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Life1の死霊使い!~前世の嫁を召喚したつもりが別人だった件~  作者: るろ
第一章 冷たき生に、死の花束を――
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重ならない影【Ⅳ】


「ねえ、イズヒト様。

 そちらの女性は――

 どちら様でしょうか?」


 嫉妬、警戒、所有、疑念――

 それらは個別の感情として現れたのではない。

 一つに溶け合い、圧縮され、

 ただの一語として、空間へと滴り落ちた。


 感情的な怒りで、空気が震えているのではない。


 世界そのものが、彼女を「危険物」として認識した――

 その認識が、震えとなって顕在化しただけだ。


 カレンは、どこまで聞いていたのか。

 あるいは、言葉など不要で、

 何を感じ取ってしまったのか。


 選択を誤るな。

 判断一つで、彼女は

“始末すべき悪魔”にも、

“愛の重い、ただの少女”にもなり得る。


 その分岐点は――

 今、この瞬間、僕の手の中にある。


 裁くのではない。

 決めつけない。


 王とは、

 正解を断ずる者ではなく、

 選び続ける者だ。


 だから――

 僕は、選んだ。


「カレン! 良かった。

 探していたんだぞ?」


 その声は、意識して軽くした。

 張り詰めた空気を切り裂くには、

 剣よりも、冗談の方が向いている。


「え――

 本当ですか?」


 琥珀の瞳が、わずかに揺れる。

 先ほどまで空間を歪めていた殺意は、

 完全には消えていない。

 だが、行き場を失ったまま、立ち尽くしている。


「ああ。

 『あの世からお越しの――』で始まる

 迷子の呼び出しを掛けるか、

 真剣に考えていたところだ」


 これは、試金石だ。


 笑うか。

 怒るか。

 それとも――

 再び、世界を震わせるか。


 僕はただ、

 彼女の返答を待った。

 

「探していたのはこちらの方です!」


 ぱん、と。

 張り詰めていた空気が、音を立てて弾けた。


「私なんて、イズヒト様の名を叫んで

 学園中を走り回っていたんですからね」


「迷子の放送より恥ずかしいことをしないでくれ。

 僕が尻に敷かれているみたいだろ」


「恥ずべきことなどありません」

 彼女は胸を張り、悪びれもせず言い切る。


「ちゃんと

 『貴方のカレンが調教されたがっている』

 と、事実を触れ回りましたから」


 一瞬、

 言葉の意味を脳が拒絶した。


「今すぐお前のまっさらな頭の辞書に、

 “羞恥心”という文字を書き込め」


「では、イズヒト様が私に……」


 一度、言葉を飲み込む。

 それは躊躇ではなく、

 爆発のための溜めだった。


「今すぐ“羞恥”を刻み込んでくださあーい!」


 叫びと同時に、

 容赦なく飛び込んでくる。


 その姿は、

 戦場で生き別れた子犬が、

 ようやく飼い主を見つけた瞬間と重なった。


 魔術演舞デュエロ・マギアが終わった直後だ。

 勝利に貢献したカレンという存在は、あまりにも目立つ。


 そんな時に、

 僕が“調教”だの“羞恥”だのと口走り、

 それを実践している場面を誰かに見られでもしたら――

 それは、悲劇では済まない。


 僕は死霊術師から、

 サキュバステイマーという、

 身に覚えのない肩書きを世間から与えられるだろう。


 抱き止めるか。

 蹴り飛ばすか。


 判断に迷う。


 下手に刺激すれば、

 その不満がアミナへ向かうかもしれない。

 だが、この女を受け入れてしまえば、

 今後の僕の人生設計が――


 考えているうちに、

 僕の身体は、

 カレンの重みと共に床へと叩き付けられていた。


 石床の冷たさが、無言で現実を、骨の芯まで突き付けてくる。


 ――これはもはや、下手な戦争よりも厄介だ。

 だが、ひとまず考えるのはやめよう。


 僕はこの場でツッコミ役に回ったことで、「王」から「当事者」へと役割が移ったのだ。


 この床の温度は、政治の舞台の喧騒から、生活の場へと静かに戻されたことを告げる、微かな報せでもあった。


 アミナは緊張の糸を緩めることなく、驚愕の表情を浮かべる。

 彼女自身も、闘いの場以外のカレンを目の当たりにし、脳が処理しきれずにいるのだろう。


 アーイシャなら、こんな間抜けではない。


 正妃としての威厳と尊厳だけを、あの世に置き忘れてきたのなら、すぐに取りに戻って欲しい。

 その瞬間、現世との繋がりを穏やかに絶ってあげよう。


 冗談を脳裏に浮かべながら、アミナを視線で刺す。

 ――この場は任せろ、と。


 言葉にせずとも、アミナは理解したらしい。

 密やかに頷き、短く息を吐いた。


 僕は、腹上に跨るカレンを殴りたい衝動をどうにか飲み込み、できる限り穏やかな声を作った。


「カレン。

 あれだけの魔術を受けたんだ。身体に異常はないか?」


「はい!

 現世の魔術は凄いのですね。

 リアルな死の体感ができるなんて……あ、私、もう死んでるんでした」


「持ちネタにするな。

 異常が脳にしかないなら、問題ないな。良かった」


「それ、どういう意味です?」


 ――倫理一つ分のネジが不足してて、完成形ってことだ。

 そんな評価を胸の内に留めたまま、僕はカレンの額を軽く押して距離を作る。


 立ち上がり、今度は躊躇なく、彼女に手を差し出した。


 冗談でもない。

 機嫌取りでもない。

 召喚者と被召喚者、その歪な関係を一度脇に置いた、率直な意思表示だ。


「カレン。

 魔術演舞デュエロ・マギア――勝ったぞ」


 一拍、置いて。


「お前のおかげだ」


 命令でも評価でもない。

 揺るぎない事実だ。


 勝利の余韻くらいは、闘いに尽くした者と共有してもいいだろう。


 カレンは僕の手を取り、花が咲いたような無邪気な笑みを浮かべた。


「はい!

 お役に立てて、なによりです!」


「まあ、お前がいなければ、そもそも決闘をしなくて済んだんだけどな」


「あー、今せっかくいい雰囲気だったのに。

 またそういうことを仰るんですね。

 ……でもカレンは分かっております。

 これがイズヒト様の照れ隠しであることを」


「ぐ……」


 否定できない。

 小言を一つ残さなければ、僕という個人の気分が保てないのだ。

 今はパートナーではなく、あくまで“見届ける存在”なのだから。


 言い訳を自分に聞かせていたその瞬間――


「それで――」


 柔らかな笑顔のまま、冷たい声音が落ちた。

 視線はアミナへ向けられている。


「先ほどから佇んでいらっしゃる、こちらの女性はどなたでしょう?」


 質問というより、圧を伴った尋問だった。

 やましい関係ではない。気圧されることなく、僕は答える。


「ああ、()()()()()()だよ。

 彼女は――」


 琥珀の瞳がアミナの指輪――王位アブソリュオの証を捉えた瞬間。

 その瞳に、刃のような鋭さが宿った。


 ただ一言の紹介すら許さず、感情はそのまま魔術として放たれた。


雷砲トゥエルノン


 何を考え、何を察したのか。

 その柴色の雷光は、細い石の回廊を瞬時に満たし、空気を裂き、壁を震わせた。

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