第3話 硝子細工の猿
高圧的でかんざしを真っ赤な四もつけた派手な女が百助の後妻のお辰だ。花魁だと陰で言われているのを思い出した。その席では俺はケチだと言われた。
「申し訳ございません。交番で迎えを待ったものですから」
「今日は暑くて暁月堂の方が倒れてはいけませんものね」
元々、百助の祖父が初代高田屋の初代主人だった。名を金治という。
それが老衰で亡くなりその次が銀作という金治の長男。銀作が交通事故で亡くなる。その次が次男の億也でこれが病に臥せって療養中らしい。ここまでが半年だ。そして末っ子の百助は先日川から上がって死んでいた。
「この暑い中、どれほど待ったと思っているの?」
本音は俺を気遣うようで、俺と五をチクチク刺したいことが本音。それで自分の苛立ちを発散する。そしてその時の気分でひるがえす。これがこのお辰のやり口だ。
蛇のように巻き付いてゆっくり確実に殺すような口調だった。思ってはならぬことは思わない。
「早速ですが、お見せいただいても?」
「もちろん」
「案内してください。取りに伺います」
あの猿は今から四十年前に八木原屋に売った物だ。
俺がまだ生まれる前の話だ。
ここの初代主人の金治は三十五の時にこの店の前にあった八木原商店からのれん分けをして、高田屋をすぐ創立し、長男が生まれた。
だが夭折し、ショックで最初の奥方が亡くなった。
それを知って、三木助という男が八木原商店の大旦那は自分が継いだ時に購入した運気の上がる硝子細工を金治に贈った。
おそらく「今は最低でも運気はいつか上がる。大切にしなさい」と言って美しい物を送った。これが硝子細工の猿だ。
俺は不可思議でまるでこの世の物ではないような品物が書かれている八鹿の物忘れと呼ばれる帳簿を持っている。
八鹿の物忘れは品物だけではなく、売った物と売った先が記されている。暁月堂を継ぐ前、四年間留学をして謂れを調べた。大陸の書籍に硝子細工の猿の謂れが載っていたことを覚えている。見ざる聞かざる言わざる。余計な手出しや無理をしなければ猿には障りがない。
言葉にせずに軽々しく人に言ってしまった罰で三木助は死に、甘言に踊らされたと推察できる聞かざると金治も銀作も殺した。このままでは億也ももうすぐ。
「今、除かねばなりません」
「取りに行かせますから、お待ちください」
「奥様、台を」
奥の女中は何やら騒がしい。
「あるでしょう。台くらい」
「それがいくら触っても逃げるのです」
女中の声のする部屋に入った。
上がったのが昨日だ。警察から遺体はまだ帰って来ていないはずだ。五には夜伽の経験はなかった。破れているふすま、爪でひっかいた痕跡、残る生爪。
猿は瘴気を放っている。幸運の猿は運を呼ぶが俗物には悪さをする。後は見ざるか。
「預からせていただきます」
「待ちなさい。あなたから買ったのよ。お金返しなさい」
「売ったのは八木原さんです」
「それでもあなたにただで返すわけにはいきません」
狂気を覚えるまでにお辰が先ほどのただの嫌味な女から般若のように表情が変わった。なんと肝の据わらない見かけだけの女だ。塗られた紅も口を開くと鬼のようだった。
「奥様、落ち着いてください」
五が言うには立場が違い過ぎた。
「丁稚風情が、暁月堂もお前も出て行きな、五も帰る場所はないよ」
猿を持ち帰ることは出来なかった。
高田屋は葬式が終わって四十九日を出した後、なくなってしまった。
お辰が最後まで猿を手放さかったようだ。その後、職をなくした下男や丁稚は他へ奉公したり、田舎に帰ったりとそれぞれ離散した。お辰は最後まで神話を信じたのか、猿がそれを受け入れなかったのか。
こちらに猿は帰って来る。そう確信している。挨拶周りに行った方がよさそうだ。
「総悟、またか」
並びに古い寺がある。目の前の屈強な坊主が五年前に継いだ寺だ。椎名、この男を幼い頃からそう呼んでいる。その坊主は禿げ頭を少し撫ぜる。こういう髪にあえてしているというが、先代の親父さんが禿げ頭なので、若禿げをごまかそうとしているだけだ。
子どもからの受けはよく菓子を檀家に配っている。貰う供え物を定期的に分けて貰っているお陰で、余計に町に行く頻度も低くなる。
宗派をこだわらず誰に対しても経を破格であげるので葬式を出せないこの辺の住民のよりどころになっている。知人の二人目だ。
「せめて名前をつけてくれ。いつも客かと思えば裏山の体がでっかい経をあげてくれる人のアレはどこに行けばいいのか教えてくれんかって言われる身になれ」
めったに店に顔を見せない客もどきが最後の望みだと言わんばかりに店の前で声を張り上げる。親切に教えても寺まで行くのが面倒で分かりやすく説明をしてみるが、毎度嫌な顔をされてしまう。名前をつけてくれないと寺だけでは老人は分かってくれない。
百助と同じくらいだがよく笑い客や檀家の子どもはすぐ懐く。大柄で笑うと山が動いたように感じられる。初対面はお菓子で仲良くなり、二回目からは椎名目当てで来る子どもも多いらしく、お菓子で檀家を釣っているという悪評もあるらしい。
「いつも道案内ご苦労」
そう言って、椎名はゲラゲラ笑った。五は硬直していたが、何もあくどいことはしないよと声を掛けると少し警戒を解いた。買いこんでいた飴を椎名は五にやった。




