029●プロスペリティの‘魚の群れ’
良く眠った。ベッドに移されている。大きく伸びをする。悪いな、うちの侍女も結局、ロイの家で厄介になってしまった。アリスは一晩中、起きていたのか?ワインの次に飲み始めた、デンキ・ブランという銘柄だったか、美味しかったな。ロイの言ったとおり強かったな。でも、二日酔いはない。むしろ気分がいいぐらいだ。窓の外の景色がいいな。穏やかな気持ちだ。
食欲を刺激するいい匂いがする。ロイの声だ。君はソファで眠ったの?
「食事、できたよ!よければどうぞ。」
おいしい!ベーコンエッグ、パンもチーズもいろんな種類がある。野菜も自然の甘さを感じる。ミルクティーが体に染み渡る。王都の屋敷の食事より質素に見えるが、いやいや、これは別の意味で、とても贅沢だ。ケイトも遠慮がちに、だが、よく食べている。
「この食材は、みんなエターニティの産物なの?」
「野菜はうちの庭。パンは近くで買ったものだけど、小麦や卵、ベーコンなんかは、主にプロスペリティからのものだよ。」
「あれっ?あのあたりって結構、険しい山ばっかりだったよね。」
農耕できる平地はないはずだ。家畜だって、どこに放牧する?尾根沿いか?首をかしげるわたしに、ロイが笑って言う。
「それじゃあ、今日はプロスペリティに行こうか?」
「行こう!ぜひ、見た〜い!」
流石に並足ではなく速足、馬にまたがり、二人で並走する。風が気持ちいいな。木々や花の香がする。隧道や大きな橋をいくつも通過する。海も見える。「龍の顎」って湾なんだ。両岸の切り立った崖が龍の口のように見える。
この隧道を抜けると着くのか?思ったよりも、随分と早い。こんなに近いのか?
大きな洞窟だ。入口の高さも幅も、通ってきた隧道より大きい。馬車が一度に何台も通れるぞ。
「さあ、行こう。いろんなものをつくっているよ。」
この中へ?洞窟の中って、そんなところで栽培できるのか?
広いなあ。明るい。空が青い。いい天気だ。のびのびするな。小麦畑が延々と続いている。人々が陽気に働いている。洞窟の奥に、こんな世界があるのか。
「じゃあ、移動小部屋へ行くよ。」
移動小部屋?洞窟の壁に鉄の扉がある。
「上の階へ。」ロイが言う。扉が中心から、左右にスライドして開く。もう、これぐらいの魔法では驚かないぞ。中に入る。
確かに小部屋だ。殺風景だ。扉が閉じる。すぐに、開く。外にでる。あれっ?今度は果樹園だ。広い。空も高い。小麦畑はどこに行った?
小部屋に入っては、牧場を見たり、巨大な湖での漁をみたり・・。
「別世界がいくつもある。何が起きているんだ?これも’科学’という魔法なのか?」
「すまない、ちゃんと説明するよ。」
ロイが申し訳なさそうにいう。
「実はね・・・。」
信じられない!山の中はくり抜かれて、上下に何階にも区切られているんだって?!移動小部屋は垂直に「移動」する「小部屋」なのか。何の揺れもなかったが。あの「小麦畑」の「1階」は、本当は物見やぐらぐらいの高さしかないと?いや、空を見たぞ。確かに青い空だった。あれは幻影なのか・・・?
「つまり、何層にもわたって様々な畑や牧場が重なっているのを、わたしはそれぞれを別々の世界のように感じたってことなのか?」
「そのとおり。例えば君の屋敷の1階が接客用の部屋だとして、階段を登って2階に、書斎があるとしよう。1階と2階は、別の用途で使う、別の世界だろ。それを大規模に何層にもわたって建造したということだよ。」
「で、空が高く見えるのは’科学’ 魔法の力ってことね。」
「君の理解で正しいよ。むずかしく言えば、閉塞感のないよう、各階の天井に3次元的に空を映し出しているということなんだけど。」
「じゃあ、上に向けて矢を放てば、空に刺さるってことなの?」
「原理的にはそうなる。だけど安全対策が施されているので、実際は、途中で矢は止まってゆっくり落ちてくるけどね。」
一体、何階まであるのだろう。あの広大な山脈の中をすべてこのように活用しているとしたら・・・。気が遠くなる。膨大な収穫量となる。
「地下もあるけど、行ってみる?」
もちろん!驚きの連続だが、見ないワケにはいかない!
街がある。人が行きかう。やはり、空が見える。地下なのに美しい。荷車が行きかう。エターニティのように整備されている。マーケットもあちこちにある。
「よう、だんな!」
「元気そうですね。ご家族やみなさんに、おかわりありませんか?」
「おうよ。いやあ、最初に会ったときはびっくりしたけどよ。今じゃ、あの時の連中はみんなカシラになって、それぞれ好きなもん作ってるよ。ありがてえな。腹いっぱい食えるしな。それどころかお釣りがくる。子どもらなんか、’スクール’っていうのか?あそこに通えてよ、文字とか計算とか、俺にはわかんねえけど小難しいこと習ってるよ。我が子が親を超えていく感じってのは、嬉しいよな!アリスにまた、飲もうって言っといてくれ!」
「‘スクール’って何なの?」
「もともと‘魚の群れ’っていう意味。遠い国で使われていた言葉だよ。子どもたちが集まって活動する姿を、魚が群れているようだと例えたんだろうね。いろんなことを学ばせている。やって来れば昼食は無料で食べられるし、皆勤したら、ご褒美にお小遣いがもらえる。何よりみんなで休憩時間に遊ぶのが楽しいみたいだね。」
我が国にはない制度だ。貴族はそれぞれ学者を雇って子弟の教育をするが、庶民が学ぶ場なんてない。何の意味があるのだろう?
マーケットだ。歩きながら食べたり飲んだり、下品だけど、楽しいものだな。
「これだけの人たち、どうやって集めたんだ?すごい数じゃない?」
「戦乱で逃げてきたり、飢饉で移ってきた人たちが親戚や知り合い、友人を呼んでくれたからね。けれどね、実は収穫量に比べると、人はそれほど多くはない。’科学’の生産者、まあ、我々は機械とかメカロイドって呼んでいるけど、その労働力が大きいね。」
子どもたちがいっぱい、歩いている。今日の‘スクール’が終わったのね。お揃いの服を着ているんだな。背負っている鞄も同じだ。本当に魚の群れみたいだ。これから、大きくなるんだろうな。




