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Life1の死霊使い!~前世の嫁を召喚したつもりが別人だった件~  作者: るろ
第一章 冷たき生に、死の花束を――
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حَتّىٰ بَعْدَ الْمَوْتِ، أَنَا مَعَكَ


「こうすれば、イズヒト様は――

 言葉でも、物理的にも、逃げられませんね♡」


 滴り落ちるような声音だった。

 冷酷さとも殺意とも違う。

 そこにあったのは、ただ恋に身を焼かれた者だけが持つ、過剰な体温だ。


 拒絶されることすら、愛の一形態として咀嚼してしまう。

 そんな歪んだ誠実さが、甘く、湿った声となって部屋に満ちる。


 理解は、遅れてやって来た。

 ――痛みと、ほぼ同時に。


「あ、ああ……っ」

 喉から零れた声は、悲鳴と呼ぶにはあまりに掠れていた。


 熱がない。

 あるのは、切断面から一気に流れ出す感覚だけだ。

 自分の身体が、もはや自分のものではなくなったという、静かな確信。


「ああああああっ……!」


 叫びは遅れ、痛みは追い越し、

 意識だけが取り残される。


 視界の端で、カレンが微笑んでいた。

 まるで、正しいことを成し遂げた者の顔で。


 悪い夢を見ているようだった。


 ここは、魔術演舞デュエロ・マギアの舞台ではない。

 幻影魔術が裂けた肉を繋ぎ止めることも、

 光が恐怖をやさしく覆い隠してくれることも、ここにはない。


 あるのは、手加減のない現実だけだ。

 無造作に、逃げ場なく突きつけられる――現実。


「カレン……!

 自分が何をしているのか、分かっているのか……」


 荒い息の合間から言葉を搾り出す。

 視線だけは刃のように向けたつもりだったが、

 彼女は怯むことも、咎められた顔をすることもなかった。


 ただ、小首を傾げる。


「イズヒト様こそ。

 約束を破らないでいただけませんか?」


 その声音には、非難も怒りも含まれていない。

 あるのは、約束が守られると信じて疑わない者の、当然の確認だけだ。


「今日の私の頑張りは、

 この瞬間を待ち焦がれてのものなのですよ?」


 ――理解したくない、という感情が先に立つ。


「……なら、お前の献身は」

 言葉が、喉の奥で軋んだ。

「すべて、そのあさましい欲望が形を取っただけで、

 僕への忠誠ではなかったということか……!」


「いえいえ」


 即答だった。

 否定に一切の迷いがない。


「イズヒト様を庇うのも、

 イズヒト様の代わりに死ぬのも、

 イズヒト様より深く痛みを背負うのも――」


 彼女は指折り数えるように、穏やかに続ける。


「すべて、イズヒト様の勝利のためです」


 その言葉と同時に、花が咲き誇るような笑みが差し出された。

 眩しく、疑いを許さない、純度の高い微笑。


「この魂の隅々まで、

 すべてをイズヒト様に捧げているのですよ?」


 だから、と。

 その言葉は、口にされなかったが、確かにそこにあった。


「――少しくらい。

 カレンに褒美を与えてくれても、良いとは思いませんか?」


 理解した。


 カレンは、突然狂ったのではない。

 最初から、ずれていたのだ。


 ただ、その歪みが、

 ようやく正確な形で、露わになっただけのこと。


 彼女の忠誠は、狂気を内包している。

 信仰と愛情と欲望が、区別されぬまま溶け合った、

 ひとつの、危険な完成形だ。


 このまま現世に留めていれば、

 いつか――確実に。

 僕自身が、その歪みに絡め取られ、殺される。


 ――だから、ここで消す。


 決意を悟られぬよう、

 言葉を整えながら、ゆっくりと上半身を起こした。


「お前は……なんなんだ」


 問いというより、確認だった。


「――正妃、王妃、妻、嫁……」


 カレンは、楽しげに数え上げる。


「いろんな肩書きで呼ばれましたが、

 どれも等しく、どうでも良いものです」


 即座に、結論が落とされる。


「私は、あなたを誰よりも愛する者。

 ただ、それだけですよ?」


 胸の奥で、冷たいものが沈んだ。


「僕は、お前のように歪んだ存在を、

 側に置いた覚えはない」


 吐き捨てるように言った。

 情を切り落とすための、言葉だった。


「酷いなあ」


 それでも彼女は、傷ついた様子すら見せない。


「私は、イズヒト様に呼ばれたから、

 現世にまで迎えに来たというのに」


 ――なら。


 僕は、ポケットへと手を入れた。

 指先が、硬く冷たい感触を掴む。


 アミナから託された、赤い秘石。

 緊急時のための、最後の楔。


「元いた世界に、還れ」


 言葉を、噛み締める。


「……バケモノ女が」


 魔力を、身体の底から押し上げる。

 血の代わりに流れるかのような力を、

 赤い秘石へと、強引に注ぎ込んだ。

 

 これは、情ではない。

 判断だ。


 忠臣アミナと共に、

 この存在を、討つ。


 柴色の魔力が、稲妻のように迸る。

 心臓から腕へ。

 腕から、秘石へ。


 意思と魔力が、完全に重なった――その瞬間。


「……はあ」


 カレンは、小さく溜め息をついた。


 同時に、雨が降り注いだ。


 身体に纏わりつくような、

 重く、粘つく感触。


 生温かく、

 赤黒い色を帯び、

 鉄の匂いを孕んだ雨。


「……へ?」


 間の抜けた声が、喉から零れ落ちる。


 違う。


 これは、雨じゃない。


 分かっていた。

 最初から、理解していた。


 ただ――

 それを、認めることを拒んだだけだ。


 視界が、赤に染まる。


 血飛沫を浴びながら、

 カレンは、ちぎれた僕の腕を抱いていた。


 まるで、壊れた宝物を扱うかのように。

 慈しむように。

 大切そうに。


 そして。


 切断されてもなお、

 赤い秘石を固く握りしめていた、

 僕自身の手を――


 彼女は、ゆっくりと、

 指一本ずつ、解いていった。


 そして、僕の行動さえ――

 最初から“愛の想定内”であったかのように。


 カレンは、労わるような声音を落とした。


「ごめんなさい。

 ……痛かったですよね」


「ひ……」


 痛みという感覚は、すでに遠い。

 代わりに身体を支配していたのは、

 理解の及ばない力と、逃げ場のない恐怖だった。


 僕は、ただ震えることしかできない。


「でも、駄目ですよー」


 柔らかく、諭すように。


「こんな物で、“我が家”に他の女性を呼ぼうなんて。

 不倫ですよ。不倫」


 指先で、赤い秘石を摘まみ上げる。

 部屋の明かりに透かし、

 内部に残った魔力の名残を確かめるように眺めてから――


 低く、鼻で笑った。


 そして、握り潰す。


 乾いた音と共に砕けた石は、

 赤い光の欠片となって床へ散り、

 血溜まりの中へ、静かに溶けていった。


 カレンは、一歩。


 さらに、もう一歩。


 逃げ場を確かめるように、

 床を踏みしめながら距離を詰める。


 制服を脱ぎ捨て、

 下着すら躊躇なく落とし、

 一糸まとわぬ姿のまま――


 彼女は、僕の上に覆い被さった。


「これ以上怪我したら、

 本当に死んじゃいますからね」


 右手に、淡い緑の光が宿る。


「【回帰の光(リグレシオン)】」


 治癒の魔術が、

 断たれた手足の縁を、縫い留めるように這い、

 流れ続けていた血だけを、確実に止めていく。


 ――だが、それ以上は、癒やされない。


 失われたものを取り戻すための魔術ではない。

 ただ、“生かすためだけ”の処置。


 死なせないための、最低限。


 それを終えると、

 カレンは、はにかむように微笑んだ。


「明日までには、

 ちゃんと、全部元通りにしますから」


 それは約束だった。

 逃げ道のない、優しい宣告だった。


 彼女は僕の自由を否定し、

 “殺す”よりも、“生かして管理する”ことを選んだ。


 選び続ける“王”に対する、

 最悪のカウンターを示すように。


「目的は、なんだ……」


 喉を震わせ、問いを投げる。


「僕とお前が交わったところで、

 お前はもう死んでいる!

 子供など、出来るはずが――」


 言葉は、最後まで届かなかった。


 カレンは、黙らせるように僕の唇を奪う。


 時間が止まったかのような、短い沈黙。

 唇が離れた後、彼女は静かに口を開いた。


「だから。

 最初から、言っているじゃないですか」


 まるで、何度も説明したことを思い出させるように。


「現世でもう一度、生きる理由があるとすれば。

 それは――」


 迷いはない。

 疑問もない。


 確信だけを、言葉にする。


「あなたの側に、居ることです」


「ふざけるな……!」


 怒声が、喉を引き裂く。


「お前がアーイシャでないことなど、

 もう分かっている!

 お前は、僕の忠臣をアミナ“さん”と呼んだ!

 そんな呼び方――彼女は、決してしない!」


「ああ……」


 カレンは、一瞬だけ思案する素振りを見せた。


 そして、何かを諦めたように。

 あるいは、どうでもよくなったように。


 開き直った笑みを浮かべる。


「そうなんですか」


 ――じゃあ。


 軽やかに、続ける。


「なんて、お呼びしていたんですか?

 アーイシャ・ラフティマ・レジット様は」


「貴様ぁぁぁぁぁぁぁ!」


 怒りの熱が、喉を焼く。


 その一言で、

 自分が“名を騙っていた”だけだと、

 白状したも同然だった。


 分かっていた。

 最初から、分かっていた事実だ。


 それでも。


 あまりにも軽々と、

 あまりにも無邪気に吐き捨てられ、

 理性が、音を立てて軋んだ。


 目の前の邪悪を滅ぼすため、

 魔術を練り上げる。


 魔術紋が形を成そうとした、その瞬間。


 ――カレンが、ただ指先を弾いた。


 それだけで、

 僕の魔術は、紙屑のように霧散する。


 ならば、残るものはひとつだけだ。


 力が通じないのなら。

 魔術が否定されるのなら。


 王として、

 最後に残された武器で――


 血反吐を吐くように、

 呪いの言葉を、叩きつける。


「僕は、屈しない……!

 お前にどんな目的があろうと、必ず――必ず、お前を殺してやる!」


 叫びは、誓いというより祈りに近かった。


「では」


 カレンは、まるで会話の流れを整理するように、穏やかに言った。


「私は、それを止めましょう」


 その声音に、悪意はない。

 むしろ、慈しむようですらあった。


「イズヒト様が求めているのは、

 死霊すら殺すとされる魔術書――

 『救済聖書ビブリオ・サルバシオン』ですよね」


 胸の奥が、ひくりと震える。


 彼女は、すでに知っている。

 僕の“切り札”を。


 カレンは、名案を思いついた子供のように微笑んだ。


「でしたら。

 私が、その魔術書を――

 破壊してしまう、というのはどうでしょう?」


「お前は……!

 どこまで、僕を……!」


「現実を、教えているだけです」


 即答だった。


「私がいなければ、イズヒト様は力不足。

 この世界で、選び続けることも出来ない」


 淡々と。

 事実だけを、積み上げる。


「だから――

 私に、依存するしかないんですよ」


 言葉は刃ではない。

 それでも、確実に心臓へ届く。


「寄り添い合いましょう?」


 一拍。


「千年前みたいに」


 その一言で、

 逃げ場は、完全に塞がれた。


 ゆっくりと、床へ押し倒される。

 血溜まりが、波紋を描いて広がる。


 その波紋に溶け込むように、

 カレンの気配が、耳元まで近づいた。


「私は……」


 吐息が、肌を撫でる。


「イズヒト様がいれば、

 他には、何もいらない」


 唇が、耳に触れる。

 歯が、軽く、確かめるように噛んだ。


 そして。

 愛を捧げるように、囁く。


「حَتّىٰ بَعْدَ الْمَوْتِ، أَنَا مَعَكَ」


 ――その瞬間。


 意識が、静かに沈み始める。


 魔術ではない。

 呪いでもない。


 ただ。

 現実から目を逸らすための、

 人間として、最後の選択だった。


 僕は、目を閉じる。


 自分の身体の上で、

 何が行われているのか――

 それを考えることさえ、放棄する。


 痛み。

 怒り。

 体温。

 匂い。

 快楽。


 それらすべてを、

 一度、焼き切るように。


 意識を断ち、

 僕は、暗闇へと沈んだ。




第一章 冷たき生に、死の花束を―― 完

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第一章ありがとうございました。

基本カクヨムで投稿しているので、「なろう」での継続の指標として、ブクマ評価を頂けると嬉しいです。


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