008●賭け事はしない
「3人でポーカーでもしないか。」
俺は2人に声をかけた。セキュリティ・コア分局での待機要請が出て、もう3時間。ヒマを持て余しているのは、俺だけではない。
「いいわ。でも、私、結構強いよ」とエイミーが答える。
1回ごとにベットするのは、少額のコインと提案する。だが、ジンが言う。
「ああ、すみません。賭け事はしないんですよ。」
「なんだあ、今更、法にふれるなんていうつもりか?」
思い返せば法律ギリギリか、明らかに一時的だと言い訳をしても、違法なことをやってきたぞ。
「いえ、今、もうちょっと大きな賭けをしているので、ここで運を使いたくないんですよ。」
ジンはあいかわらず穏やかな声だ。
「なんなの、そのちょっと大きい賭けって」エイミーが尋ねる。
その瞬間、コールがなる。
「出動してくれ。3人ともだ。」
俺の愛車は改造済みだ。結構な金額を注ぎ込んでいる。交通法規を無視すれば、公道のスポーツカーなんかゴボウ抜きだ。地下駐車場を出て、もらったサイレンを装着、現場までほんのわずかな時間で到着。エイミーは後部座席で目をつぶって固まっていたが。
小さなビルを取り囲むうじゃうじゃいる警官を押しのけ、身分証を見せ黄色いテープをかいくぐる。いくぞ、エイミー、ジン!
この現場は悲惨だ。本国で一度対戦したが、あの時以上だ。悪い意味でレベルアップしてる。銃創ではない。身体が潰れている、という表現が適切か。これがつい先ほど起こったんだよね。見渡した限り、犠牲者は警官を含めて10人程度。この部屋の全員か。腹部に大穴が開いているもの、頭部が消失しているもの、スプラッターフィルムでもここまでのシーンはない。
仮に私の義体部分を総動員したとしても、短時間にこれだけのことができるのだろうか。’加害者’もまだビル内にいる可能性が高いというのって、かなり危ない状況よね。でも、まあ、このために、日本に来たのだから。
室内の惨状はそれとして、このサイズの、たかが5階建てのビルに潜むには限界があるよな。
「本当にそいつは外に出ていないんだな?」
「すぐに警官隊が取り囲んだということですよ。駆け付けた時には、まだ、2階から悲鳴や破壊音が聞こえていたといいますから。突入部隊で生き残って帰ってきた者たちは、この部屋にいたと言っています。」
ジンはいつもの口調で答える。こいつはなんで感情を高ぶらせたりしないんだろう。俺の嗅覚でもアドレナリンの分泌は感じられない。
「じゃあ、かくれんぼのオニになろうぜ。可能性は低いが、1階はあんたが行ってくれ。3階はエイミー、4・5階は俺が行く。」
「3人で行ったほうがいいんじゃないですか。お二人とも近接戦闘のプロですが、中距離はわたしの担当ですから。」
「怖気づいたのか、ジン。各階、この程度の広さのオフィスなんだから、近間での遭遇しかないぞ。それにあんた、近接戦にも少しは対応できるんだろ?」
「相手のスペックがはっきりしないんだから、ジンの言うことに一理あるんじゃないの?」
エイミー、’一理’なんて日本語、おぼえたんだな。上手くなったよな。
「最愛のターゲット様に出会ったら、お互いを呼べばいいさ。それぐらいの時間はそれぞれで稼げるだろ?ビルの外に逃げられるほうが厄介だぜ。効率よく見つけ出そうや。」
俺の言葉に2人も頷く。
3階への階段を上る。エレベーターは電源をカットしているし、非常階段を含めて外部はSATが狙撃体勢についている。でも、あの薬物の効果は今や未知数だ。痛覚と理性をなくし、筋力が異常に増大する。あれほどの殺戮を短時間で行う能力は、想像以上ね。狙撃で対応できるのだろうか。
日本には、まだ詳細は伝わっていないが、だからこそ、私が仕留めておくほうがよいのかもしれない。
オフィスのドアに近づく。
姿勢を低くして音を拾う。左の聴音レベルをあげる。ドアの中から呼吸音が聞こえる。生き残りがいるのか。いや、ちがう。人というより獣のような。あの時の’あいつら’より、なんか危ない感じ。
一応、拳銃を構える。得意じゃないけど。そっと近寄り、ドアを静かに開く。
照明は落ちている。でも、窓から光は入るから、視覚的には困らない。アメリカで任務を共にしたスティーブ、今日は彼がいなくても、問題ないよね。
呼吸音から場所を割り出す。奥のデスクの陰だ。
「両手を頭の後ろに組んで出てきなさい!」
言っても無駄だろうな。やはり応答はない。ゆっくりと近づく。
突然、’それ’は飛び出してくる。反射的にトリガーを引く。フルオートだ。奇跡的に何発か命中するけど、接近スピードは落ちない。
拳銃を投げ捨て、左パンチを顔面に叩きこむ。鈍い音とともに、’それ’は壁まで吹っ飛んだ。やったか?いや、右の眼窩を陥没させて、’それ’は立ち上がる。効いていない?ウォっという呻り声と共に向かってくる。カウンターでキックを入れる。完璧なタイミングで、足先が胴体にめり込む。けれど’それ’は上体をあずけ、掴みかかってくる。屈伸してかわす。右脚で足を薙ぎ払う。結構な手ごたえがある。ということは、こいつ、衝撃に耐えているの?それでも転倒させる。左足の骨は砕いたはずだ。
まだ、立とうとする?いやだ、前はこんなこと、なかったけどな。うわっ。両手で胴体を持ち上げたかと思うと、そのまま体躯を跳躍させ体当たりが来る!避けきれない。左腕でブロックする。今度はこちらが吹っ飛ぶ。後方のデスク、レターケースや書類ファイルなんかがバラバラと飛び散る。くっ、ボディは生身なんだから。後転しながらショックをやわらげて着地する。
銃声だ。月齢10日、階段を一気に全段飛び降りる。室内に入る。エイミーが起き上がろうとしている。ヤツか。顔半分が崩れて片足で立っている。器用な野郎だ。
「こっちだ!来い!」
挑発する。俺を見やがる。右足だけで跳んだ!体ごと受け止め、左へ回転、そのまま全力で床に叩きつける。
ドオォーンン!ビル全体が揺れる。ぶつけた箇所に亀裂が入る。ざまあみろ!・・・こいつ、どうなってやがる?まだ、動くのか?立ち上がる?
ジンが入ってきた。危ない!声をかける間もなく、’あれ’に近づく。振り回す腕をかいくぐる。速い。’あれ’の周りでステップを踏む。踊っているように見える。何してるの?
ヤツがおとなしくなった。手足を背中にエビぞった状態で動かなくなった。よくみると細いロープで縛られている。切れないのか?
「遅くなりました。3階まで駆け上がるのはきついですね。」
これだけやっても、息も切らしてないじゃないか。
「どうなってんだ?」
奇声をあげてもがく野郎を見ながら尋ねる。
「ラボで開発した特殊カーボンファイバーです。」
「切れないの?」
「鉄よりずっと強いですが、今回はさすがに使ってみないとわからなかったですね。」
「それって賭けじゃねえか。」
「イチかバチかではありません。だめなら、次の手があります。だから賭けではありません。」
「どんな手なの?」
「まあ、それはそのうちに、ね。」
こいつ、結構、頑固だったんだな。しかも、近接戦にも’少しは’対応できる、ってことはよーくわかったよ。




