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第4話 文音

 八鹿の話になると眉をひそめる。茶のことは五には悪いがすっかり流れた。


「もううちの書斎はいっぱいだぞ」


「そこを何とか」


 拝み、頭を下げた。先代の八鹿が残した帳簿、八鹿の物忘れに記された物品を蒐集している。他地方で障りがない物は難しいが、手の届く物に関しては売った身分としては回収しないと申し訳ないと思い回収する。


 うちの母屋に置くと障るので椎名の寺に預かって貰っている。まとまったら経を読み焚き上げて灰を祀るそうだが、落ち着かず次から次に足すものだから、供養が間に合わない。


 そのせいで椎名の寺の母屋の書斎はその物忘れが陳列されている。最近はその書斎もいっぱいになってきたと愚痴をこぼされることも多い。寺の奥だから経で供養をされて障らないだろうという読みは今の所当たっている。


「八鹿のジジイ何個忘れ形見があるのやら」


「本当に毎度のことながら申し訳ない」

 頭を下げる度に椎名は構うなと言うがそれがなおさら申し訳ない。


「総悟の罪じゃないからな。仕方ないが、いつ来る。予定が立て込んでいる。法事のこともある」

 椎名の表情が曇る。


「驚いた。ここは寺らしい」


「七百年前からずっと寺だ。町で三回忌だ」


「歩いて行くのか」


「警察や大問屋と違って車なんて持っていないからな」


 普通の家庭は車を持っている人はいない。あるとすれば官公の類か、高田屋は持っていた。あの車はどう処分したのだろう。いらないなら、椎名に売ればいいのに。


「いつならいい」


「来週の火曜か」

 椎名は指を折って空を向いて、指を動かした。


「火曜は良くない気がする。そろそろ文音が来る」

 火曜日の朝に。


「もう本当にゴミ箱みたいな店ね」


 知人の最後、従姉妹の文音だ。


 流行りというやつにうるさい同い年の文音は洋服に身を包み派手に化粧をして、赤い紅を塗り、あれこれ文句をつける。


 仕事はどうしたというと「頭に引っ掛かって仕事にならないから来ているの」と言い、せかせかと頼んでいない掃除をして店を荒らす。これでは俺の生活の質を下げるばかりで、下げた上で文音の満足感は満たされていく。


 あの飴の後、帰るとことのない五はうちの母屋に泊めた。蚊帳も張っている比較的涼しい部屋だ。慣れない所で眠れないだろうという気遣いではなく、ほぼ初対面の人間の隣で眠りたくなくて店の番台で眠った。


 番台は体が痛いので、掛布をひっかけて二階の倉庫で丸まって眠った。倉庫は古書だらけだが、まだ涼しかった。品物があるので、飴の件から三日かけて倉庫を眠ることの出来る部屋にした。


 五は恐縮し、自分が倉庫で眠ると言ったが、五に使った掛布は五と部屋に引っ込んだ時点で俺の所から飛び去った。


「派手な格好で来る店じゃない」


「先月売った本は?」

 こちらを一睨みする文音から視線をそらした。文音の首には汗がにじみ、そんなことになるなら掃除をしなければいいのにと見守っているとほこりをはたく棒で胸をつかれた。俺の身長は四尺と四寸ほど、それに対して文音は四尺くらい、俺の顎は文音の頭に近い。


 止めろと外させると無言で扉と窓を差した。雨が降ってはどうすると言いたかったが、どうせ言いくるめられるのは目に見えている。


「一冊」


「誰に売ったの?」


「高谷」


「お情けじゃない。本当に読んでいるの? それにあんな頭の緩そうな男が読める本なんてここにはないでしょう」


 女を引っかけたいからいい塩梅の本はないかねと言われたので、官能小説を一つやった。さっき何も言っていなかったということは読んでいない。


「今の所はさっぱり」


「アンタ硝子細工の猿見つけたでしょ」


「何のことかさっぱり」


 俺は床に落ちている新聞を拾いあげた。外と接点がある努力の形は新聞だ。新聞屋と契約していないことを文音につつかれてあれやこれやと契約をさせられた。お陰で新聞屋の料金を支払う為に町へ行かないといけなくなった。


 仕事のことは文音に詳しく言ったことがない。何かしらしていることは察していることだろう。店に勝手に入って帳簿を見ていることがあるようだ。


 勉強熱心な女なので自分なりに調べたりもしている。古典を読めば物の謂れも分かるし、そういう勉強は好きなのだと思う。


 正直あまり深堀をして欲しくない。あまり知り過ぎて他の件に首を突っ込んで、何か障りのある物に捕まってほしくない。


 夕食を作らせて文音は一度帰らせた。あれが気に入らない、これが嫌だと散々混ぜかせて挙句には五を「男の臭い家に置くのは可哀そう」と言って持って帰った。これでゆっくり眠れる。


 次の日、店の前に猿が置いてあった。三つの猿だけが、紙に包まれているではなく猿が鎮座していた。不思議なもので帳簿を持っているせいか見つけた品は不思議と店の前に現れる。


 文音は一週間後に来ると言ったのでしばらく平和だ。猿を椎名の元に持って行こう。紺色の傘は念の為に持ってく。鍵を閉めて、蔵の閂も見た。そう念入りにしなくてもいいのだが、高谷が空き巣に入られる家が増えているというのでこれも念の為。


 寺は並びなので歩けば数秒なのだが、猿も障るので丁寧に扱いたい。西の空が暗く、風もごうごうと鳴っている。寺の前に着くと念仏が聞こえた。普段しないお勤めをしているなら邪魔をするのは悪い。誰か来ているのかもしれない。猿を持って椎名の母屋で待つことにした。念仏が十五分くらいで途切れ、人が出て行く音がした。

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