電話
その日、僕が帰宅できたのは、10時を過ぎてからだった。
ちょっとだけのつもりでパチンコ店に入った僕達だったが、2人とも調子がよく、なかなか帰ることができなかったのだ。
彼女からの電話に急いで帰って行く佐藤は、ほくほく顔だった。
家に着いて簡単なご飯を作る途中、思い浮かんだのはさっき見た瑠奈ちゃんの姿だ。
あの、ガラスに写った遠くにいる人影は、絶対に瑠奈ちゃんだと思う。
でもどうしてコチラを見ていたのだろうか。
あれが瑠奈ちゃんでなければ、完全なホラーのような見方だった。
…ただ遠くに僕の姿を見掛けて、声を掛けに行こうか迷っただけだろうか?
だとしたら、最悪だ。
こんなことを言ったら失礼だが、明らかにチャラい佐藤とパチンコに入って行ったのだ。
しかも大学の帰りに。
…あんなのを偶然見られて、いい印象を持たれるはずがない。
はあ、とため息をついて、出来上がった親子丼をどんぶりに盛り付ける。
そして使った調理器具を洗い、さあ食べようかと思った時、スマホが鳴り始めた。
桃花ちゃんだ。
今日あんなことを言われたあとだ。
出るのを一瞬ためらう。
それでも出なきゃいけないよなあ、と応答を押すと、「こんばんは!」と元気な声が聞こえてきた。
「…こんばんは。」
「ごめんね急に電話して!あのね、たつ君にちょっとお願いがあるんだけど…。」
「お願い」と聞いて、思い浮かんだのはやっぱり昼の話だ。
まさか、本当に三咲と会って話をしろって言うんじゃないだろうな…。
「どうしたの?」
恐る恐る聞くと、意外にも普通のお願いだった。
「あのね、前言ってた漫画貸してほしいの。」
ああ、なんだそんなことかと安心する。
前に言っていた漫画というのは、最近流行りのバトル要素が多い少年向けの漫画だ。
そういえば、桃花ちゃんはあの漫画に興味があると言っていた気がする。
「ああ、いいよ。明日でいい?」
「うんいつでもいい!……でもね、できれば大学以外の場所で渡してほしいの。」
一瞬ドキッとした。
今、大学以外の場所で女の子と会うのは控えたい。
しかも、相手は元カノの親友だ。
「え、どうして?」
「あの漫画、ちょっと大人なシーンもあるんでしょ。大学でだと、たつ君の周りの子に見られるの恥ずかしい。……特に佐藤君とか。」
佐藤の名前を呼ぶ桃花ちゃんの、声のトーンが一気に下がったことは誰にも言わないでおこう。
確かに、僕の友人達もあの漫画を読んでいるやつが多い。
大人なシーンが少し多いことを知っているから、あのいつも明るくて元気で少し天然な桃花ちゃんが読むことを知ったら、必ずからかうだろう。
中身を隠して渡してもいいけど、逆に怪しんで桃花ちゃんに絡むかもしれない。
「わかった。じゃあ…。」
どうしようか、でも向こうも誰にも見られたくないのだったら好都合だ。
「今から家まで渡しに行ってもいい?」
とらっと時計を見るともうすぐ11時だが、家まで渡しに行くなら危ないこともないだろう。
こんな時間なら誰にも見られないし。
そう思って言ったのだが、思いの外桃花ちゃんは焦った声を出した。
「えーと、家まではちょっと…。親に男の子と会うところ見られたくないし…。」
「じゃあ、家の近くにしようか?」
これならいいだろうと思ったのだが、予想外にも、桃花ちゃんは「いい!いい!」と否定した。
「あたしの家遠いでしょ?もっとたつ君から近いところにしよ!花山公園とかさ!!」
花山公園は、僕の家に近い公園だ。
でも花山公園にすると、逆に桃花ちゃんが遠いはず。
そう思って違うところにしようと言ったのだが、桃花ちゃんはゆずらず、最後には「花山公園に行きたいって言ってるの!」と少し怒り気味に言われてしまい、しぶしぶ頷いた。
「じゃあ、あたし今から急いで行くから!20分後に花山公園ね!」
桃花ちゃん家から20分で着くのだろうか、と思ったが、まあ待てばいいだけの話だろう。
「暗いから気をつけてね」と言うと、桃花ちゃんはまた元気な声で「はーい」と言った。




