095●遠い道のり
何度目かの停戦交渉の場は、戦場から遠く離れた中立地帯の古い城館だった。
石造りの広間に、冷たい風が吹き込む。
ウィルフレッド・フォンベルト・アンダーソン子爵は、軍服に身を包み、まっすぐに敵の将を見据えていた。
その相手・・・ヴァルター・グレイヴス将軍は、灰色の軍服に巨躯を包み、老練な鷲のような鋭い眼差しで彼女を迎えた。
「・・・あなたが、あのローレンス卿の身内か。」
その声は低く、しかし敬意を含んでいた。
「はい。ウィルフレッド・フォンベルト・アンダーソン、我が王の名代として、ここに参りました。」
ウィルフレッダの声は凛としていた。
彼女は兄の爵位を継ぎ、男として振る舞うことを王命により義務づけられている。
だが、目の前の男は、彼女の内にある’妹’としての存在を見抜いていた。
沈黙が広がる。
「もう、どれぐらいになるのだろう?・・・あなたの兄は、我が軍の進撃を止めた。その意志の力で。」
ヴァルターはゆっくりと言った。
「我々は勝っていた。だが、彼が立ち続けたことで、兵士たちは進むことを拒んだ。私は、追撃を止めた。」
ウィルフレッダは目を伏せず、まっすぐに彼を見た。
「それは、あなたが、もう戦えなくなった、ということだったのですか?」
ヴァルターの老いた顔に、わずかな苦い笑みが浮かぶ。
「そうだな。あれは、彼の勝利だった。彼の勇気、国を思う決意は、我々の心に響いたのだよ。」
ウィルフレッダの胸に、何か熱いものがこみ上げた。だが、それを表に出すことはしなかった。
「兄の死は、私に道を示しました。私は、彼の跡を継ぎ、国を守ります。あなたが敬意を持って兄を語るなら、私もまた、あなたの戦士としてのご厚情に感謝します。」
ヴァルターは静かに息を吐き、ウィルフレッダに言った。
「ローレンス・フォンベルト・アンダーソン。彼の名は、我が軍の記録に残してある。敵としてではなく、英雄として。」
ウィルフレッダは一歩前に出た。
「ならば、彼の弟として、あなたに問います。戦争をやめることはできませんか?恒久的和平は望めぬものなのでしょうか?」
ヴァルターは目を閉じる。
「・・・ローレンス卿の意志を継ぐ者として、あなたが、彼を超える日が来ることを願っている。」
その言葉に、ウィルフレッダは静かに頷いた。
広間の空気は、戦の残り香をまといながら、静かにして確かな敬意と未来への望みをたゆたわせている。
それでもなお、完全な和平への道は遠い。
ロイ・ラベンダー・エンジェラムが、この世界線に現れるのは、もう少し後のことである。




