
「……ありがとうございます?」
疑問符を付けたような感謝だったが、そこは言及しないでおいた。
「帰るぞ」
「あっ、はい!」
慌てて後をついてくるが、歩幅が違いすぎて遅い。
彼女が置いていかれそうになっていることに気づき、仕方なく手を引いて歩いてやることにした。




