↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/31

第8話 椎名、寺ならあれがあるだろう

水路に流してある胡瓜を塩でもんだ。味噌を水で溶かした。出汁っていうほどおかみさんも厚かましくないだろう。かまどなんて使い方も覚えがない。


「私、使えますよ」


 大問屋の丁稚ならここにある器具は使えるか。


「また頼むよ」


「お任せください」


 微笑んで胸を張るようにしているのを見て、本当に任せてみるのはいいかもしれない。ダメならダメでもいつも通りになるだけだ。


 米の用意も頼んでおこう。奥からおかみさんが出て来た。


「あぁ、それくらい私が」


「麦も米もないもので」


「いつもどうしているの?」


「裏の胡瓜を味噌につけて」


「どうやって生きているの」


 驚いた顔は千も一緒だった。千が来てから料理は椎名に分けて貰っていた。自分でも子どもに食べさせることが出来る食生活ではないと配慮はしていたのだ。二人は顔を合わせて口が少し空いていた。胡瓜と味噌と塩はそんなに悪いのか。


「もうそんな食生活で病気になるわよ。麦と米は仕方ないわ。そうだ前に素麵分けたでしょう。それはどこに」


「そこの網草の入れ物の中にあります」


 保存食をそこに集めている。文音は口うるさいが、料理は冴えている。いつか上手いこと言って松茸料理をさせようと思っている。


「素麺は使えそうだから、これを調理しましょう」


 早々に戦力外を言い渡されて、番台で胡瓜食っていろと言われたので、せっかくもんだのにと思いながらポリポリ食っていた。


 おかみさん吹っ切れたのかね。覚悟を決めたのか、昨日は本当に忙しかった。少しくらい寝ておけば良かった。



「今回、お呼びだてしたのは他でもありません。桜華会に参加していただきたく」

 桜華。聞いたことがある。なんだっけ、先代の帳簿にそういうのがあった気がするな。



「総悟さん、出来ました。朝食です」

 千に揺り起こされたのは七時を差した頃だった。しばらく頭はまとまらず、何度か眠った。寝起きは悪い方だが、たまりかねて台所から居間に来いと番台まで来たおかみさんに孫の手ではたかれて「早く来なさい」と言われた。いくら寝起きが悪くても痛い。


 食事をし終わったところでおかみさんがおろおろし始めた。図太いのか、神経が細いのか分からない。ただ、寝る時は朝のことを考えて、朝食の準備は食べることを考えるが、外に出たら親父さんが死んでいることを考えてしまう。幼馴染の父親なんて実の親みたいなものだ。それでも不安なのにおかみさんはどれほど気が気でないか。


 シュレーディンガーの猫。本堂という箱を開けなければ親父さんは生きているかもしれないが、開けてしまったら答えがはっきりしてしまう。


「おかみさん、行こう」


 震えて何度も頷いている。


 うちの母屋を出てへたり込んでしまったおかみさんを俺は背負った。必要かもしれないので、鉦を入れる用のしっかりした巾着を俺は千に預けた。俺の背中でおかみさんはずっと泣いていた。



 本堂は相変わらず閉め切られていた。



「椎名が腹を空かしているよ。おかみさんの味噌汁食いたいって思っているよ」


 耳をすましたが念仏の声がしなかった。結果が出たということだ。


 おかみさんは崩れ落ちてしまったので、千と一緒に開けた。運んで来た時のように横たわる親父さん。ダメだったか。



「おう、遅かったじゃないか」



 いつもよりかすれていたが、昨日より元気そうな親父さんは起き上がった。


「せがれに寝て待てと言われたから、寝ていたが、どうしたそんな顔して」


 おかみさんは四つん這いで本堂への階段を上がり、本堂の中にあぐらをかいた親父さんにすがりついた。


「生きている」


「そりゃ、お前。座っているから生きているに決まっているじゃねぇか」


 おかみさんは親父さんを抱きしめて号泣した。


「何、泣いているんだよ。総悟くんも見ているぞ」


 俺は親父さんをおかみさんに任せて、本堂の奥に入った。


「椎名、お前」


 椎名の方が疲労困憊で立ち上がるもやっとで、支えてやらないといけなかった。


「ギリギリだった。鉦を持ってみろ」


 軽く持ち上がった。


「宗派関係なく修行をして良かったよ。おふくろと親父の感動の再会は置いておこう。種明かしだ。裏に来てくれ」


 裏は椎名の住居がある。日の光が入る座敷に通された。


「こういうことだ」


 腕を見せられてこういう封じ方にしたのかと感心した。今まで病を呼び込む現象は対一人が多かった。二番目の富豪だけ亡くなり、鉦つきだけが亡くなった。


「二人で分担したのか。それにしてもどうやって」


「あったんだ。預かっていた秤が役に立った」


「それでその秤をどうやって使った」


「賭けだったが幸運と不運は表裏一体だろう。だから秤は不運もはかると信じたんだ。親父の爪と俺の爪を本堂の中で掛けたんだ。見てくれ、次にこの鉦が近所に出たら死ぬしかない」


 椎名の腕には鱗の痕があった。


「親父にも痕は残るがこれが障って死ぬことはない。暁月堂の品もたまには役立つな」


 座ったのは安堵で崩れ落ちてしまうのをごまかす為だった。椎名も座り込んだ。


「ところで衣装はどこで用意した。見たことのない形式だった」


「神道というやつで、神社の形式らしい。前に行商人がくれた書物に書いてあった。絵がついていたからすぐに覚えて実践してみたら、みんなが珍しがって、賽銭に二十円札が入るようになった」


 親父さんも絵つきにしたらまだ物覚えが良かったろうと言っても後の祭りか。


「それで今夜は寺に泊めるのか」


「冗談じゃない。どうせあれやこられやが気にいらないって要求してくるのは目に見えている。高谷のタクシーはどうした」


「坂を上りきることが出来なかったよ」


「ポンコツめ」


「高谷も開発者にクレームを入れるってさ。それでどうも、うちをあてにしているな」


「お前しか頼ることが出来ない。こっちは一刻も早く眠りたい。どうせおふくろはそっちで高いびきだろ」


 血で分かることは多いらしい。以前にも似た経験をしたか、その時どんな感じだったのかを覚えているようだ。


「おふくろは親父が腰を痛いと唸っていても起きなくて、あまりにも痛がるから俺が医者呼んだよ。その間もずっと奥で寝ているの。医者がさあやって来ると……」


 家庭内の愚痴をだらだら話しているのは誠につまらないので、交換条件を出した。独り身ではすぐになくならないアレがどうせあるだろう。


「米を寄越せ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。