093●睥睨する死者
戦場の喧騒が、次第に静まり始めていた。
ラベリアの若き兵士、カイルは、剣を握る手の汗を拭いながら、前線の様子をうかがっていた。
味方の軍勢は圧倒的だった。数にして十倍以上。勝利は確実だと誰もが思っていた。
だが、前方に立つ一人の男が、すべてを変えた。
「・・あれが、文官だって?」
カイルは信じられなかった。
血にまみれ、傷だらけのその男は、剣を地に突き立てながら、まるで王のように堂々と立っていた。
彼の周囲には、倒れた兵士たちの屍が積み重なっている。
味方も、敵も、区別がつかないほどに。
男の目は、死してなお鋭く、まるで生きているかのようだった。
睨まれたような錯覚に、カイルは一歩、後ずさった。
「・・・動かない。だが、本当に死んでいるのか?」
誰も近づこうとしなかった。指揮官でさえ、遠くから様子をうかがう。
「追撃は・・中止だ。これでは追えない。」
兵士たちは皆、目を凝らしている。
誰もがあの男がまだ、力を宿しているのではないかと恐れていた。
もし近づけば、剣が振るわれるのではないか。
もし声をあげれば、ひと睨みで魂を喰いつくされるのではないか。
カイルはその場に立ち尽くした。
風が吹き、男のマントが揺れた。まるで、まだ戦いが終わっていないと告げるかのように。
「・・・あれが、アンダーソン家の長男。ローレンス子爵か。」
その名は、後にラベリア軍の間でも語り継がれることになる。
「死してなお、戦場を支配した男」
「睥睨する死者」
「剣を握る文官」と。
カイルはその日以来、剣を抜くたびに、この男の眼差しを思い出すことになる。




