第2話 高田屋へ
「あれに何をさせた」
「奥様が私に用途を教えていただけずに暁月堂様に向かえとおっしゃったので、何も知りません。ただ噂によると家の方が拝んでいらっしゃるのを見たことがあると丁稚では噂になっておりました」
「他の丁稚の体調は?」
「すこぶる元気です」
「幸運だな。それでここからどう行くつもりだ」
「電話はないのですか?」
「あるが、半年前に壊れた。
「それでは歩いて行きましょう」
「体力の無駄使いがしたくない。坂を下りた町の交番で電話を借りよう。水浴びをしたのにこれでは汗をかく」
馬が蹴上げた土でもうもうとした道を通った。普段から人の往来がない所で暮らしているので、町に下りることは滅多にない。必要がない上に町の人間によく思われていないのだから、余計に足は重い。俺たちは坂の下にある交番で馬を待った。
交番主は尋常小学校からの馴染だった。少し阿呆で飄々とした同期生の中では優秀な奴で成績と学外の女性人気はあった。ただ口が多い。つまりうるさい。よく知る者の一人目、高谷だ。
「また、可愛い丁稚を連れて男色に走るのかね」
何がまただ。こんなことは初めてだろう。
「うるさい」
「仕事が終わったらねぐらに連れ帰って、朝まで寝かせんぞ」
「うるさい」
「その夜伽の経験はありませんが」
五はもじもじとして、目線を下げた。高谷はニヤニヤ顔から打って変わった。
「え、本当に食うのか」
「高谷。お前、高田屋って知っているか」
終わりが見えず、これ以上からかわれるのは欲しい反応ではない。
「そりゃお前、大問屋だから知らない奴はいないだろう」
そういう言い方をしたらこう答えるだろう。ならば。
「誰かが消えたとか」
奥から電話の音が鳴って消えた。明らかに不快なのにその瞬間、体がとても冷えた。
「あるぜ。昨日主人が川岸にあがった。十六って書いた猿ぐつわをかまされていたと」
「旦那の背格好は?」
「それはお前も知る所だろう。六尺と五寸に二十五貫はあるって話だ。ここいらの橋から落とされた形跡もなかったし、死因は首を絞められたもんと上は考えている。それにあんな大男を殺すことなんて子どもには出来ない。それで何が障っている」
「目ざといな」
さすが腐っても警察官。
「子どもを連れた上、いつもは嫌だ。店から町に出たくない、面倒くさい、今日が雨でいてくれたらいいのに。と、漏らすお前が馬を待つなんてそれくらいしかないね」
「猿の置物さ」
「八鹿の物忘れか」
高谷の目がすーぅと細くなった。
「八鹿も厄介な物を残す」
「その八鹿さんというのは」
「暁月堂の先代さ。売った先と売った物の帳簿を残して、八年前に事故で死んだ。コイツは八鹿総悟。先代の遠縁さ。馬も到着したようだ。早く行ってくれ野郎三人では暑苦しい」
「ありがとう。行って来る」
馬だと思っていたら黒い車だった。町に下りないから、車は噂程度で実際に乗ったことがなかった。これがそうなのか、へぇ。
「高田屋まで行かせていただきます。私は四十と申します」
車に乗ると運転する中で名乗った後の四十は静かだった。元々多くを話さない男なのだろう。眼鏡はかけていないが、目が悪いのか時々前のめりになるのが気になった。
五は四十のことを褒めちぎった優秀なで手代で言葉は少ないが今の旦那様にもしっかりお勤めを任される人物で優しい人だと。
町の中心の街道は広く、自動車が通るのを十分に避けることが出来る広さだ。ここから北に二里行った所に旦那が浮いた大きな川がある。街道は川に沿って走る。
「旦那たちはいつ死んだ」
「暁月堂さん、その話は」
五は慌てて制した。
「五が話したのかい」
これまで無言故、漏らした声は固く思えた。それから十分もせずに車は喪中札を出した店の前に乗り付けた。
「暁月堂様ならどう行かれるかご存知でしょうか」
「急に継いだ二代目なのでそれは」
「五、奧へお連れしなさい」
「分かりました」
車から降りると車庫でもあるのか車は店の前からいなくなった。五は喪中札をよけて、道を作ってくれた。俺が店に入ると札をきれいに元に戻して、前を歩いた。奧を見ると外の光が入っているようで明るい。古びているが番台は丁寧に使われている。
この家は亡くなった旦那が百助という名前だった。丁稚を分かりやすいと番号で管理して、自分より数字の大きい名前の丁稚には名の数字を下げる卑しい男だった。
八鹿の先代は八木原屋に渡った硝子細工の猿という記録と追跡で高田屋に渡った情報を俺に残した。
「待っていましたよ。遅かったですね」




