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005●美術部の後輩

この方が彼のお知り合いか。ご高齢だが気品のある女性だ。通された部屋も落ち着いた色調と家具で、ゆったりとした気分になる。私は彼女に言った。

「お時間をいただき、ありがとうございます。絵の鑑定に伺いました。」

「こちらこそ、お忙しいなか、ありがとうございます。友人から、ぜひ鑑定をしてもらえれば、ということでしたので。わざわざお越しいただいてすみません。」

「さっそくですが、画像でデータをいただいておりますが、実際に拝見いたします。」

私は了解を得て、テーブルの上の絵画を手に取った。額から出して詳細を確かめる。

「奥様と彼とは高校の先輩と後輩だったのですね。」

「はい、私が2年生の時に彼が入学してきました。当時は美術部に男子が来るのは、あまりなかったですね。」

彼女は遠い記憶を懐かしむように答えた。


「ジン君はいつまで見ているんだろう」と同じ2年の部員が呟く。

もう随分になる。確かに制限時間はないけれど、下校時間もあることだし。新入部員の最初の課題はデッサン、「卵」。これが意外と難しい。私も去年、自分の力のなさを思い知ったものだ。「卵」はバカにはできない。どの部分を切り取っても、曲面に見えるというのは難しい。あっ、描き始めた。結構なスピードだ。


新入生の出来上がりを見る。一目見てジン君のすごさがわかる。う〜ん、おぬし、タダモノではないな。


文化祭では部室で作品を展示する。絵画や彫刻などの造形物、なんでもありだ。それほど多くない部員数なので、ひとりで何作品も飾ることになる。絵についていえば、人物画、風景画、抽象画などにわけての展示になる。

校舎と道を隔てた1階の食堂から、外部階段で美術室のある3階まであがってくるのは大変だ。それほど人気のある場所ではない。

しかし、今年は違う。生徒だけでなく、一般にも開放しているが、結構な人数が集まっている。ジン君の作品のせいだろうな。

驚いたことがある。小さなこどもたちの多くが、彼の絵の前で立ち止まるのだ。1歳に満たない、母親に抱かれて泣いている赤ちゃんまでが、彼の絵の前では泣き止み、声をあげて笑う。生徒や先生たちも立ち止まっては、しばらく見つめている。私も、ちょっとした隠れファンだ。彼の絵には、温かさと穏やかさがある。見ていると懐かしいような、心がぽかぽかしてくるような、それでいて落ち着きを感じる。だけど、彼は作品を校外には出さない。きっと何かしらの賞をとれるのに。

「へんなやつ。」


「ジン君、転校するの?」

高2で転校って、どういうこと?

「とても心残りなのですが、父の国に帰ることになりました。」

「君って外国人なの?」

「母は日本人です。日本国籍を選ぼうと思っています。決めなければならないのは、もう少し先ですけど。」

「もう帰ってこないの?」

「いえ、また来ますよ。」

胸の奥がキュンと痛くなる。もう会えないのかも。いや、彼がまた帰ってくる、というんだから、きっと帰ってくる。でも、いつ?

「先輩、これ、もらってくれますか?」

彼は包を差し出した。

「ぼくが描いた絵なんですけど。」

「開けていい?」

「もちろん。」

茶色く細い荷造り用の紐をほどく。包み紙を開けると小さな額に入った人物像が現れた。あっ、これわたしだ。淡い暖色を背景にして、わたしの少し俯いた上半身が、彼独特のやわらかで穏やかなタッチで描かれている。いつの間に?モデルになった覚えはないのに。鼻の奥がツンとする。

「ありがとう。大切にするよ。」声を震わせないように、気を付ける。

「こちらこそ、そういってもらえてうれしいです。」

夕陽が部室の窓から差し込む。何か‘世界’が変わるような気持ちになる。


遠い思い出を話すと、画商は頷いた。

「以前、私は彼に尋ねたことがあります。これまで描いた中で、一番の傑作はどれですか、と。」

私は興味深く話に聞き入る。

「彼はこう言いました。’拙いながら、すべて真剣に描いてきました。すべてが思い出深いですね。ですが一番は、高校生の時に、先輩にプレゼントしたものですね。あなたの質問の答えになっていないかもしれませんが・・・’と。」

あの日々があざやかによみがえる。

「さて、奥様。この絵をわたしどもに譲っていただく、というのは如何でしょうか?」

私は微笑みながら答える。

「いいえ。せっかく来ていただいたのに申し訳ないのですが。」

「やはり。みなさん、そうおっしゃいますね。それもこちらの購入希望額も聞かれずに。」

画商は軽くため息をつく。

「いえ、彼の絵を見ることができてよかったです。それも直接聞いていた、私にとっては伝説的な作品ですから。」

「でも、話を信じていただけるのはありがたいのですが、本物と鑑定できるのですか。」

「サインが独特です。Jiei Takamiya と ‘高宮 時英’の両方があり、最後に‘R.L.A’とありますから。」

「私もサインは見ているのですが、R.L.Aの意味がずっとわからないのですが。」

「実は、画商のわたしでさえ、よくわかりません。彼は’他の世界線での名前です’と笑って言っていましたが。」

R.L.A。それが何という名前の略称なのか、私にはわからなかった。まわりからは「トキヒデ」ではなく、「タカミヤ」とか「ジエイ」とか「ジン」と呼ばれていたけど。

「いま、どうしているんでしょう。」

「わかりません。しかし、いつか戻ってくると言ってていましたね。」

ジンくん、また会いたい。


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