死霊が隣に在る日常【Ⅱ】
この悪霊と肩を並べて街を歩き――
すでに半日が過ぎようとしていた。
魔術演舞についても。
ハーリド王についても。
それとなく、街行く人々へ聞き込みは続けている。
だが――
ここまでに、新しい情報はひとつもない。
となれば。
今日という一日が、
本当にただの“デート”で終わってしまう可能性がある。
受け入れがたい現実だ。
だから僕は、
可能な限りの抵抗を試みた。
カレンの食べ物に毒を仕込む。
――しかし、浄化の魔術。
背後を取った瞬間、
硬い果実の種を頭蓋めがけて全力で投げつける。
カレンは振り向きもしない。
視線すら寄越さない。
ただ気配だけで、
それを弾き返す。
跳ね返った種は弾丸のような速度で、
僕の身体に幾度も風穴を開けた。
機会さえあれば、
カレンの暗殺を試みた。
だが彼女は――
それさえも、
まるでデートの余興であるかのように楽しみ、
自業自得で死にかける僕を、
そのたびに治癒した。
そして、ついにはこう言った。
「イズヒト様」
少し困ったように、首を傾げて。
「少しは、食らったフリをした方が宜しいでしょうか?」
おのれ、サイボーグめ。
言い換えるとこうだ。
「デートなので、合わせますよ?」
完全に、弄ばれている。
この光景を屋上から眺めているはずのアミナは、
いま何を思っているだろうか。
主の無様さに、
すすり泣いてはいないだろうか。
……いや。
僕はもう、涙も流れない。
慣れてしまっているのだ。
こんな、生産性のないやり取りに。
だが――
今日という日を、
戯れだけで終えるわけにはいかない。
ならば、せめてカレンについて。
少しでも、何かを明らかにする。
正体。
あの夜に行使した奇跡。
なんでもいい。
前へ進む道を、ひとつでも掴め。
「カレン」
名を呼ぶ。
「はい!
イズヒト様!」
忠犬が尻尾を振り回すような、満面の笑み。
殴っても、
正当防衛が成立するのではないか――
そんな破綻した思考が、脳裏を過ぎる。
「お前に、問わなければならない」
一拍。
「はぐらかす必要はない。
もう――答えてもいいだろう」
「……」
この女は、認めた。
千年前、病ではなく、
ハーリドによってアーイシャが殺されたことを。
ならば、もう。
王妃の物語を騙る必要もない。
「白状しろ」
問いに、カレンはわずかに俯く。
やがて、意を決したように――
重々しく口を開いた。
「……はい」
一呼吸。
「仕方、ありませんね」
小さな、自嘲の笑み。
そして。
「……84、56、85です」
「――!」
数字。
羅列された、三つの値。
暗号か。
いや――座標。
あるいは。
ここで声にしてはならない言葉を、
数字に置き換えたものか。
僕は、慎重に言葉を選ぶ。
「それは――」
一拍。
「お前の背負う、重大な秘密か」
「はい」
即答。
そして、神妙な面持ちのまま。
「……カレンの、スリーサイズです」
「――!」
その瞬間。
世界が、傾いた。
……いや。
傾いたのは世界ではない。
僕が、立つことを諦めただけだ。
膝から、ふわりと力が抜ける。
全身は、
この世のすべてを手放したかのように――
静かに地面へ倒れ込んだ。
悪夢だ。
僕の心労も。
この緊張も。
すべて――
カレンを喜ばせるための歯車でしかない。
カレンは頬を淡い桃色に染めながら、
うっとりと呟いた。
「はあ……」
湿った吐息。
「なんなのでしょう、この高揚は……」
一拍。
「乙女の秘密を晒したというのに、
“心臓が”どきどきと高鳴っております……!」
そして。
「あ、私もう、死んでるんでした」
……。
誰か。
いっそ僕を殺してくれ。
このお喋りな悪霊を祓うには、
もう僕の方から現世を手放すしかない。
「でも、イズヒト様」
屈み込み、顔を覗き込んでくる。
「私の“それ”を知って、どうされるのです?」
「……ダイイングメッセージにでも使うとするよ」
投げやりに答える。
「いやん」
カレンは頬を押さえ、嬉しそうに身をよじった。
「私の秘密を、死の際に刻んでくださるのですね!」
そして。
「では、特別に――体重も教えて差し上げます」
ゴミを寄越すな。
お前の言う“特別に”など、
詐欺師が並べるそれと価値は変わらない。
もう、起き上がるのもやめよう。
このまま。
ゆっくりと砂に削られ、
やがて風化していくのを待つ。
そう心に決めた――その時だった。
「あれ、ゾンビ君じゃないですか?」
なんだ、その不名誉な呼び名は。
僕は死してなお、
彷徨い歩かねばならないのか。
地べたに転がったまま、
視線だけを向ける。
「誰だ……?」
「やっぱりゾンビ君ですー!」
声が、やたらと大きい。
距離は保っているはずなのに、
まるで幻獣が耳元で嘶いたかのような声量だ。
その声量に反して、
背丈は驚くほど小さい。
幼い顔立ち。
金色の髪。
首元には、手形を模した銀のネックレス。
中心には、青い邪視の目。
同じ意匠のイヤリングも揺れている。
――“守護の五指”か。
千年前、似た形の護符を身につける文化があった。
もっとも。
いまのそれは、当時よりもずいぶん簡略化されている。
宗教的な護符というより、
民族的な装飾に近い。
そして――
それらのアクセサリよりも、
はるかに目を引くもの。
――指輪。
龍の紋章。
そこに嵌め込まれた、緋色の魔石。
学園における最上位の階級。
『王位』。
こんな小さな少女が、Tier1。
どうやらこの世界は、
可憐な少女に不釣り合いなものを背負わせるのが趣味らしい。
「人違いだ」
突き放すように言う。
「僕は歩く屍じゃない」
一拍。
「近付けば、幼女だろうと例外なくデート扱いで殺される」
顎で後ろを示す。
「僕の側にいる悪霊は、目玉が腐り落ちているぞ」
冗談ではない。
警告だ。
知り合い風を装われれば、
嫉妬によってこの地に血の雨が降る。
僕の日常において、
カレンとは――そういう仕組みだ。
だが少女は、僕の心遣いなど意にも介さない。
「ゾンビ君、死霊使いだったんですね!」
むしろ興奮気味だった。
「今、学園で超有名人ですよ!」
「……?」
なぜ。
相変わらず学園に顔すら出さない僕の名が、
広まっているのか。
思い当たるとすれば――
カレンを拘束するため、
“眠りを繋ぐ魔道具”を買ったときか。
所持金ごと精算台に頭を叩きつけた、
あの一件。
あれが悪評として広まったのだろうか。
そんな可能性を考えていると。
少女は瞳を輝かせて言った。
「あの、ソウマ君を倒したんですから!」




