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第5話 新しい使用人

「総悟来ていたのか」


 椎名は本堂に招いてくれた。


「珍しく僧侶をしているので邪魔をしては悪いと思って」


 袈裟を上手く操り、座布団に腰を下ろす椎名を見ると、目の前の男は本当に僧侶に見えてくるのが不思議だ。俺もさっきまで檀家が座った温かさが残る座布団の上に座った。


「町の婆さんが腰をやったらしくて、その復帰祈願の念仏だそうだ。これで十円だ」


「大したもんだ」


「念仏では腰は直らんよ。それで猿だな」

 椎名は両手を膝で打った。


「そうなんだ」


「ここにいてくれ、茶を出す」

 大柄なのにまだ膝に悪影響は出ないらしい。


「お構いなく」


「いい傘だな、まさか妙な障りがあるのか」

 傘の部分が藍色の美しい傘だ。


「あれもそうだ。障りがある」


「まさか坊主を殺す」

 障りが強く出ないもので日常使いが出来るものは使うようにしている。筆、文鎮、座布団まで椎名の所に置くのは申し訳ない。


 椎名は奥に行ったのでいい茶が飲めそうだ。菓子も片すのを手伝わないと在庫過多になってしまう。謂れは殺すではない、やや便通がよくなる程度だ。だけど、この傘を持っていても俺は便秘だ。それを知ったら文音に運動をしろとせっつかれる。


「供え物に宇治の茶があった。赤穂の塩饅頭もあるから少し休憩だ」


「戸を開けたままでいいのか」


「寺ってやつは年中無休だ」


「坊主も大変だな。先に猿だ」

 猿を椎名に渡した。


「ほう、これが。きれいな硝子の猿だな」

 細くて落とすと簡単に割れるだろう猿だ。


「呪物とは言え、元々は美術品だからな」

 知り合いにわざわざ八鹿の物忘れや八鹿の帳簿の物というのは面倒だ。それでそう呼ぶのは相応しいか分からないが、呪物と呼んでいる。


「母屋の書斎を美術館として開放しようか。入場料は総悟に流してやるよ」

 猿を奥へ持って行き、椎名は茶をいれるようだ。


 次の火曜に文音は訪ねて来た。今度は女学生みたいな服装だ。袴に革靴をはいている。もう学生ってわけではないのにこの格好が流行るらしい。


「何?」


「なんでも」

 すぐ手に届く範囲にある資料をゴミといい、ラムネの瓶のコレクションをゴミと言われる。


「なんだって男ってのはこんなものを集めて」

 心当たりがあるそうなので、今恋人でもいるのだろう。文音の恋人は大変そうだ。


「何?」


「なんでも」

 女ってやつは察しが良くて苦手だ。


「やっぱり人は必要ね」


「またその話か」

 うんざりするが文音は俺の満喫一人生活が気に食わないらしくあれやこれやと丁稚を探して来る。その度に後日来るようにと言い聞かせ、戸にご縁がなかったと張り紙を出す。


「今回は絶対に断ること出来ないわ。もうそろそろ来る頃よ」

 突然、ニヤニヤしだした。良からぬ企みにもどうせと軽く考ええる。


「またよこせ。考えておく」


「出てきて、千ちゃん」

 千という子どもに知り合いはいない。どうせこの前、椎名の所で出た千円賽銭泥棒の子どもだろう。千円なんて大金を盗むとは大したもんだ。そういう他人事の心配していた。


「こんにちは総悟さん」

 話半分に椎名に貰った冷茶を飲みながら聞いていたので、吹き出しそうになり、茶が鼻に入った。


「お前、郷里はどうした。文音の所から帰らなかったのか」


「姉がお医者様と結婚され、部屋が残っていないとかで」

 医者なら家を買うことくらい出来るだろう。戦力外をそうやって告げるらしい。田舎のいうことは分からん。剃っていないのか頭には毛が伸びてきれいな坊主頭ではない。


「もう行く所がないのです。お願いします。夜伽の経験はありませんが、なんでも致します」


「なんでもするってさ」


 文音はニヤニヤして右人差し指で俺の肩をつつく文音。もうどう説得しても千を置いて帰るだろうし、その為に持たせたであろう荷物を文音は千から取り上げて番台に置いた。オロオロする千を置いて手を振りながら文音は帰って行った。


「夜伽はしなくてもいい。その代わり、一週間でここにある本を全部読み込め」


「その文字が」


「それを入れて一週間だ」


「分かりました。頑張ります」

 発展目覚ましいとはこのことか。紹介した椎名の寺に通いながらよく勉強をした。あの男のことだ。教えるのは本望だろう。昔、僧侶をやらなかったら教師になりたいとも言っていた。一週間で本は無理だったが、簡単な慣用句までは修得した。地頭は良いのだろう。


 いろはのすごろくを与え、教えたのはいろはの読み方くらいだ。椎名の手が良かったのか書く方は思ったより早く習得した。千が本を読んでいる間、高田屋の見物にも出かけた。すっかり更地になり、敷地の前で何を知らせるか分からない号外を配っていた。


 夜中まで番台にいる千を見ているうちに無理に近い条件を出したことを後悔し始めた。無理だと言って、返した方が良かった。時間を取らせて可哀そうなことをした。どうせ雇う気はない。後、一日だが最後には音を上げて、奉公を辞退するだろう。



「申し訳ございません。本にはたどり着かないで、もう暇を出していただいても構いません」

 正直、一週間でこれほど習得するとは思わなかった。いろはすごろくはボロボロで裏には字の練習をした形跡も見えた。


 もう少し見てもいいかもしれない。その後は出来るだけちゃんと教えることにした。ここにいるなら家事だけではなく、文字を最低限覚えてもらわないといけないが、こちらは椎名のような良き教師ではない。

 

 数週間で千の覚えはいいが、あまり教え方が良くないせいで上手く行かず悩んでいた所に土間で人の気配がした。

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