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Life1の死霊使い!~前世の嫁を召喚したつもりが別人だった件~  作者: るろ
第一章 冷たき生に、死の花束を――
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重ならない影


 ――カレン……、カレン……。


 胸の奥で、その名が何度も反響する。

 あいつには、聞かなければならないことが山ほどある。


 これまでの僕は、彼女をぞんざいに扱ってきた。

 外見も、言動も、立ち居振る舞いも――

 そのすべてが、僕の記憶に刻まれたアーイシャとは似ても似つかない。


 だからこそ、切り捨てた。

 彼女は前世で寄り添った最愛の人ではない。

 そう結論づけることで、余計な感情を排除してきたのだ。


 だが――。


 今、その断定が、音を立てて軋み始めている。


 ソウマとの魔術演舞デュエロ・マギア

 あの場で、カレンは迷いなく忠義を示した。


 王の勝利のためならば、

 自らの命を礎とし、

 その先にある未来を見据え――すべてを、僕に託す。


 躊躇も、計算もない。

 ただ、信じるという選択だけが、そこにあった。


 その意思。

 その在り方。


 それは、まぎれもなく――

 前世で僕の隣に立ち続けた、

 あの嫁の姿と重なっていた。


 ……アーイシャ。


 否定し続けてきたはずの名前が、

 今は不意に、胸の内側で温度を持って甦る。


 もしも。

 ほんの僅かでも、もしも本当に――

 カレンが、彼女だとしたら。


 僕は、これまで何を見て、

 何を拒み、

 何を恐れてきたのだろうか。


 向き合わなければならない。

 はぐらかすことも、先延ばしも、もう許されない。


 カレン。

 お前のことを――知りたい。


 闘技場の熱気が、背後でゆっくりと剥がれ落ちていく。

 歓声は壁一枚を隔てた向こう側へと遠ざかり、

 代わりに、胸の内側で心臓の音だけがやけに大きくなった。


 どくり、どくり、と。

 拍動は次第に速度を増し、

 その焦りを誤魔化すように、脚が自然と前へ出る。


 魔術演舞デュエロ・マギアから弾き出された者が集められる、控え室。

 あそこに、カレンはいる。


 ――そう意識した瞬間、歩調は駆け足に変わっていた。


 その時だ。


「――良い試合だったわね」


 背後から投げられた声。

 感情の起伏を感じさせない、ありふれた調子。


「……」


 振り返るつもりはなかった。

 今は、誰の称賛にも付き合っている余裕はない。


 そう判断して、無視する――はずだった。


「カイス・イヴン・アル=ウラキウス王」


 ――っ!


 言葉が、足首に絡みつく。

 名を呼ばれた、というよりも、

 王という概念そのものに捕えられた感覚だった。


 身体が、意志とは無関係に止まる。

 靴底が床に吸い付いたように、ぴたりと。


 呼吸が、わずかに遅れる。


 今、この学園で。

 この名を、正しく、ためらいなく口にできる者が――

 どれほどいる?


 いや、いるはずがない。

 僕は、独白めいた形で前世と現世の差異を反芻することはあった。

 だが、王名を――カイス・イヴン・アル=ウラキウスという名を、不用意に外へ零した覚えはない。


「誰だ」


 声は思ったより低く、短く落ちた。

 問いを投げると、少女は壁にもたれたまま、ようやくこちらへ視線を寄越す。


 背丈は低く、

 切れ長の、鋭く赤い瞳。

 可愛らしいリボンでまとめられた黒髪のサイドテールが、わずかに揺れる。

 表情は穏やかだが、そこに感情の起伏は見当たらない。

 氷を薄く削ったような、冷たい印象だけが残る。


 制服姿だ。学園の人間であることは間違いない。

 それでも――記憶を辿る限り、こんな女と目を合わせたことはない。


 少女は、小さく、楽しげとも嘲るともつかない笑みを作った。


「ふふ。

 心臓を掴むような柴色の眼光。

 小柄な身体に似合わぬものを抱え込んだ背丈。

 そして――臆病さを隠しきれない、声の震わせ方」


 一つひとつ、品定めをするように言葉を並べる。


「やはり。

 あなたが、カイス王でしたか」


「やはり?

 以前から目星をつけていたかのような言い草だな。

 僕のストーカーは、愉快な霊体だけで十分なんだけど」


 軽口を並べながらも、思考だけは冷やしておく。

 彼女が組んだ腕の隙間から覗く指――そこに嵌められた指輪が、嫌でも目に入った。


 学園内の序列を示す証。

 ソウマと同格――王位アブソリュオ


 もしも、彼女が明確な敵意を抱いた人間であるなら。

 僕は今、完全に詰んでいる。


 カレンはいない。

 ここは魔術演舞デュエロ・マギアの舞台でもない。


 この場で起きる争いは、

 観測者のいない現実として、容赦なく清算される。


 喉が鳴る。

 無意識に、固唾を飲み込んだ。


 ――だが。


 次の瞬間、彼女が取った行動は、

 僕の想定を、静かに、しかし完全に裏切った。


 彼女は、

 跪いた。


ふるき王よ――

 覚醒を、心より祝福いたします」


「な……」


 僕の動揺など意に介さず、少女は淡々と続けた。


「私の名はアミナ。

 千年前、アミナ・ビント・ヌリーヤの名で、カイス様にお仕えしておりました」


「アミナ……まさか、

 あの【処刑人アミナ】か?」


 跪いたまま、少女は顔を上げる。

 そして、わずかに不満そうな表情を浮かべた。


「カイス様。

 私は【処刑人】ではありません。

 【秩序の番人】です」


 静かな声音で、言い切る。


「秩序を乱した者を粛清する――それが私の役目です。

 入浴場ハンマームを覗く、カイス様のような方を……」


 背骨を、冷たい記憶が這い上がった。


 ――あれは、度胸試しだった。

 あるいは、気配遮断魔術の修練という名目だったか。


 家臣たちを連れ、女湯を覗いたことがある。

 ほんの冗談のつもりだった。


 だが、そこに居合わせた

 秩序の裁定者(アミナ)に発見され――


 僕は、局部を跳ね飛ばされた。


 治癒魔術で再生させては、また跳ね飛ばす。

 それを、彼女は何の躊躇もなく繰り返した。


 悪夢のような時間だった。


 その一件以来、

 男たちの間で彼女は【処刑人アル・ジャッラード】と呼ばれ、

 畏怖とともに語られるようになった。


 王という立場にすら、あれほどの強気を見せたのは――

 彼女が、与えられた職務に、誰よりも誠実だったからだ。


 アミナは、

 信用に足る、僕の――

 愛すべき臣下である。

 

「驚いたな。

 君も記憶を引き継ぎ、現世へ転生していたとは」


「はい。

 本来であれば、もっと早くご挨拶を差し上げるべきでした」


 アミナは一度言葉を切り、視線を伏せる。


「ですが――

 イズヒト様が、主であるか否か。

 その判断に、迷いがありました」


「……僕が?」


 小首を傾げると、彼女は静かに面を上げ、立ち上がった。

 その仕草には、かつて秩序を司った剣の冴えはなく、

 代わりに、ほんのわずかな気後れが滲んでいる。


「現世でのイズヒト様は……

 その、あまりにも――病んでおられましたので」


 ――ああ。


 喉の奥で、乾いた息が漏れる。

 納得してしまう自分が、ひどく情けない。


 つまり、現世の僕は、

 かつての王――カイス・イヴン・アル=ウラキウスとは、

 似ても似つかぬほど、哀れな存在に成り果てていたのだ。


 女湯を覗くような愚行でも働けば、

 即座に秩序の番人に見つけ出され、

 局部と引き換えにでも、己を取り戻せたのかもしれない。


 だが――


 蘇ってからの僕には、

 そんな愚かさを演じる気力すら、残っていなかった。


 アミナは、わずかに間を置いてから、「しかし」と続ける。


「先ほどの魔術演舞デュエロ・マギアを拝見し、確証を得ました」


 彼女の声は淡々としている。

 感情ではなく、裁定を下す者の声音だ。


「【餓者髑髏ガシャドクロ】は、王にのみ許された古の魔術。

 そして、イズヒト様は――

 私が再び、忠義を捧げるに足るお方です」


 赤い瞳が、まっすぐにこちらを射抜く。


「その目には、確かに光が宿っていました。

 かつて失われ、そして今、再び掴み取った――

 “生きる理由”を持つ者の眼です」


「生きる理由、か」


 思わず、口の中でその言葉を転がす。


「……確かにな。

 この後、どうしても確かめなければならないことがある」


「――カレン様、のことですね」


 喉が、ひくりと鳴った。

 隠す間もないほど、露骨な反応だった。


 アミナは赤い瞳を伏せ、慎重に言葉を選ぶように続ける。


「決闘での、彼女の立ち振る舞い。

 イズヒト様との呼吸、間合い、そして判断の速さ……」


 一つ一つ、観測結果を積み上げるように。


「それらはあまりにも――

 カイス様の正妃、アーイシャ様を想起させるものでした」


 “似ている”という言葉は、使われなかった。


 それでも僕には分かる。

 彼女が口にしているのは、模倣でも、偶然でもない。


 ――重なってしまう、という感覚だ。


「カレンは、僕が死霊術で召喚した存在だ」


 言葉が、自然と零れ落ちる。


「死に際に譲り受けた、アーイシャの魔力と引き換えにね」


 かつての臣下が見ても、

 カレンの中に“彼女”を感じ取れるというのなら――


 であれば、やはり。


 やはり、カレンは――


「カレンは……アーイシャなんだ……!」


 期待は、疑問の形を取らなかった。

 そのまま、声音に溶けていた。


 だが。


 アミナは、わずかに眉をひそめる。

 それは拒絶ではない。

 口にするには重すぎる言葉を、正しく選ぼうとする者の逡巡だ。


 短い沈黙。


 やがて彼女は意を決したように、まっすぐ僕の瞳を捉えた。


「いいえ、イズヒト様」


 断ち切るように、しかし揺るぎなく。


「断言致します」


 一拍。


「召喚霊カレンは――

 アーイシャ様ではありません」


 その声は、

 禁忌を告げる裁定のように、静かに響いた。


「イズヒト様は、一体誰を、

 死後の世界から連れて来てしまったのですか?」


 その言葉は、あまりにも簡単に――

 僕の心臓を、凍りつかせた。




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