018●嵐の夜に
雨が降っている。嵐になるな。好都合だ。満月期は明るいのが難点だからな。
前々から目をつけてきた、エンジェラム・ラボ。どうも俺のカンが怪しいとささやく。怪しいというか、ヘンだというか、自分でもよくわからんが。フリーのルポライターとして、ゴシップ屋として何か見逃せない。
離れた路上に愛車を停め、デイバッグを背負いフェンス際へ。目出し帽を被る。
最近のセキュリティシステムは厄介だ。カメラは当たり前、赤外線センサーなんかもあちこちで使われている。悪漢ウルフとしては、テクノロジーの進歩にも、日々学習が欠かせない。
まずは、っと。軽く屈伸してからフェンスを飛び越える。着地点にセンサーがなく、防犯カメラの死角になっているのは、あらかじめ確認ずみだ。
予定経路を難なく走り抜け、1階の壁にへばりつく。あとは昇るだけ。映画のヒーローも顔負けだと自慢したいね。素早く移動し、屋上の内部へ通じるドアへ。ここはセキュリティが甘いんだよな。工具を取り出し、簡単に開錠する。
まだ、わずかな部屋にに電気がついているから、完全には自動警備はかかっていないはずだ。鼻歌交じりに階段を下りていく。人の気配はない。地下1階の扉の前。慎重にノブをまわす。明るい。照明がついている。ここにも、人がいるのか?こんな夜更けまでご苦労なこった。
足音を立てずに室内へ。研究室というには殺風景だ。もっと計測器とか、フラスコとかないのか。まあ、フランケンシュタインが実験台に拘束されてる、とは思っていないが。部屋の間仕切り代わりのロッカーを越えて進む。おっと、ひとり背を向けて座っている。ここは用心、用心。
「どなたですか?」
うわっ、気配を消しているのに!なぜわかる?!
「困りますね。ここは関係者以外立入禁止です。」
男がゆっくりと椅子をまわして、こっちを向く。身構える。警報は鳴らない。この男にも、威嚇や緊張はない。なんだ?
「まあ、せっかくお越しになったのですから、コーヒーでもどうですか?」
おいおい、そんな対応でいいのか。
「ブルーマウンテンしか飲まないぜ。」
「それは奇遇ですね。わたしが大好きな銘柄です。」
うれしそうな表情で立ち上がると、男はコーナーに向かう。身構える。ああ、給湯設備があるのか。
「お座りください。すぐに淹れますよ。No.1ですから、少しは期待してください。」
いかん、完全に相手のペースにはまっている。特に仕掛けはないことを確かめつつ、しかたなくソファに腰掛ける。男は慣れた手つき。ハンドドリップで淹れる。
「すいません、豆から挽いたものじゃないのですが。ミルクと砂糖はどうですか?」
「いらない。ブラックがいい。」
「それも、わたしと同じですね。」男がほほ笑む。
ほどなくソーサーまでついたカップが目の前に置かれる。残念、満月期にカフェインは影響しない。だが、味と匂いはわかるぞ。
覚悟を決め、潔く目だし帽を脱ぎカップを手に取る。毒が入っていたとしても、今の俺には問題ない。一口すする。酸味と苦味のバランスがいい。まろやかで雑味がない。フルーティーな香りだ。
「それで御用はなんですか?」
なんでこいつ、こんなに落ち着いてるんだ?
「ここでどんな研究をしているか、興味があってね。」犬歯をむき出し、脅し気味に言う。相手は動じない。
「いろいろやっていますよ。全部説明するのは、概略だけでも夜明けまでかかるかもしれません。」
「あんた、なんで慌てたり、怖がったりしないんだ?」
「あなたから殺気を感じませんから。」
「それだけの理由か?」
「そうですよ」とこともなげに言う。
うーん、じゃあ、聞いてやろうじゃないか。
「兵器とかヤバい薬物とか、政府や外国組織と開発してるんじゃないか。」
「ああ、そういうご心配ですね。」男は少し笑う。
「では、できるかぎり説明しましょう。」
いや、本当に夜があけちまった。嵐も通り過ぎたな。疲れはないが、驚きはある。革新的な研究をいくつも見る。細かな数式や化学式はよくわからんが。
「こんな解説、していいのか?」俺は呆れて尋ねる。
「ええ、公開する情報ですから。」
公開?いや、内部機密じゃないのか?新しい発想や工夫がてんこ盛りだ。
「特許はどうするんだ?」
「フリーライセンス予定の情報ばかりです。一般に広く利用してもらったほうが、使いやすいでしょう?」
「軍事転用とか悪用とか、されないか?」
「悪用は心配ですが、軍事転用については、これらの技術は公開すれば独占できないことになります。ですから、相互に抑止力が働く、と考えています。抑止力に頼る、というのは悩ましいですけれどね。」
確かに相手に同等の技術があれば、そうかもしれない。新たな兵器が開発されると、しばらくの間は周囲への脅威になる。だが、やがてまわりが同じように知識や技術を持てば、優位性は失われ膠着状態になる。
「うーん。あんた、軍事転用や悪用はしないと約束できるか?」
そんな約束はあてにならないって、百も承知だが。
「この世界で、わたしでよければ、約束しましょう。」
「へんな野郎だな、あんた。」
「いやあ、よくそう言われますよ。」
「・・・コーヒー、うまかったよ。」




