006●ココア、コーヒーをたのむ
すぐ横で砲弾が炸裂した。疾走する車の後から爆風が追ってくる。
「アキラ、今のはあぶなかった!」後部座席からエイミーが叫ぶ。
「わかってる!俺の運転技術を信用しろ!」と叫び返す。
助手席のジンはあいかわらず落ち着いていやがる。
俺はバックミラーを見ながら、フルスピードで走るという離れ業を披露している。ちょっとは褒めてほしい。
「オオガミさんは、すごいですね。」ジンの後ろのココアが言う。
俺の心を、まるで読んでいるかようだ。
「メカロイドでも、人の心の機微を分かってらっしゃる。アメリカ人にも学んでほしいね。」
エイミーが機嫌を悪くする。と言っても、そんなことに構っている余裕はない。
「次弾、来ます」とココアの声。
ハンドルを操作しながら、砲塔の動きを見る。ドーン、という音を聞くより、もちろん速く左に逃げる。今度は車を追い越して前方のビルに命中した。交差点をとっさに右に折れる。片側2車線から1車線になっている。
「まずい。道が狭い分、避けきれないぞ。」
「アキラさんは、満月期だから反応速度も無敵じゃないですか!」とジンが叫ぶ。
冗談じゃない。いくら満月期の狼男でも、最新式の戦車砲弾の直撃をかわし続けるのはむずかしい。以前に南米で対戦した時は、この身ひとつで近づき、運よくハッチから銃撃している戦闘員を放り出して、何とかなったが。
「アキラさん、次の角を左へ!」
「何かいいことがあるのかよ!」俺は呻きながら、ハンドルを切る。
「アキラ、今のはあぶなかった!」後部座席からエイミーが叫ぶ。
いや、向こうはわざと外している。あの速度で追尾しながら、この距離であの性能、ターゲットを外すはずがない。大神の反応速度がいくら超人的であるといえど。データを集めているな。マイロードもわかっておられるはずだ。
ー私が反撃しましょうか? 王虎がマイロードに尋ねる。
ーお前が撃てばあんな戦車なんか跡形もなくなってしまうぞ。リョウマが応える
ーだから出力を抑えて、亜空間からの超近接であれば、まわりからわかるまい。
ーだめだめ。あとであのうるさい局長が残骸を調べつくす。突然、戦車が爆発する説明がつかない。それに・・・それはルール違反にならないか?
ーでは・・・ここはやはり、私がでますね。
ーいや、レイディ・ココア、あなたの攻撃装備では。
ームサシさん、このボディの最終段階のチェックがまだなんですよ。
ーえっ、それって。
ー万一、鹵獲された時の対応措置ですよ。あの戦車さんと発想は同じですね。マイロード、ご許可をお願いします。
僅かな、一瞬の沈黙があったか、なかったか。
ーすまない、たのめるか。
ーハイ!
「アキラさん、次の角を左へ!」ジンが言う。
「何かいいことがあるのかよ!」
俺は呻きながらこたえる。ハンドルを左に切る。最小半径だ。タイヤが軋む。
エイミーが叫んでいる。
「ココアちゃん、何するの!」
ココアちゃんがシートベルトを外した。窓を開けている。ただならない雰囲気を感じて叫ぶ。
「ココアちゃん、何するの!」
彼女はにっこり笑うと、なんて素早いの!窓から飛び出した!
バックミラーを見ると、ココアの姿がない。ジンが大声で言う。
「アキラさん、全速離脱!!」
アクセルをめいっぱい踏む。エイミーの後頭部が見える。さらに、リアウインドウの向こうにココアが。曲がってきたばかりの戦車を待ち構え、装甲版に張り付いた!光だ!白い光!。何だ?戦車が!爆風が来る!!
「アキラさん、前を見て!局へ、セキュリティ・コアへもどりましょう!」
俺は力なくドアを開けた。局長がいる。珍しい。分局にくるのか。普段はリモートでの指示なのに。だが、局長がいようがいまいがどっちでもいい。満月期なのに力がはいらない。エイミーも無口になっている。
ココアが戦車を破壊した。見事なまでに。だが、体当たりだ。自爆だ。砲塔を含めた中心部だけ、ごっそりなくなっていた。あれではメカロイドといえど、助からない。全部溶けちまった。
「タカミヤ、いきなり最終段階のチェックとは聞いていなかったぞ。」
「申し訳ありません。通信妨害もかけられていたので、ご連絡できませんでした。」
「汎用ヒト型メカロイドの試作機については、君に全権がある。しかし、後始末をするこちらの身にもなってほしかったね。人工知能戦車の暴走と内部構造の欠陥による爆発ということで、マスコミには対応済みだ。現場の状況もそれなりに整合性を保つようにした。ラボへの貸しにしておくぞ。」
あれが最終段階のチェックだった?!何をいってやがるんだ。
「おい、ココアは元から、いずれ自爆することになっていたのか?」
俺の殺気にエイミーが続く。
「ちょっと聞き捨てならない。人の命をなんだと思っているの!」
「あれは人ではない。メカロイドだ。」局長は表情も変えない。
俺は怒りのあまりデスクの縁を握りつぶした。ジンも許せん!
その時、後ろの扉が開いた。
「みなさん、ただいま。そしてお帰りなさい。お疲れさまでした。」
振り向くとそこにココアがいる。俺は文字通りポカンと口を開けてしまった。
「ココアちゃん・・・えっ、本物?」エイミーが泣きそうになっている。
「はい、‘本物’ですよ。さっきまでちゃんと皆さんと一緒にいましたよ。」
「なんで無事なんだ。どういうこった。どんな魔法を使ったんだ?」
「わたしたちは魔法のことを科学と言います。でも、それはトップシークレットですよ。」
「局長、どうなってるの。説明しなさいよ!」
「トップシークレットだ。」
—マイロード、最終チェック項目はクリアですね。
ーありがとう。すまなかった。どうだ、今度のボディは?
ーはい、‘この’ココアもいいですよ。‘あの’ココアと全く同じですね。違和感はありません。
戦車さん、痛かったかな・・・。ごめんね。・・・でも、約束は守ったよ・・・。
こんなに力が抜けたことはない。質問攻めにすると、ココアちゃんは確かにココアちゃんだった。これまでの記憶は確かだし、車から飛び出したときのこともちゃんと覚えている。ぐったりと椅子にすわりこむ。ジンとココアちゃん、このふたり、どうなっているんだろう。ジンがやわらかな声で言う。
「すまない、ココア、コーヒーを頼んでいいか。私も疲れた。」
「ハイ!ブルーマウンテンですね!」




