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Life1の死霊使い!~前世の嫁を召喚したつもりが別人だった件~  作者: るろ
第一章 冷たき生に、死の花束を――
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流星の咆哮


 腹の底を震わせるような、飛龍の咆哮が闘技場を揺らした。

 ――決着の報せだ。


 高空で弾けた火花は、瞬きを忘れた流星となって降り注ぎ、

 観客席のざわめきさえ、祝祭の一部として呑み込んでいく。


 勝者の栄光を誇示し、

 そして――決闘に身を投じた敗者すらも、等しく讃えるための、

 あまりにも過剰な演出。


 その光景は、どこか現実感を欠いていて、

 立ち尽くす僕自身が、巨大な舞台装置の一部に組み込まれたかのような、

 奇妙な錯覚すら覚えた。


 だが。


 スコアボードに刻まれた、ただ一つのライフポイント。

 消えもせず、揺らぎもなく、淡く脈打つその光だけが――

 この勝利が幻ではないことを、無言で突きつけてくる。


 遅れて、歓声が沸き立つ。

 観客たちもまた、結果を理解するまでに、

 一呼吸分の猶予を必要としたらしい。


 僕はそれに応えることもなく、

 手を振ることも、照れた笑みを浮かべることもせず、

 闘技場の中心で仰向けに倒れたままのソウマへと、

 静かに歩み寄った。


「ソウマ――」


「見事だ」


 その一言に、僕の肩がわずかに跳ねた。


 称賛という言葉が、

 誇りと矜持だけで自らを形作ってきた男の口から、

 しかも、誰よりも先に投げられるとは思っていなかった。


 ソウマは、こちらを見ることもなく、

 仰向けのまま虚空を見つめて、静かに言葉を続ける。


「跳ね飛ばした腕の再生時間まで、織り込んでいたか。

 ……大したものだ」


「君は、自分のライフさえ切り捨てて、

 僕に立ち向かってきた」


 一拍置き、言葉を選ぶ。


「そのやり方に――

 ただ、倣っただけさ」


 短い沈黙。


 やがて、ソウマは小さく息を吐いた。


「……そうか」


 そして、はっきりと告げる。


「認めよう。

 俺の――負けだ」


 ……どうやら、

 正しい勝敗を裁定するための観客は、必要なかったらしい。


 内心では、

 難癖の一つでもつけられる覚悟をしていた。


 だが、この男は違った。

 ぶつかり合った力を正面から受け止め、

 結果を結果として受け入れるだけの器を、確かに持っている。


 ならば――

 僕もまた、対等であるべきだ。


 勝者としてではなく、

 同じ舞台に立った者として。


「立てるかい?」


「……悪いな」


 差し出した手を、ソウマは迷いなく取った。


 その重みは、想像よりもずっと確かで、

 地に伏していた男のものとは思えなかった。


 僕は力を込め、引き起こす。


 王位アブソリュオは、

 その名に違わぬ矜持を携えたまま、再び立ち上がった。


「イズヒト。

 俺たちは、互いに報酬を賭けて闘っていたはずだ」


「ああ。

 魔術の衝撃で、記憶ごと吹き飛んだ――

 なんて言い出さないでくれよ?」


「はは……。

 そんな真似をしたら、お前の召喚霊に、死ぬまで――

 いや、死んだ後まで付きまとわれそうだ」


「それは間違いないね」


 カレンのことだ。

 賭けに敗れた者が責を果たさぬと知れば、

 文字通り、地獄の底にまで報酬を取り立てに行くだろう。


 ソウマは、そこで一度、視線を伏せた。

 薄い笑みが消え、空気が静まる。


 そして――

 ゆっくりと、僕の前に向き直る。


 片膝が地に触れ、

 砂が微かに音を立てた。


「まずは……先日の件だ」


 顔を上げないまま、言葉を選ぶように続ける。


「あの時の非礼。

 王の名を掲げる者として、あるまじき振る舞いだった」


 一拍。


「ここに、詫びよう。

 ……すまなかった」


「頼むから、金輪際――

 街中で不用意に魔術を放つのはやめてくれ」


 少し間を置き、続ける。


「カレンの教育に悪い」


 あの振る舞いを、現世の常識的作法だと誤解されては困る。

 挨拶の代わりにハグやキスを交わすのではなく、

 身体に穴を穿たれるのが礼儀だなどと学習されたら、

 風通しの良すぎる日常が始まってしまう。


 ソウマは一瞬、呆けたような顔をしたが、

 やがて小さく息を吐き、胸に手を当てる。


「……肝に銘じておこう」


 誓いというより、独り言に近い声音だった。


 ――さて、本題だ。


 正直なところ、

 あの日の謝罪が欲しかったわけではない。


 僕は、ソウマに屈辱を与えたかったのでも、

 膝をつかせて満足したかったのでもなかった。


 この魔術演舞デュエロ・マギア

 命を賭け、思想をぶつけ、

 王としての在り方すら曝け出したこの舞台は――


 最初から、ただ一つの報酬のために用意されたものだ。

 

 喉元まで迫り上がってきた言葉を、奥歯で噛み止める。

 呼吸を一つ置き、僕はゆっくりと問いを投げた。

 

「ソウマ。君は言ったはずだ。

 死霊すら殺す魔術書――『救済聖書ビブリオ・サルバシオン』の情報を教える、と」


「ああ」

 短く、しかし迷いのない肯定だった。

「――もちろんだ」


 その一言で、心臓が確かに脈を打つ。

 胸の奥で、眠っていた何かが起き上がる音がした。


「まず聞きたい。

 その書は、何のために存在する?」


「古の者が書き遺したものだ。

 ――死者を、正しく葬るための一冊だと聞いている。

 出自について知っているのは、それだけだ」


 生者ではない。

 狙われているのは、死した者。


 間違いない。

 それは死霊を“殺す”ために存在する魔術書だ。


 古の者とは、いつの時代の誰なのか。

 何を弔い、何を断ち切るために、この禁書は遺されたのか。


 ――いや。

 考えるだけ無駄だ。


 その答えは、いずれ手にした時、否応なく突きつけられる。


 欲しいという衝動に突き上げられ、

 指先が、ほんの僅かに跳ねた。


 ソウマはそれを見逃さず、確かめるように言う。


「イズヒト。

 お前に、その書を手にする覚悟はあるか?」


「覚悟?」

 思わず、笑いが喉に引っかかった。

「僕は蒐集家しゅうしゅうかとして遺物を欲しがっているわけじゃない。

 ――カレンを、いつでも葬れる手段として必要としている」


 沈黙が落ちる。

 ほんの短い時間だったが、空気は確かに重くなった。


 カレンという名に何を見たのか。

 なぜ殺すのか、その理由を問おうとしたのか。

 それとも、問う資格すらないと判断したのか。


 やがてソウマは、それらすべてを飲み込むように、

「……そうか」

 とだけ呟き、話を続けた。


「近いうちに、学園で魔術演舞デュエロ・マギアの小規模な祭典が行われる」


 淡々と、だが逃げ道のない調子で。


「今回は一対一ではない。

 その都度、ルールも条件も変わる。

 そして勝者には――」


 わざと間を置き、

 告げた。


「学園魔術書庫、その最奥。

 禁書庫と呼ばれる部屋にある書に、触れる権利が与えられる」


 一拍。


「――『救済聖書ビブリオ・サルバシオン』は、そこにある」


 ……禁書庫。

 噂程度には、耳にしたことがある。


 数万冊を蔵書する『夜明けの鐘(アルバ・カンパニュラ)』の大書庫。

 その奥底に、誰一人として立ち入ることを許されない空間が存在すると。


 金を一節で生み出す魔術。

 触れただけで国を沈めかねない秘石。

 そうした危険物が収められている――などという話は、

 半ば都市伝説として学生の間を巡っているに過ぎない。


 だが。


 仮に、その禁域が実在するとして。

 なぜ、それほどの場所が、たかだか学生の祭典の報酬として解放される?


 管理者は何を考えている。

 あるいは――管理されていないのか。


 そして、なにより。


「ソウマ」


 視線を向け、確かめるように問う。


「――なぜ、君がそのことを知っている?」


 ソウマは、薄く笑った。

 それは余裕とも、拒絶ともつかない、曖昧な弧だった。


「そんなことまで教えてやる義理はない」


 淡々と、切り捨てる。


「俺に勝った“報酬”は、確かに与えた。

 あとは信じるも、戯言として捨てるも――お前次第だ」


「……心の貧しい王め」


「ああ?」

 眉をひそめ、すぐに鼻で笑う。

「節約家の王、と呼べ」


 ――それはそれで、どうなのだろう。

 急に庶民的な側面を見せられても、反応に困る。


 どうやら、これ以上口を割るつもりはないらしい。

 彼が与えた情報は、あくまで対等な取引の結果であり、

 友誼や好意の産物ではなかった。


 僕は小さく息を吐く。


「分かったよ。

 情報をくれたことには感謝する。

 後のことは、こっちで調べる」


「そうしてくれ」


 そこで会話は終わった。

 そして遅れて、周囲の歓声がまだ止んでいないことに気づく。


 名も知れぬ者が、

 学園最高位――王位アブソリュオを打ち破った。

 騒がぬ方が無理というものだ。


 長居すれば、勝利者への質問攻めは避けられないだろう。

 そんな渦中に、カレンを巻き込むわけにはいかない。


 僕の嫁だの、飼い犬だの――

 不用意な言葉を衆目の前で投げられては、厄介だ。


 ……早く、迎えに行ってやるべきだな。


「じゃあ、そろそろ行くよ。

 カレンという化物を、学園に一人歩かせるわけにはいかない」


「ああ。

 あの女にも、見事な策略だったと、伝えてくれ」


「……」


 答えずに、僕は駆け足気味に闘技場を後にした。

 周囲の歓声は未だ止まず、空気は余韻の熱気で震えている。

 高く飛んだ火花の残滓が、まだ薄明かりのように視界の端にちらついた。

 その光は、僕の心の中で、揺れる期待と恐怖の残像と重なって見えた。


 ――『救済聖書ビブリオ・サルバシオン』。

 その存在に、ついに触れられた。


 カレンを殺す――

 その目的は、何一つ変わらない。


 ただ、この闘いでカレンは、

 前世の僕の側近クラスしかなし得ない策略をやってのけた。

 アーイシャの記憶を継承しているだけでは、到底不可能なことだ。


 もしかすると、カレンは――

 本当に、アーイシャなのかもしれない。


 ――この時の僕は、

 そんな馬鹿で、どうしようもない期待を、

 僅かに抱いてしまっていた――。

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